第10話 王女救出へ

 俺が大理石の壁に魔法をかけると、壁が光りはじめる。

 そして、俺はそこから石でできた剣を作り出した。鋼でできた剣と勝手は違うが、強化すれば、一種の魔法剣として使える。


 目の前の騎士マクダフは、強敵だ。その黄金の鎧と魔法障壁は、遠隔からの攻撃魔法を通さない。

 俺は魔法杖を持っていないから、なおさらだ。


「君の魔法は私には効かない」


 マクダフは冷たく言う。

 そのとおり。遠隔魔法についていえば、効かないので、魔法の力で強化した剣で、直接攻撃して叩くしかない。


 マクダフは大浴場の浴槽に踏み込んで剣を振り下ろし、俺はそれを大理石の剣で受け止める。互いの剣が交わり、火花が散る。何も防御するものを身につけていない俺では、一撃でも喰らえばお終いだ。


「諦めたらどうだ?」


 マクダフは言うが、俺はそれには答えず、身をかわして、もう一度大理石の剣を振り下ろすが、あっさりマクダフに弾き返される。

 後ろにはクレハとソフィアがいる。彼女たちは身を寄せ合い、怯えた表情で俺たちを見ている。二人とも、ほとんど裸で身を守る手段がない。

 

 俺がどうにかしないと、二人とも助からない。


 だが、一応、勝つための手段はあった。


 俺は後退を続け、マクダフは勢いに乗って、追撃してくる。

 ちょうどマクダフは浴槽の中央に来た。


 今だ。


 俺は身をかがめ、右手を浴槽につける。次の瞬間、俺は跳んだ。

 浴槽の水が一気に冷え、そして凍りついた。俺が魔法で凍らせたのだ。


「なっ……!」


 マクダフの動きが止まる。凍りついた水で足元が固まり、それが上半身にも及ぶ。氷魔法で動きを止められたのだ。


 俺は微笑む。俺自身は直前で跳んだので、氷の中にいない。足の裏に氷ですべらないようにするという地味な魔法を使っている。


「簡単な魔法にひっかかったね」


「だが、戦いながら使うのは容易ではない……」


 うめきながらマクダフは言う。俺は動けないマクダフから剣を取り上げた。


「俺の勝ちだ」


 マクダフはいさぎよくうなずいた。そして、言う。


「こうなってしまった以上、仕方ないな。王に君の批判を伝えてしまったのは悪かったと思っている。こんなことになるとは思わなかったのだ」


「まあ、気にしないでよ。今日のところは引き上げてくれるかな」


 友人のマクダフを殺す気にはならない。それに、マクダフを宮廷に帰して敵わなかったと思わせた方が、王国の追撃する意欲を失わせることになるだろう。

 ソフィアの持っていたアストラル魔法の秘密は、アルストロメリア共和国に伝えられている。当初、マグノリア王国がソフィアを追っていた目的は、アストラル魔法を独占することだったが、その意味ではいまさらソフィアを逮捕してももう遅い。


 だが、マクダフは首を横に振った。


「いや、王国はソフィアをどうしても逮捕するだろう」


「どうして?」


「彼女が魔女だからさ。新宮廷魔導師団団長になったアリアという女は『悪役令嬢』と呼んでいた。王太子殿下とアリアは、その悪役令嬢を集めて、彼女たちを犠牲に何らかの儀式をするつもりらしい」


 なるほど。そういうことか。聖女にして王太子の思い人アリアは、悪役令嬢についてなぜか知っているらしい。彼女が黒幕なのだろう。彼女たちはソフィアの身柄がどうしても必要らしい。


 だから、俺がソフィアと接触する前に、王太子殿下は俺を処断しようとしたのだろう。俺がソフィアを殺しても、ソフィアとともに逃亡しても、どちらに転んでも王太子の目的は達成できなかったからだ。

 

 マクダフは続ける。


「同じことは、ルシア殿下にも言える」


「ルシア殿下が同じ?」


「ルシア殿下も、魔女……悪役令嬢なのだよ」


 驚いたことに、王太子と聖女アリアは、ルシアを犠牲に儀式を行うつもりらしい。そうまでして行う必要のある儀式とは何なのか。


 マクダフもそれは知らないようだった。


「ただ、その儀式を行えば……ルシア殿下は……命を落とす」


 俺は衝撃を受けた。ルシアが粛清されたとしても、地下牢に幽閉というだけだと思っていた。

 けれど、いずれは命まで奪われることになるという。


 それなら、なおさらルシアを助けに行かないといけない。


 俺はクレハとソフィアのもとへと戻る。

 二人ともバスタオル姿で立っていて、困ったような顔で、俺を見つめている。クレハが申し訳無さそうな顔で言う。


「義兄さん、守ってくれてありがとうございました。でも……寒いです」 


 見ると、二人とも足元を浴槽の氷で固められていた。俺は慌てて、二人の足元の氷魔法を解除し、熱風を巻き起こして温める。

 

 クレハはほっとした顔をして、「えへへ」と笑う。

 一方、ソフィアは微笑むと、俺にぎゅっとくっついた。


「そ、ソフィア?」


「あなたのせいで寒くなったんだから、温めてもらわないと」


「それは魔法で……」


「こうしてくっついてたほうがもっと温かいでしょう?」


 からかうように、ソフィアが言う。そして、ソフィアは顔を赤くした。


「また守ってくれてありがとう、クリス。わたし一人なら、何もできなかった」


「どういたしまして」


 俺は冷や汗をかきながら、そう応えるのがやっとだった。クレハが頬を膨らませて、俺たちを睨む。


「ずるいです、ソフィアさん! わたしも……」


 クレハも俺の腕をとり、ぎゅっと抱きしめた。二人からふわりと甘い香りがして、俺はくらくらとする。

 マクダフが呆れたように俺たちを眺めていた。


 こんな状況だけれど、俺はソフィアとクレハに大事な話をしないといけない。


「俺は、やっぱり……」


「ルシア殿下を助けに行くのでしょう?」


 ソフィアに言われ、俺はうなずいた。


「だから、二人には安全な場所に身を隠しておいてほしくて……」


「却下」


 ソフィアはあっさりと言った。クレハも首を横に振る。


「義兄さんがどうしても王都に行くというのなら、わたしたちもついて行きます。ソフィアさんも、わたしも、義兄さんの役に立ちたいんです」


「でも……」


「足手まといになりません」


 クレハに銀色の瞳で見つめられ、俺は少し考えて、うなずいた。


 まあ、別行動をとるのもそれはそれでリスクがあるし、そばにいてもらったほうが、二人は安全かもしれない。

 ソフィアはくすっと笑った。


「そうとなれば、決まりね。三人で王都に戻る。その方法を考えないと」


 ルシアを助け、ソフィアとクレハも守る。

 その方法を考えないといけない。敵は王太子エドワード、聖女アリア、そしてマグノリア王国そのものだ。


 ソフィアとクレハはを頬を赤くして、微笑みながら、俺を見つめている。


「大丈夫。クリスは英雄なんだから」


 ソフィアの言葉に、俺はうなずく。

 きっと、なんとかする方法はあるはずだ。







<あとがき>

これで第二章は完結です! 次章からは、あと三人の悪役令嬢がどんどんと出てきます。


面白かった方、続きが気になる方、クリスと、クレハ、ソフィア、ルシアの四角関係がどうなるか気になる方は……


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