第4話 俺に勝てると思いましたか?

 ルシアは赤い瞳でまっすぐに俺たちを見つめていた。その背後に宮廷魔導師たちが控えている。いや……路地の反対側からも複数人の足音がした。

 俺とクレハ、そしてソフィアは、完全に包囲されていた。

 クレハはぎゅっと俺にしがみつく。ソフィアも普段の落ち着きはなく、真っ青な顔でうつむいていた。


 俺はルシアに問いかける。


「ルシア殿下……どうしてここに?」


「あなたを追って来たに決まっているでしょう? 調べはついています。クリス、あなたは王国を裏切り、反逆者ソフィアとともに国外へ逃亡しようとしました。見逃すわけにはいきません」


「俺は王国を裏切ったつもりはありません。お伝えしたとおり、王太子殿下はシェイクに命じて、俺を殺そうとしました。そうであれば、もはや俺はこの国にはいられません」


「だから、反逆者ソフィアも助けると?」


「俺の見る限り、ソフィアは……アルカディア公爵家は無実です」


 ルシアは「そう」と小さくつぶやき、右手を軽く上げた。その動作とともに、宮廷魔導師たちが一斉に魔法杖を抜く。


「クリスは王室が間違っていると言いたいのですね。ですが、王室は無謬です。王と王族は正しき判断のもと、王国を導くのです。これまでも、これからも」


 ルシアは寂しそうに俺を見つめた。このまま、捕まればソフィアは殺される。クレハは……殺されないかもしれないが、牢に入れられ、殺されるよりも辛い目に合うかもしれない。


 だが、ルシアは意外なことを言った。


「私たちはあなたを殺したくはないのです。あなたは大戦の英雄。多くの宮廷魔導師があなたを慕っています。降伏してください、クリス。悪いようにはしません。あなたも、妹のクレハも、私が守ってみせます」


 ルシアは力強く宣言した。そして、俺を上目遣いに見る。


「大戦で、私はあなたを信じて戦ってきました。多くの仲間が倒れ、負けそうになったときも、あなたはいつも勇敢でした」


「そうですね。俺もルシア殿下を信頼していました」


「はい。だから、これからも、私にあなたのことを、信じさせてくれませんか?」


 そう。俺とルシアは、宮廷魔導師として大戦を戦った盟友だった。ルシアは常に俺に絶大な信頼を寄せてくれた。俺も、他の王族はともかく、ルシアだけは信じたい。

 ……だが……。


「それで、俺がここで降伏したとして、ソフィアはどうなるんです?」


 びくっとソフィアが震えた。ソフィアは青い瞳で、俺とルシアを見比べる。

 ルシアは沈黙していた。


 ルシアなら、俺とクレハを助けることはできるかもしれない。だが、ソフィアの処刑は国王自らが命令し、国全体として決定した事柄でもある。


 ルシアが変えることはできない。

 ソフィアは俺にささやく。


「これだけの数の宮廷魔導師を相手に、絶対に勝てない」


「だから?」


「クリスとクレハだけでも助かるべきだと思う。降伏したほうがいいわ」


「そうしたら、ソフィアはここで死ぬことになる」


「わたしなんて見捨ててもいいじゃない。だって、わたしなんて……まだ出会って、ほんの少ししか経っていないのよ」


「でも、俺はソフィアを助けると約束した。それなら、約束を破るわけにはいかないな」


 ソフィアは目を瞬かせた。


「本気? 相手は宮廷魔導師。あなたの魔法も知り抜いているんじゃないの?」


「ああ、そうだね。それでも俺は負けないさ」


 俺は魔法杖を抜いた。おおっ、と宮廷魔導師たちが声を上げ、そして、怯えたように後ずさった。

 大戦七英雄。宮廷魔導師団副団長。俺はマグノリアの宮廷魔導師のなかでも、最強だった。

 魔法の天才ルシアですら、総合的な戦闘力では俺に劣る。


 そんな俺に、彼らは恐れをなしているのだ。


 俺はクレハの頭をぽんと撫でた。クレハはうなずくと、俺から離れる。そして、自分の魔法剣を抜いた。ソフィアも、杖を構える。


 いざというときには、自分で自分の身を守ってもらおう。ソフィアの方はアストラル魔法が使えるはずだし、クレハも新米とはいえ軍の魔法剣士だった。

 もっとも、二人に戦ってもらうまでもないはずだが。


「ルシア殿下、残念ながら、俺は英雄ということになっています。そうであれば、無実のソフィア・アルカディアを見捨てるなどという卑劣な行いはできません」


「……交渉決裂、というわけですか。素直に降伏するのを期待していたのですが……」


「ルシア殿下、一つ勘違いされていませんか?」


「何をですか?」


 俺はにやりと笑った。


「降伏なさったほうが良いのは、あなたがた宮廷魔導師団の方ですよ。俺に勝てるとお考えですか? それは甘い認識だと申し上げざるを得ません」


 かっ、とルシアが顔を赤くする。そして、上げた手を振り下ろした。


「いきなさいっ、宮廷魔導師たち。あの者たちを必ず捕まえるのです」


 宮廷魔導師たちが俺たちに向けて、様々な魔法を放った。

 だが、その魔法攻撃はすべて無意味だった。


 次の瞬間、地面に倒れているのは、宮廷魔導師たちの方だったのだ。




<あとがき>

 vsルシア……!


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