第2話 異世界

 俺たちは宿を出て、帝都の酒場へと向かった。少し贅沢な夕飯を食べるためだ。酒場は天井が高く、明るい色の木目調の壁が心地よい。テーブルも椅子も、シンプルながら使いやすいものが取り揃えられてる。


 評判の良い店だから、帝都西側の連合軍兵士や商人で賑わっている。といっても、このあたりにいるのは、ほとんどベルガモット王国の関係者だ。ベルガモットはマグノリア王国の友邦とはいえ、捕まる危険は低い。


 この酒場は比較的高級な店なのだけれど、美味しい料理を出すことで定評がある。幸い、遺跡ダンジョンでの仕事で、帝国金貨はたっぷり手に入った。


「なんでも好きなものを頼んでよ」


 俺がにこにこしながら言うと、クレハは目を輝かせ、ソフィアも顔をほころばせた。二人は顔を寄せて、メニューの紙を覗き込む。

 ちなみにソフィアもクレハも、今は町娘風のシンプルな服装をしている。目立つと困るからだが、こんな地味な格好をしてすら、二人は可憐だった。


 クレハはメニューを見ながら、ふわりと微笑む。


「どれにしようかなー。ありがとうございます、義兄さん。でも、どれも美味しそうで迷っちゃいますね」


 クレハは決められない様子だったが、ソフィアは対照的だった。

 

「なら、この帝国風サラダと、豚足の煮込みと、ランプ肉のステーキと、それと……」


 ソフィアはどんどんと料理を頼んでいき、俺は慌てた。


「食べ切れる?」


「大丈夫だと思うけれど……?」


 ソフィアは言い、首をかしげる。……意外と大食いなのかもしれない。

 俺とソフィアは、ぶどう酒も注文した。マグノリア王国では、16歳から飲酒が許されている。

 だから、17歳のソフィアは酒が飲めるのだけれど、14歳のクレハは酒が飲めない。


 ソフィアが前菜とともに美味しそうにぶどう酒を一気に飲み干す。俺も盃を傾け、ぶどう酒をちびりと舐めた。


 クレハは一人だけ酒が飲めないのを不満に思っているようだった。


「義兄さんたちだけ、ずるいです」


「まあ、クレハはまだ14歳だからね」


「子ども扱いしているんですね?」


「焦らなくても、16歳なんて、あっという間さ」


 俺は微笑み、ソフィアもくすっと笑った。でも、クレハはますます気に入らない、という表情になった。

 そうはいっても、実際、クレハはまだ子どもなのだから、仕方がない。


 俺が豚足の煮込みに手を伸ばす。そして、ぶどう酒を飲もうとして……盃がない!

 気づくと、クレハがぶどう酒の盃を手にして、あおっていた。


「く、クレハ……!」


「だって、わたしだけ仲間はずれなんて嫌ですし……これぐらい、わたしだって……平気です」


 言葉とは裏腹に、クレハの顔はしだいに赤くなっていき、目がとろんとしている。なれない酒のせいで、酔い強く回ったんだろう。


 そうこうしているうちに、クレハはテーブルに突っ伏して、すぅすぅと眠りはじめてしまった


 俺はソフィアと顔を見合わせ、くすくすと笑う。一方のソフィアはだいぶ酒に強いようだった。二杯、三杯と重ねてもぜんぜん平気そうだ。大食いだけじゃなく、酒豪でもあるらしい。

 結果論だが、クレハは寝てしまった。夕食後を待たずとも、俺はソフィアと二人で話す機会を得たことになる。

 俺はソフィアに聞きたかったことを尋ねることにした。


「ソフィアさ。以前、ソフィアみたいな『悪役令嬢』が他に四人いるって言った。そして、俺に彼女たちを救ってほしいって言ってたよね」


「そうね。今は、クリスはわたしのことも助けてくれているけれど」


 からかうように、ソフィアは言う。

 俺は肩をすくめた。


「まあ、俺がどれだけ役に立つかは、これから次第だけれど」


「そうね。頼りにしているわ。でも、ずっと一人で逃げていたから、仲間がいるってだけで安心感があるの」


 ソフィアは楽しそうに笑った。ソフィアは家族を皆殺しにされ、その後は一人で逃亡していた。

 そんなソフィアは孤独だっただろう。俺とクレハがそれを少しでも解消できているなら、俺としても嬉しい。


「それで、クリスの本題は『悪役令嬢』のことよね?」


「そう。それが何なのか、教えてほしい」


 俺はソフィアに、他の少女たちも救うと約束した。それなら、少しでも多くの情報を知っておく必要がある。

 本当はアストラル魔法のことも知りたいのだけれど、それはソフィアの切り札だ。それを尋ねるのはもう少し、信頼関係を築いてからの方が良さそうだ。


 ソフィアは金色の髪を軽くかき上げ、そして、青い瞳で俺を見つめた。


「そうね。『悪役令嬢』……あるいは魔女と呼ばれる存在が、この大陸にはいるわ。そのことを話すために、クリスには一つ信じてほしいことがあるの」


「信じてほしいこと?」


「わたしが、この世界の人間ではないってこと」


 ソフィアはごく当たり前のことを言うように、そう告げた。


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