第43話 告白
マーリーンさんと店の中に戻ると、リコさんが目を覚ましていた。リコさんは気持ち良さそうに寝ているミリセントを抱きかかえると宿に帰っていった。
「さて、私はルーを連れて王都に帰るがクローディアはどうしようかね?」
「ああ、じゃあ使っていないベッドルームがひとつあるので目が覚めるまでそこに寝かせておきますか?」
僕は全くの親切心から言ったつもりだったのだけど、マーリーンさんは違ったようだ。
「......。」一瞬沈黙すると僕の顔をマジマジと見る。
「?」
何だろうと見つめ返した僕にニッコリ笑ってこう言った。
「いや、私はクローディアを起こすか、送っていこうかと思っていたのだが。さすが、勇者の剣の主。寝ているクローディアに手を出さないと信用しているとも。」
「!」
僕はついさっきまでマーリーンさんにからかわれたばかりだったことを思い出した。そして、自分の何も考えていない幼さに恥ずかしくなった。
「当たり前です!」
なので、思わず強い口調になってしまったのは勘弁して欲しい。
マーリーンさんはクローディアを抱き上げると、僕の案内で僕が使っている部屋と狭い廊下を挟んで向かい合わせにある部屋に運んでベッドに寝かせた。
クローディアの額に幼い子供にするように口づけした後、部屋の入口でそれを見ていた僕を振り返ったのはわざとに違いない。
その後、マーリーンさんはルーを脇に抱えて王都へ帰っていった。
僕も疲れていたので、残りの洗い物は明日にする事にして、何とかシャワーだけは浴びると自分のベッドに倒れ込んだ。
朝、起きて向かいの部屋の様子を伺ってみるが物音一つしない。もしかして、夜のうちに帰ってしまったのだろうか。とりあえず顔を洗って身支度をしてから一度声を掛けてみよう。
家の裏手にある水場で顔を洗っているとエマが卵を入れた籠を持って駆けてくる。
「おはよう、最近はずっと朝早いのね。」
夏休みに入ってからこのところずっとバルモアにいるので、朝は毎日会うからだろう。
「そうだね。しばらく勉強が休みだから色々やりたいこをやってしまおうと思って。」
「じゃあ、その間だけ鶏を飼ってみる?」
「鶏を?」
エマから思いもかけない提案があって驚く。
「そう、前に時間があったら飼ってみたいと言っていたでしょ?」
確かに、今でもそう思ってはいるけど。
「でも、時間があるって言っても1カ月位だよ?」
「あら、全然構わないんじゃない?うちの鶏を何羽か貸してあげる。忙しくなったら返してもらえれば良いわ。」
なるほど。それなら練習としては良いかもしれない。しかも、隣に詳しい先生役のエマがいる。
「もちろん、貸している鶏が産んだ卵は食べてくれて構わないわ。」
「でも、さすがにそれは都合が良すぎない?」
エマの得になることは何も無いような気がする。
「そお?でも餌代はそっち持ちよ?鶏だって自分の物になる訳じゃないし。うちの鶏小屋はもう一杯で鶏たちにとっては少し窮屈かもしれないの。こっちに鶏小屋を作って世話をしてもらえるなら鶏たちは広々としたところに行けて嬉しいんじゃないかしら?」
なるほど、なんかエマに丸め込まれた感じもあるけど確かに広い環境で飼ってあげたら鶏もストレスが少なくなって良いのかもしれない。
結局、まず鶏小屋を裏庭に作ることになり、小屋作りはエマのお父さんに手伝いを頼むことまでその場で決まってしまった。
なんか、エマって最初は人見知りする大人しい同級生って感じだったけど、最近はしっかりもののお姉さんって感じだな。本当に隣人でありがたかったと思う。
もらった卵を厨房に置いてクローディアの様子を見に行こうと思ったところで、クローディアが眠そうに目を擦りながら起きてきた。
「良かった、今起こしに行こうかと思っていたところ。」
「...。うん。」
寝起きの目が覚めきっていないクローディアの姿を見れるなんて新鮮だ。
「朝御飯食べれそう?」
「...うん。食べる。」
心なしかいつもより口調も幼い感じがして可愛い。僕は朝から幸せな気分になった。
う~ん、昨日かなり飲んでいたようだから中華粥なんていいかな。でも、時間が掛かるしな。
「ねえ、ディア。お粥を作ろうと思うんだけど。少し時間が掛かるけどいい?それとも直ぐ食べれる物がいいかな?」
一応、クローディアのお腹の空き具合を確認してみる。
「おかゆ?」
「そう、米をトロトロに煮込んだものなんだけど。あっさりしていて消化も良いから、今日みたいにお酒を前の晩にたくさん飲んだ次の朝にはお勧めなんだけど。少し煮込む時間が掛かるんだよね。」
「おかゆを食べる。」
さっきまで眠そうにしていたクローディアの目がパッチリと開いた。
作り置きしておいた中華だし、米、更に王都の漁港近くの乾物屋で見つけた乾燥貝柱。これを鍋に入れて火に掛ける。
「カネル、沸騰したらものすごーく弱火ね。」
「了解!了解!了解!」
昨日もたくさん働いてくれたのにカネルは元気一杯だ。
「クローディア、昨日の夜はこの家に泊まったのか?」
顔を洗って戻ってきたクローディアに、カネルが無邪気に聞いてくる。
「そうみたいだ、気づいたら布団にいた。」
クローディアも平然と答える。
「そうだ!クローディアもこの家に住んだら...。」
「カネル!お湯も沸かしてくれる?」
そう言ってカネルがこれ以上余計なことを言わないように水の入ったやかんをカネルの上に置いた。
「なんだよぉ。怒ってるのか?」
「いや、怒ってはいないけどお願いだからちょっと黙っていて。」
「分かったよ~、分かったよ~。」
カネルの声がだんだん小さくなってやかんの下に隠れるように姿が見えなくなった。カネルごめんと心の中で謝った。僕だって昨日までは無邪気にクローディアを泊めようと思っていたけどさ。マーリーンさんの一言で大人になった気がするよ。
お粥が出来るのを待っている間に、トッピング用に鶏のササミを蒸してほぐす。ピータンはさすがにないのでゆで卵と、青菜を塩で揉んで即席の漬物を作った。
お粥はもう少しかかりそうだった。
僕は暖かいお茶を入れると自分とクローディアの前にカップを置いた。
「ねえ、ディア。ひとつ聞きたいことがあるんだけど?」
僕はカウンター越しにクローディアの顔を覗き込んだ。
「なんだ?」
クローディアが不思議そうに僕の目を見上げる。
僕はコホンと咳ばらいをして勇気を出して尋ねた。
「僕が、エマよりもディアのことが好きだって言ったら嬉しい?」
正直見当違いの質問だったらどうしようかとドキドキしていたが、それは杞憂だったらしい。クローディアの顔が見事に真っ赤になった。まるで、ボンッと音が聞こえるんじゃないかと思うほどに。
クローディアの口はパクパク動いているけど声が聞こえない。それを見て少し余裕ができた僕は聞いてみる。
「もう一回言った方が良い?ディア?」
「...いや、大丈夫だ。」
「そお?で?嬉しいの嬉しくないの?」
ちょっと意地が悪いのは分かっていたけどクローディアの口から聞きたかった。
「...嬉しい。」
クローディアはなんとか絞り出すように答えをくれた。
「そう、良かった。」それを聞いて僕はやっと笑顔になれた。
「だからね、もうエマの前で大人の恰好をしなくても良いからね?」
「分かった。」
クローディアが素直に返事をしてくれるので僕は欲を出してさらに言った。
「だから、ディアも僕以外の人にベタベタ触らせないでよね?」
「?ベタベタ?触る奴なんていないぞ?」
どうやら本気で分かっていないらしい。
「...。例えばルーとか。」というかルーだけど。
「ルー?あれは、弟みたいなものだ。」
まあ、そう言うと思ったけどさ。でも、ルーの立ち位置は兄ではなく弟なのか。
「分かっているけど。なんとなく嫌なんだ。僕はエマのことを頼りになるお姉さんみたいに思っているけど。僕がエマに抱きついたりしたらどう思う?」
「それは嫌だ...。」
「でしょ?」良かった、気にしないと言われなくて。
「なるほど、良く分かった。今後気をつける。」
クローディアはそう生真面目にうなずいた。まあ、これについては後で僕はルーに文句を言われてマーリーンさんにぬるい目で見られるのだけれど。
こうして自分たちの気持ちをたぶんお互いに確認することができた僕たちは、その後、カウンター席に並んで一緒に美味しい中華粥を食べたのだった。
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