第26話 街に行く

もともと、麺類は大好きだ。パスタもラーメンもうどんも蕎麦も。ただ、麺つゆを作るのには醤油とだしがいる。それをこの世界で手に入れるのは難しそうだ。と思っていたら、だしになる乾燥した海産物は王都の市場まで行けば手に入るらしいとクローディアに教わった。


やっぱり、醤油はないらしいけど。


「パスタはどうだろう。」

この近くの水辺でアサリにそっくりな貝が簡単に取れることが分かった。なので、まずは塩と胡椒でも何とかなるパスタを作ることにする。


「いいねぇ。アサリのパスタ!」

叔母さんも僕の話を聞いて、俄然食べたくなったようだ。


「上手いのか?」

クローディアが興味深々といった感じで聞いてくる。


「ああ、上手いねぇ。私はニンニク入りが好きだね。そうか、この辺だとアサリが取れるのか。知らなかった。」

そうか、叔母さんも知らなかったのか。

「この地方では食べないからな。」


「麺類は?食べないかな?」なじみがないだろうか?


「そうだな、家庭料理ではあまり食べないか。でも、王都に行けば売っているんじゃないか?この集落を通る街道を経由せずに船で運ばれてくる物もある。色々な国の人間が集まるから、この国の食材以外も手に入る。」

王都か。せっかく異世界に居るのにご近所しか行ったことがないし、やっぱり、一度行って見たいかも。


と言うわけで、クローディアをスポンサーとして王都に買い物に行くことになった。

「叔母さんは行かないの?」

クローディアに僕の事を頼むとお願いしているところをみると自分は行くつもりは無いらしい。

「ああ、私は止めておくよ。」

「?」


そういえば、この前も旅の強盗を衛兵が捕まえに来た時も叔母さんは褒賞金を貰えるというのにマンションに帰ってしまっていて出てこなかった。後でバルトさんが勿体無いとブツブツ言っているのを聞いた。




「ねえ、ディア。まさかとは思うけど叔母さんは何か後ろ暗いところがある訳じゃないよね?」


まだ薄暗い早朝に、僕たちはバルトさんに借りた荷馬車に乗り一本道を王都に向かっていた。クローディアが馬の手綱を持ち、いや持っていないな。魔法を使っているらしく手綱が中に浮いている。


本当はクローディアだけなら一瞬で移動できるらしいけど今日は僕が居るので馬車で行くことになった。他の人も一緒に魔法で移動できないのか聞いてみたら「できるが、どんな人間でも着いたとたん気持ち悪くてしばらくは起き上がれない」ということだった。魔法使い以外の人間がやるとかなり強烈な乗り物酔いのような症状になるらしい。馬でも。



「なぜそう思う?」

手綱の事は気にしないことにする。

「この前、王都から衛兵さんが来た時も捕まえた張本人なのに姿を見せなかったし、今回も来たくなかったみたいだし。王都に会いたくない人でもいるのかなと。」


「だとしたら?」

「えっ?なにか知っているの?」

そういえば、魔法使いのマーリーンさんとルーも叔母さんの事を知っていた。ジェイなんかは魔法使いはクローディア以外初めて見たと言っていたのに。

「いや、もともとヒルダと私は知り合いでもない。赤の魔法使いの知り合いだから多少知っていただけだ。」


赤の魔法使い。その人なら何か教えてくれるのだろうか。


「何を知りたいのか知らないが、本人に聞いてみたら良いだろう?」

「う~ん、そうなんだけど。」


身内だからこそ分かってしまう。叔母さんは恐らく聞かれたくないのだ。それを分かっていて聞くのはどうかと思うと聞けないのだ。


「本人が本当に聞かれたくないのなら言わないだろうし、言っても良いと思うなら話すだろう。私にはよく分からないが、家族なら変な遠慮はしなくてもいいんじゃないのか?」

「……。」


思わずクローディアをまじまじと見つめてしまう。


「な、何だ?」


クローディアが焦った様子で聞いてくる。


「うん。良いこと言うなぁって思って。」

「そ、そうか?別に普通の事じゃないのか?」

「う~ん、そうなんだけど。時々、人って当たり前の事でも忘れてしまうから。改めて、真っ直ぐに言われるとありがたかったです。」思わず敬語になる。


「そ、それは良かった。」照れているのか、クローディアの頬がほんのり赤い。

「うん、ディアのそう言う真っ直ぐなところ好きだなぁ。」


僕のその言葉でクローディアの顔が今度こそボンっと赤くなったけど、僕も自分の言葉に照れてクローディアの顔をまともには顔を見れなかった。


ディアに言われてやっぱり僕は叔母さんに遠慮をしていたんだろうと気が付いた。

母親を亡くして、当たり前のように近くにいた叔母さんと叔父さんと一緒に暮らすようになった。僕が産まれた時から側にいた叔母さんはまるでもう一人の母親(いや父親か?)のようだったから、それが普通だと思っていたし、遠慮なんてしたことないと自分では思っていたけど。どこか心の奥では親ではないのだからという気持ちがあったのかもしれない。


王都までの道は悪くはなかったけどかなり単調だった。

右手にずっと海が見えて、左手は欝蒼うっそうとした緑。


数回、王都方面からやって来る馬車や馬とすれ違ったけど、周りに建物があるわけでもなく同じような風景が延々と続く。それが、王都を囲む高い壁が見えてくると風景が一変した。広々とした畑が開けて、朝日が降り注ぐ中、人々が働いているのが小さく見える。畑の中にも集落と同じような可愛い石造りの建物がぽつぽつと建っている。それが壁に近づくほど増えて、城壁の周りはたくさんの家々がびっしりと並んでいるのが見えた。


「遠くから見た時は良く分からなかったけど、壁の中だけではなく外にも建物がたくさんあるんだね。」

「昔は壁の中にしかなかったんだが、もうこの辺りは随分戦いがないからな。段々と人が集まって外側にも建物が溢れていったんだ。貴族御用達の高級品が欲しいなら壁の内側だが、新鮮で安い食材が欲しいなら外側の城下町がお勧めだな。」


なるほど、そんな感じで分かれているのか。

断然、僕が用事があるのは城下町だろう。

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