第15話 聞いたことのある唄

「次に行くところは表に少し店の様に商品を並べているよ。」


そう言って叔母さんが扉を開けると、カランコロンと扉についた鈴の良い音が鳴った。


「いらっしゃい。」


中に入ると暖かそうな日差しが差す窓際の椅子に白髪のお婆さんが座っていた。叔母さんと同じような長いスカートをはいている。

僕たちが入って行くとニッコリと笑って声を掛けてくれる。


「こんにちは。」

釣られてにっこりと笑うと挨拶をする。


周りには棚が少しあって、畳まれた布製品が並んでいた。確かに小さな店のようだ。

どうやら、裏手が作業場になっているらしくカタンカタンと作業をしているような音と声が奥の方から聞こえてくる。


白髪の優しそうなお婆さんは僕に向ってこいこいと手を振る。

どうしようかと叔母さんを見ると、目で行くようにと促された。

仕方がなく、椅子の正面まで近づいていく。


「ヒルダの子供かい?」


「いいや、私の姉の子供だ。」

叔母さんは鍛冶屋のハリマンさんの所でした説明をもう一度繰り返した。


「ここの工房の女主人エッダだ。」

叔母さんが僕に説明してくれる。

「もう孫に全部任せているよ。私はここで日向ぼっこさ。」

そう言うとニッコリと笑ってしわだらけの手を僕の方へこいこいとまた伸ばしてくる。


「?」

もう十分近づいていると思うけど?

これはもしかして。困って叔母さんの方またを見ると顎をくいっと出して、行け!と指示を出してくる。


相手がこのいかにも優しそうな高齢の女性ではなかったら断固拒否したところだった。

仕方なくもう一歩近づいて顔を前に出した。


お婆さんは僕の頭をなでなでした。

やっぱり...。仕方ない相手はお年寄りだ。


いったい、僕はこの国では何歳くらいに見られているんだろうか。




「ところで、その孫娘は裏の工房かい?」

奥の扉をちらりと見ると叔母さんが尋ねる。


「ああ、居るはずだよ。裏に行って、声を掛けてみておくれ。」


「分かった。失礼するよ。」


叔母さんは店の奥にある扉をあけて勝手に入って行く。僕もエッダさんに頭を下げると叔母さんについていった。

扉を開けると短い渡り廊下になっており、裏手にある広い建物に繋がっていた。

先ほどから聞こえてくるカタンカタンという音は、その建物の中から聞こえてくるようだ。


渡り廊下を通り建物の扉を開ける。

中は天井が高く広いスペースになっていて木製の機械が何台も並んでいた。1台ごとに女性たちがその機械の前に座っている。


「はた織機?」


以前、社会科見学で行った資料館で見たことがある昔のはた織機に似ていた。

さっきから聞こえる音の正体は木と木が当たる音、このはた織機で布を織る音だったようだ。

女性たちは手を動かしながら歌を歌っていた。



~戦いの乙女が剣を取り 馬に跨り 駆けて行くよ

 夕日の色した髪をなびかせ 馬に跨り 駈けて行くよ


 愛しい恋人は見送るよ 

 高い塔の上からその背中を見送るよ


 森の向こうに見えなくなるまで

 

 戦いの乙女はマントをなびかせ 駈けていくよ

 まとう衣は どんな色

 夕日に染まった その衣はどんな色


 愛しい恋人が贈ったそのマントの色は


 戦いの乙女が 駆けて行くよ

 恋人のために 駆けて行くよ~



「あれ?この歌聞いたことあるよね?」聞き覚えがあるメロディーとフレーズだった。

「ああ、お前の母さんが子守唄に歌っていたかな。」


なるほど、どおりで聞いたことがあると思った。


「昔から伝わる童謡みたいなものかな。地方によって微妙に歌詞が違ったりするけど。」

この世界の歌だったのか。


「なんかメロディーのせいか小さい頃はちょっと怖い歌だなって思っていたんだよね。」

少し哀愁の漂う曲調なのだ。

「ああ、子守唄ってそういうところあるかもな。」



「あら、子守唄に歌うの?ヒルダの生まれた地方は?」


ひとりの女性が笑顔で近づいて来た。

スラっとした細身の姿に綺麗な顔立ちの若い女性だ。


「やあ、アデル。いや、そういう訳でもないが姉さんがこの子が小さい頃に子守唄に歌っていたんだ。」

叔母さんはそういうと今度は聞かれる前に僕の紹介をした。


「そうなの?私たちは作業をしながら色んな歌を歌うけど。この歌はほら、マントとか衣が出て来るじゃない?だからか、機織をするときによく歌うかもね。何となくだけど。」

そういうと、彼女は僕に向って手を差し出した。


「アデリーヌよ。アデルって呼んでちょうだい。」

今度は撫でられないで済みそうなのでほっとして僕も手を差し出すと握手をしてよろしくお願いしますと挨拶をする。


「ところで、今日は何の用事?」


「ああ、すまないけど、こいつが引っ越してくるからいくつか必要なものをそろえたいんだ。」

そう言って、叔母さんは僕の頭をポンポンと軽く叩いた。

...。二人っきりだったらその手を払い落したところだけれど、初対面の人の前だったのでグッと堪える。

絶対、叔母さん分かってやってるんじゃないだろうか。


「いいわよ。ちょっと待って。今、メモするもの持ってくるから。」



「凄いね。こうやって布って作るんだ。」


僕は女の人達がパタンパタンと布を作っていく姿を眺めた。


「ああ、そうだなぁ。アデルはかなりやり手で、この集落の女たちも仕事が増えて助かっているらしい。」

確かにここで働いているのは皆、女性たちだ。


「あら、ありがとう、お褒め頂いて。興味あったら見学していく?」

戻ってきたアデルさんが手帳らしきものを持って、にこにこ笑っている。


興味はかなりある。実際にはた織り機を使っているところを見るのなんて初めてだし。

でも、仕事中だろうに本当に良いのかな?一応、叔母さんの顔を伺ってみた。


「少しくらいなら、いいんじゃないか?見せてもらえば?」

「えっとじゃあ仕事のお邪魔にならない程度で、お願いします。」

「あら~、随分行儀のいい子ね。子供はそんなに遠慮しなくていいのに。」


明らかに叔母さんよりもだいぶ若いアデリーヌさんにそう言われると複雑な気持ちだ。


「じゃあ、まずこっちから。」


そう言って一番近い機械の所に連れていかれた。

ひとりの女性が機械の前に座って規則正しく手を動かしている。

よくよく顔を見ると、女性というよりは女の子といった年頃の子だった。


叔母さんとかアデルさんと一緒でウエストを絞ったシルエットの上着に長い丈のスカート、その上にエプロンといった恰好だったため大人のように見えたけど、顔立ちはまだ幼かった。たぶん僕とあまり変わらない年頃かもしれない。


エマと呼ばれた彼女にアデルさんが僕の事を紹介してくれる。


「あの空き家に引っ越してくるならエマのお隣さんね。そういえば、年はいくつなの?」アデルさんに聞かれる。

「15歳です。」

「あら、じゃああなた達同い年ね。この辺りだと、この年頃の子は少ないから仲良くしてあげてね。」


そう言われて、彼女は僕を見て少しはにかんだ笑顔でぺこりと頭を下げた。

僕も軽く頭を下げる。この世界に来てから初めての同じ世代の人に親近感がわいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る