12食

 夏。

 ジリジリと焼けるような暑さの中、なんとかマシな程度に涼しい店内で、自慢のカウンター席に座りながら宙を睨んでいた。たらりとこめかみを汗が流れる。

 王都の地面を石畳にしたやつ、出てこいぶん殴ってやる。太陽も地面も暑いなんて誰も出歩けないに決まってるでしょ。お客が減るじゃない。


「イザベルーーー!! 今日から俺ら夏休みだぜ! 毎日朝から来れるぜ! ずっと一緒にいられるぜ! ってあっっっ!! 間違えた間違えた今の無し!! モーニングメニューもやれるって言いたかっただけ!!」


「夏季休暇中、寮の食事が提供されない。私は空腹になるため自宅に帰省するか、ここに来る必要がある。しかし、私の自宅には私のおやつがない。よって、ここに来た」


 いつものように着替えてくることもなく白い半袖の制服姿のまま、騒がしく開店前の店に入ってきた2人。うるさい暑いむさくるしい。

 2年も通っているギルバートはもう置いておくとして、ここ最近毎日おやつを食べに来るレオは本格的に私達のせいで不良になってしまっている感がある。ごめんなさい王家とアインツェーデル家の皆さん。


「2人とも、良く聞きなさい」


「急に改まってどうしたんだよイザベル。ちゃんと三食分は働くぜ?」


「働く」


 当然のように自慢のカウンター席に並んで座った2人。

 それを見ながら、私は威厳のある腕組みをして。


「お客さんが少なすぎるの。このままだとウチは潰れて、私達は食べるに困る事になるわ」


「ひえっ」


「食べるに困る」


 わなわなと震えるギルバートの顔は真っ青で、レオは相変わらずの無表情。しかしこの2人、この暑さの中で汗一滴かいてないのムカつくな。髪の毛も肌もサラサラじゃない、こっちはベトベトのドロドロだと言うのに。


「事態は深刻よ。今年は異常気象だかなんだか知らないけど、暑すぎて昼間お客さんが来ないのよ。王都じゃ避暑地に行っちゃう人も多いし、中々の経営難よ。今日もまだお客さんゼロだし」


「どっ、どどどうすんだよイザベル!! わ、割引き券とか配るか!? ビラ作る!? 美青年お触り券とか付けるか!?」


「あほな事言ってんじゃないわよ。いいから、今から店主たる私が言うことを良く聞きなさい。それからレオ、今日はどうせもうお客さん来ないから看板ひっくり返してきて」


「承知した」


 レオが席を立ったのと同時に、私も席を立つ。それから裏口の方にある抱えきれないほど大きな箱をずるずると引きずって来た。腰をやる予感。


「うわ、ばかイザベル! 無理すんな、そんなの俺が運ぶから座ってろ!」


「ぬぐうううう」


「そんな声出すほど頑張んなくていいから!」


 なんとか(ギルバートが)カウンターの前まで箱を運んで、その横で膝に手をついてだらだらと汗を流す。暑いし疲れた。


「イザベル、これを」


 中に戻ってきたレオが、かっちりとアイロンがけされたハンカチを渡してくる。


「お、俺も持ってる!! ハンカチ持ってるぜ!! ほら、俺の使えよ!」


 ギルバートもこれまた上等なハンカチを渡してくる。なんでコイツら汗かかないのよ。


「ハンカチは私も持ってるわよ……いいから、聞いて」


「承知した」


「大丈夫かよ……?」


 ふう、と1つ大く息を吐く。そのまま沈黙。十分に空気を張り詰めてから、運んできた箱にぱんっと手をついた。


「営業時間の見直しと新メニュー開発に乗り出すわ! 今までメインだったランチより、涼しい時間帯の食事に力を入れる! そして昼間は冷たいスイーツでも売るわ! 私も食べたいし!」


「冷たいスイーツ」


「お、おお! イザベルがマトモな事を! ……ってあれ? それ全部作るの俺じゃないか? あれ?」


「我が店にはちゃんとした冷蔵庫があるんだから活用していくわよ! あと大量の果物の缶詰とゼラチンが届いたから新メニューのスイーツはフルーツゼリーで確定! 食事の新メニューに案がある人は挙手!」


 今朝匿名で届いたこの巨大な箱の中身は、大量の高級フルーツ缶詰とゼラチンだった。とうとう匿名定期便の内容がメニューまで指定してくるようになってきている。もうここまで来たら匿名やめなさいよ。


「うーん、冷製パスタとかか? あとは冷製スープとか」


「はい決定。第1回イザベルキッチン作戦会議は終了よ。明日から作戦開始で大丈夫ね?」


「承知した」


「お前もうちょっと躊躇えよ!! 会議って言ったのになんも話し合って無いじゃないか!! とりあえずレオ野菜切って! 俺ゼリー作るから!」


「承知した」


 じゃあ私は仕入れの注文と掃除をしておく。

 あの2人が食事目当てで厨房で働く姿を、2人の親が見たら気を失うんじゃないだろうか。高級料理食べ放題みたいな人達なのに。


「イザベル!! イザベル来て!! 早く!!」


 厨房からのやかましい声に呼ばれていけば、ドヤ顔のギルバートと、レオが片手にきゅうりの花を持って無表情で立っていた。なんて不思議な光景。


「レオが飾り切り覚えた! すごいだろ!」


「飾り切りをするとギルバート・ドライスタクラートは喜ぶ」


「だって凄いだろこんな上手なの! お客さんに出せるぜ! なあイザベル!」


「新メニューにさらなるインパクトってわけね。いいじゃない」


「飾り切りをするとイザベルも喜ぶ」


 その日は、新メニューの仕込みをしておやつを食べても時間が余ったので、2人の夏休みの課題を一緒にやった。


「まだこんな課題が出るのね。なんの意味があるのかしら」


 ギルバートの分厚い本をパラパラ捲ってみる。我が国の風土と地形について。レオの分厚い本は最新の戦術について。まだキノコ図鑑の方が楽しい。


「戦法の理解と我が国の風土の理解は騎士を目指す者とって重要である」


「こんな分厚い本読んで覚えるなんて無理だろ!! しかも5冊!! 覚えるとか以前にまず読み終わらないわ!!」


「私は既に全冊記憶済みだ」


「私も1回見れば覚えるわ」


「うわああああ!! 裏切られたあああ!! そうだお前ら筆記試験無双コンビだった!! 俺に何やっても3位という悪夢を見せてきたのはお前らだった!!」


「うっさいから早く読みなさいよ」


 ううう、とうめき声を上げながら残念な表情で本を読むギルバート。レオは無表情で数学の問題を解いている。私は4冊目の本に目を通しはじめた。


「なあ、どうやったら毎度テストで満点取れるんだ?」


 ボソリ、と本から目を上げずにギルバートが聞いてくる。


「逆に、なんであんたが毎回数点落としてるのか分からないわ」


「正しい答えを書けば良い」


「聞かなきゃ良かった!!」


 その後しばらくして夜の鐘が鳴って、2人は荷物をまとめ始めた。


「じゃあなイザベル! 戸締りしろよ、ちゃんと寝ろよ! 明日は朝からなんだから、寝坊すんなよ!」


「はいはい。あんた達も気をつけて帰りなさいよ」


「じゃあな! また明日!」


「また明日、ここへ来る」


 からんからん、と2人は店を出て行った。

 私は威厳のある店主らしく、新メニュー作戦開始に備えちゃんと早寝早起きを実践し。


「イザベル。ギルバート・ドライスタクラートは、どこだ?」


「……え?」


 また明日、が守られなかった朝を迎えた。

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