『キュービットさん』は呪いのアプリ。絶対に、願い事をしてはいけない。
天菜真祭
第1章 呪いのアプリに願ってはいけない
第0話 木瀬さんは、助からない
11月13日 日曜日 21時20分
私立祐久高等学校 旧校舎
#Voice :
ちょっと、早く出なさいよ!
誰でも良かった。同じクラスの子で、僅かでも助けに来てくれる可能性がある子なら、誰だって……
◇ ◇
クラスメイトに助けを求めて、電話した。
なのに、ぜんぜん繋がらない。
やっと電話が繋がったかと思ったら、
嗤っているの!
まるで人間じゃない別の生き物みたいに、冷たく見下した声で。
忍び込んだ夜の旧校舎は、地獄だった。
殺される。
死にたくない。
ぺたぺたぺたぺた ぺたぺたぺたぺた
渡り廊下を小走りに逃げる。雨でぬれたコンクリート床が、気持ちの悪い靴音を立てる。新校舎と旧校舎の間をつなぐ吹きさらしの渡り廊下は、吹き込んだ雨で水たまりができていた。
立ち止まり、周囲を見回した。
水たまりを踏むと、靴が濡れて、中にまで浸み込んで、気持ち悪い。
ヒトヒト ヒトヒト ヒトヒト ヒトヒト ヒト
いくつも足音が周囲を取り巻いていた。
姿は見えない。
でも、ときおり、景色が揺らめく。
薄闇の中で、闇よりも暗い人影がうごめいている。
忍び込んだ夜の旧校舎は、このヒトヒト歩む気配に支配された地獄だった。
僅かな希望に騙されて、のぞき込んで、迷い込んだことを後悔した。
渡り廊下を照らす蛍光灯だけが、僅かな希望で安全地帯だった。
ときおり瞬く蛍光灯の光の中だけが、この異常な世界の中で、私に生存を許された場所だった。
ヒトヒトと歩く異常なモノたちは、明るい光の中を見ることができないらしい。
だから、切れかかった蛍光灯の灯りの中に潜んで、クラスメイト達に電話を掛けた。最も近くに住んでいる子なら、20分足らずで自宅を出て旧校舎へ駆けつけることができるはずだ。
なのに、私がどんなに危機を訴えても、誰もが何か異常な嗤いに支配されていた。
わたしが何度も、「死にたくない。助けに来て」とお願いしても、返事は乾いた笑い声ばかり。
クラスメイトたちの嘲笑のあと、最後に辿り着いたのは、萩谷だった。
コールを続けても萩谷は出ない。
萩谷のバカ、まだ、スマホに慣れていないの!?
苛立ちが支配する。
明日、学校で会ったら、また、イジメてやるわ。
イライラばかりの毎日が嫌で、すっきりしたくて、こんな遊びに手を出した。
「願い事が叶うアプリ」なんて、はじめは信じていなかった。
なのに、アプリのお
僅かな希望と、絶望を引き換えにしたから…… 代償は私の命だった。
結果はさんざんだった。
ねぇ、心霊現象なんて、非科学的なものは存在しないんでしょう?
なのに、どうして、私は無様に逃げ回ってなきゃいけないの!
ああ、イライラする。
と、蛍光灯が瞬いて…… 消えた。
とたん、前からも後ろからも一斉に視線を感じた。
この異常な世界を支配する、ヒトヒトと歩くシビトの群れは、明るい光の輪の中を見ることができないらしい。
灯りが途切れて、薄闇に晒された私の姿は、はっきり見えているはずだ。
ヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒト
全方向から足音が、一斉に群がってくる。
弾かれたように、私は駆け出した。
ヒトヒトと歩く影が、私の行く手に壁を作った。
慌てて、向きを変えて走った。
そうするしかなかった。
旧校舎の外階段が目の前にあった。赤錆びて気持ち悪い。
でも、ヒトヒトという足音が、夕闇よりも深い黒い影の群れが、私を追い込んでいく。
外階段を駆け上がる。
息が切れる。
背中に不気味な物音が迫る。
ぎしゅう
外階段の手摺が、見えない何かに握りつぶされた。赤さびが血のように滴るのが見えた。なのに、影しか見えない。
新校舎の方へ逃げたいのに、逆に旧校舎へ追い込まれていた。
でも、もう、後ろを振り向くな!
とにかく、逃げろ!
ぎしゅ ぎしゅ ぎしゅ ぎしゅ
必死に階段を駆け上がったのに……
外階段の手摺が何かに押し潰される音が、薄闇の中で繰り返し響く。
反射的に振り向いてしまう。
景色が揺らめいていた。
冗談じゃない。冗談じゃないよ――っ!
夜の学校に忍び込んだことを後悔した。
こんなバカげた遊びに手を出したうかつさを、悔いた。
願いごとが叶うと聞いて、よく考えずに実行した。
そうじゃない。
違うっ!
私の中で、矛盾する言葉が無益な言い合いをしていた。
無様に逃げ惑う私は、こんな私じゃないはず。
なぜ、こんなことになったの?
毎日が灰色で、絶望しかなかったから、少しでも希望が持てるモノなら、後先考えずに手を出した。
――願い事が叶う
悪すぎる意味で、それは大当たりだった。
景色がぶるりと震えた。
殺意の手が届く場所に、私がいる。
恐怖で足がすくむ。
外階段に灯る、か細い灯りに身を隠した。
薄汚れた蛍光灯の光は弱々しくて。
旧校舎の中には、入れない。
外階段から続く扉は、施錠されていた。
もしも、扉が開いたとしても、この時間帯の旧校舎の中は、さらに深い闇の底だ。
完全に追い詰められた。
そのとき、握りしめたままのスマホがぶるっと震えて光った。
相手が電話に出た合図だ。
「あ、あの…… 木瀬さん、ごめんなさい。わたし……」
バカ! ヒトヒトに見つかる。しゃべるな!!
次の瞬間、私の視界が激しくぶれた。
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