第98話 辺境伯と王子の密談~2

「何故?という表情ですね。という事は図星でしたか。もしかして…と思ったのですが」


 カマをかけられた事への苛立ちを感じる筈が、湧き出たのは表現しようのない薄ら寒さだった。にこやかな口調と表情が空恐ろしくすら見える。これは一体誰だ…


「…辺境伯殿は、人質などという手はお嫌いかと思っていましたよ」

「そうですか?でも、そんな事を言っていては守れるものも守れないでしょう?それはレアード殿下もよくご存じでは?」


 投げかけた皮肉は、相手には何の感慨ももたらさなかったらしい。気を悪くした風もない様子からも、彼がこの様な手を使う事に何ら逡巡しない事が伺えた。


「姪御殿にも悪い話ではない筈だ。あなたが連れ歩いているのはあなたの居城が安全ではなく、任せられる者がいないという証拠でしょう?少なくともここには、そちらの間者が入り込む余地はないと思いますよ」

「だが…あなたはアレクシア嬢とは…」


 そうだ、この男はアレクシア嬢との結婚は白い結婚にして、彼女を王都に戻そうとしていた。だとしたら、あの子の側にいつまでいるかなどわからないだろうに…そんな思いが顔に出たのか、辺境伯は俺を見て酷薄な笑みを浮かべた。


「彼女の今後については、既に方向性は決まっています」

「…どうされるのか、伺っても?」

「まだ確定的な事は言えません。一応、彼女の希望も聞きたいと思っていますし。ですが、あなたの父王の要請も想定はしていたので問題ありません。こちらとしては他国に嫁がせる選択肢は端からありませんから」

「そうですか」


 父に嫁がせないと聞いて、俺はホッとした。何と言っても姪の恩人だし、あの純真な娘があのクソ爺に手籠めにされるなど考えたくもなかったからだ。

しかし、辺境伯のこうなったからこうするというシナリオに沿ったような話ぶりに、俺は自分の行動すらこの男の想定内だったと理解した。一体どこから、いつから見透かされていたのか…完敗だ…悔しいが今の俺には今の状況をひっくり返すだけの材料を何も落ち合わせていない…


「…わかりました。姪を…お願いします」


 一時の間、対抗策を考えたが…彼の要求を飲む以上の手が思いつかなかった。勿論、やって出来ない事はないが…姪の安全を考えればそれを選ぶことなど出来そうもない。それに、あの子の安全を第一に考えるのなら、彼の誘いに乗る以上の手はない。残念ながらまだ俺の手札は限られている。


「理解が早くて助かりました。では数日後に姪御殿を連れてきてください」

「数日後…?」

「いきなり置いていかれては、姪御殿も混乱するでしょう?時間を差し上げますから、姪御殿が納得してここで過ごせるように話をしてあげて下さい。小さな子でも、子どもなりに状況を理解するものです」

「あなたがそれを言うのか…」

「私とて、子供に対しての情くらいは持ち合わせていますよ。それに、その方があなたも動きやすいのではありませんか?」

「……」


 俺は辺境伯殿の言葉を否定できなかった。あの子はアレクシア嬢には心を許していたから、あの子が納得出来そうなシナリオを作ってあげれば安心してここに残るだろう。それに、俺の準備も必要だ。あの子のためにも、自分のためにも…


「姪御殿の事はご心配なく。あなたに万が一の事があった場合も、責任もってここで養育しましょう。私個人としては、あなた方の計画が成功して両国が同盟を結べる状況が望ましいですね。その折には…姪御殿と我が国の第三王子が両国の懸け橋に…というシナリオもありだと思いますよ」

「な…」

「悪くない話でしょう?第三王子とは九歳差だが許容範囲ですし」

「しかし…」

「もちろん、私の一存でどうこう出来る話ではありませんし、私が出来るのは提案するところまでです。ですが…そんな可能性があると思えば、あなた方も目指すものが明確になり、より行動しやすいでしょう?」

「……」


 この男を王に最も近い者と言ったのは、誰だったのだろう…確かに公明正大で穏やかな態度を見てその通りだと思っていたが…そんな俺の認識は間違いだったと言わざるを得ない。

 この男は冷徹に先を見通し、非情な手段も厭わずに使える、いい意味でも悪い意味でも王としての資質を備えていた。今も俺に手が届きそうな未来を見せて、ちゃっかりと自分の目指す未来像へと俺を引き込んでしまった。悔しいが…こう言われてしまえば、俺は姪のためにもこの男が目指す未来を目指さざるを得ない…


「そうそう、あなたの父親が聖女を望んでいるそうですね。でしたら…メアリーを送りましょうか?」

「なっ?」

「彼女はどうせ死罪は免れない。それなら彼女を送るのも一つの手です。貴国の王宮で話題に上がっているのはメアリーなのでしょう?」


 昔の恋人を、今の婚約者の代わりに敵国に送る?その発想に…俺は背筋が凍りそうなほどの寒気を感じた。市井では噂になるほど親密だったというのに…


「彼女は…あなたの恋人だったのでしょう?それを…」

「もう十年も前の話です。しかし今は詐欺行為を繰り返した上、私に薬を盛って笑っていた者だ。正直嫌悪感しかありませんよ」

「……」

「力が衰えていても、痛みの緩和くらいは出来るでしょう。しかもあの見目なら、好色な王のお眼鏡にかなうのでは?」

「だが、彼女がこの国に叛意を持ったら…」

「彼女にそんな器はありませんが、その時はあなた方で何とかして下さい。どうせ王は表舞台から消えて貰うのでしょう?」


 さらりと、何の罪悪感も持たずにそう告げる男の姿に、俺は得体のしれない恐怖を感じた。昔の恋人まで我が国の火種として使おうと言えるその冷徹さが、あの柔和な顔も下に潜んでいたなど誰も思わないだろう…

そして悟った。彼を敵に回しても何のメリットもないと。言い換えれば、彼を協力者に出来れば、俺たちの計画は思いのほか上手くいくのかもしれないとも。俺は今後の方針を今一度見直す必要を強く感じた。

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