第28話 娘が娘なら親も親…
私のお願いと言う名の提案はラリー様も色々と考えてくれると言うので、私はお任せする事にした。実際にどれくらいの人数がいるのかとか、そういうのも調べて貰わなきゃいけないし、誰から始めるのか、いつ、どこでやるのか等も考える必要があるからだ。私も無限に力を使えるわけではない。怪我の程度が重ければ、その分使う魔力の量も増えるのだ。
とは言っても、全てをお任せする気はない私は、自分のためにも力を使うつもりだ。ここで生きていかなきゃいけない以上、味方作りは大切だ。まぁ、誰を味方にするかは十分に見極めなきゃいけないけれど。
その翌日は、私に付いてきてくれた護衛四人が王都に戻る日だった。ちょうど辺境伯領も王都への使者を立てたから、一緒に戻るのだと聞いたため、私は彼らを見送りに行った。短い期間ではあったけれど、私のために尽力してくれた方々だ。それに、彼らを味方につけておいて損はないのだ。
「お嬢様、わざわざお見送り頂けるとは…」
「ご足労頂き恐縮です」
彼らは私が傷を治した事で態度が一変してしまった。まぁ、聖女の治癒魔法は神の御業と言われているし、彼らはこれまで経験がなかったから尚更なのだろう。それでも、神殿では貧しい人にも治癒魔法をかけるボランティア活動をしているし、王都であればそれほど貴重ではないのだけれど。
ただ、聖女の多くは痛みを軽減するくらいで、完治させるのは難しいのが現実だ。そこまでの力を持つ聖女が少ないのと、人数が多いとそれだけ力が必要になってくるから、完治するほどかける事が殆どないのだと聞く。浅く広く…が聖女の癒しの力なのだ。
「いいえ、皆様には大変お世話になりましたもの。道中もどうぞお気をつけて。皆様に神のご加護がございますように」
そう言って私はこっそり彼らにだけ加護魔法をかけた。加護魔法は獣や魔獣をよけるおまじないみたいなものだけど、獣害がないだけでも旅は随分と楽になる筈だ。
彼らは益々恐縮していたけれど…これで王都に戻っても変な噂は流さないだろう。私に聖女の力がある事は内緒にして貰っている。王家が内緒にしていたから…と言えば、彼らは素直にそれを信じてくれた。
それに、治癒魔法をかけたクロフとグレイディは、ちゃっかりビリーが買収済みだ。きっとこれからは彼らを通して王都の情報が入ってくるだろう。
クロフは生真面目な性格なのもあって、エリオット様の節度のない態度に常に反感を持っていたし、グレイディは女癖は悪いけれど意外にも子煩悩で、幼い娘に夢中だと言っていた。我が子のためにも怪我が悪化するのは避けたかったらしい。
「ほう、あなたがセネット侯爵家のご令嬢か」
四人を見送って部屋に戻ろうとした私は、急に声をかけられて振り向いた。一緒にいたユーニスとビリーの表情が固くなった。この地で私に声をかけられるほど高位の貴族なんていただろうか?この国のマナーでは、下位の者が上位の者に声をかける事は出来ない。私に声をかけられるとすれば、ラリー様かギルおじ様を除けば、公爵家か王族くらいだ。それとも他国の大使だろうか。
振り返った先には、壮年の男性が辺境伯の騎士を数人従えて立っていた、服装からしても、辺境伯領の者だろうか。こげ茶の髪には白いものが混じり、暗灰色の瞳には嘲りの色が見えた。
「どちら様でしょう?お嬢様に何の御用でしょうか」
すかさずユーニスが前に出てけん制した。彼女は私への無礼には厳しいからね。まぁ、王妃様付きの侍女をしていたらそうなるでしょうけど。
「ふん、侍女ごときが差し出がましい。わしはレイズ子爵家のハワード。この辺境伯の騎士団の副団長を務める者だ。名を聞いておこうか」
随分と高飛車な態度だけれど、子爵であれば伯爵家の出であるユーニスの方が身分は上なのだけれど…王族や高位貴族に使える侍女の多くは貴族の令嬢だという事を知らないのだろうか。
「トイ伯爵家のユーニスです」
「な…ふん、伯爵家だと…侍女なんぞしているとは、どうせ没落した家の娘なのだろう」
あらまぁ、伯爵家と聞いて怯むなんて、随分と器が…それでも下に見ようと必死なのね。レイズ子爵って、確かスザンナの実家だった筈。だとしたらこの男が彼女の父親という事だろうか。
「まぁ、王妃様お気に入りの侍女を没落だなんて…子爵は随分と豪胆でいらっしゃるのね」
「はぁ?!お、王妃様…?!」
「あら、王都では有名な話ですわよ。あのお厳しい王妃様のお気に入りという事で、ユーニスには公爵家からの結婚の申し込みもあるくらいですわ」
にっこり笑ってそう告げると、子爵はより一層狼狽えた。
でもそうなのだ。実はユーニスには王妃様のご親友の公爵夫人からも、息子の嫁にと請われた事があるのだ。王妃様はユーニスの意志を尊重して好きにすればいいと仰ってくれ、私の侍女でいたいと言ってくれているからここまで来てしまったけれど。
全く、そんなにビビるくらいなら喧嘩なんか売ってこなきゃいいのに。青ざめた子爵たちを一瞥して、私達はその場を離れた。
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