11 再会と約束。


 いっぱい泣いたので、顔も身体も洗って、とってもすっきりした。

 それにしても、「戻ってきてもいいだ」と抱き締め返してくれたヴィクトは、とても優しかったな……。

 ぽっと胸の奥が、あったかくなる感じがする。

 ニマニマしてしまった。

 首にかけたままの魔剣の欠片を手に取り、私はヴィクトの耳飾りを思い出す。

 ヴィクトも拾って大事に持っていたとは……。

 私達が最初に手に入れた宝だったし、使っていたのはヴィクトだ。愛着を持っていて拾ったのは頷ける。けれど、まさか私と同じく身につけていたとは、意外だ。

 バスルームから出て、タオルで拭いたあと、身体に巻き付けた。

 長い髪を搾ってぼたぼたと水を出していれば、ドアが開く音を耳にする。


「ただいまーヴィクト! 大人しくしてたかー?」


 ストの声だ。三人が帰ってきたのだろう。


「あっ! 待てスト!! 開けるな!!」

「なんで?」


 ヴィクトが声を上げたけれど、時すでに遅しで、ストはドアを開けてしまった。

 私がいるとは、夢にも思わず。しかも、バスタオル姿で。

 頭以外、白っぽい鎧をフル装備した大柄なストは、私を見下ろして完全に固まってしまった。

 ヴィクトが駆けつけ、すぐさまストの肩を掴むと後ろへと投げる。


「見てねぇー!! 見てねぇーから!!」


 ヴィクトは真っ赤になったまま、顔を背けた。

 目をぎゅっと閉じたまま、ドアノブを掴もうと手探りしている。

 そんなヴィクトが、突き飛ばされた。ぼふって音がしたから、ベッドに倒れたのだろう。


「エリューナ!!」「エリューちゃん!!」


 金髪のボブヘアーとやや吊り上がった青い瞳のハーフエルフのミミカ・インコラッジャと、白銀色の長い髪を二つに束ねている明るい紫色の垂れ目をしたディヴェ・ルシオーネだ。

 私を呼ぶと、笑顔で挟むように抱き締めてきた。


「ミミカ、ディヴェっ……濡れちゃうよ?」

「やだ離れない! エリューナ、会いたかった!!」

「離れたくなーい! ウチも会いたかったー!」

「ううっ、私も会いたかったよーっ!」


 頬擦りしてくれるのも、久しぶりだ。

 私はまたもや泣いてしまいそうになった。散々泣いたのだから、涙が枯れてもおかしくないのにな。


「すんませんでしたーっ!!!」


 視線の先で、ストが土下座した。

 短い茶髪とブラウンの瞳の持ち主。スト・ゴレア。

 そこまで謝らなくても……。


「ああ、いいんだよ。スト。事故みたいなものだし、別に裸じゃないし……ミミカ、服を借りようとしたんだけれど、いいかな? 着替えても」

「あたしの服を!? エリューナが着る!?」

「あ、だめかな?」

「ぜひ着てください!!」


 ミミカなら背丈が近いので、問題なく服を着れそうだけれども。逆にディヴェの服だと、小柄すぎて私には小さいかな。

 腰を曲げてまでお願いされたのだけど、どういうことだろうか。


「ていうか、なんで、エリューナがいるんだ? ……まさか、ヴィクト!! お前!! 拉致ってきたのか!!?」


 床に額を押し付けていたストが、バッと顔を上げて自分の幼馴染を見た。


「なんでそういう発想が出るんだよ!? 普通に街で偶然会ったんだよ!!」


 ストにそう言い返すヴィクト。


「だからって宿に連れ込んだ上にシャワーを貸すことになるー?」


 ディヴェが自分の顎に人差し指を当てて、小首を傾げた。

 この現状が呑み込めないらしい。


「バカヴィクト!! さてはっ……あたしのエリューナと一線を越えた!!?」

「越えてねーよ!!! てめぇの発想もどうなってやがんだよ!! アホミミカ!!」


 ミミカとヴィクトのやり取りを見て、私は噴き出してしまった。


「ふふっ。皆、変わってないね」


 微笑ましい。


「説明するから、ちょっと待ってて、着替えるよ」


 流石にバスタオル姿のままではいられないので、着替えようと思ったけれど、ぱたんっとミミカの手によってドアが閉められる。


「支度、手伝う!」

「髪伸びたねー、乾かしてあげるよー」

「あ、ありがとう」


 一人で出来るんだけれどなぁーっと思いつつ、嬉しいので手伝ってもらった。

 ミミカに借りたのは、清楚な花柄のある水色のワンピースだ。オフショルダーだけれど、品があって好き。

 まだ湿っているように感じる髪を下ろしたまま、私はソファーに座らせてもらった。

 そして、左右にはミミカとディヴェが腰を下ろす。向かいにはヴィクトが立ち、一つのベッドに鎧を脱いだストが座っていた。


「こうして、皆と会えて嬉しいなぁ」


 にへらと口元が緩んでしまう。


「うんうん、嬉しいね。それで? どうしてヴィクトにお持ち帰りされたのかな?」


 ミミカがなんか威圧的な笑みで問うた。


「お持ち帰りって……おい」

「あながち間違ってないよね」

「いや違うだろうが!!」


 え? お持ち帰りって異性を家とかに連れ込むってことだよね?

 意味同じじゃない?

 呆れ顔だったヴィクトが、全力で否定するので、違うってことでいいか。


「んーどこから話そうか」


 迷ったけれど、先ずヴィクトと再会してここに来たことを話そう。


「路地裏で蹲って泣いていたら、ヴィクトが私を見付けてくれたので、泣きついたの。そしたらヴィクトがお姫様抱っこして、ここまで連れて来きてくれた」

「お姫様抱っこで、お持ち帰り……だと!?」

「お前……”お持ち帰り”から離れろ」


 驚愕するミミカに、ヴィクトは冷たい目を向けたのだった。


「そんなことより、どうして泣いてたのー?」


 いい子いい子と、あやすようにディヴェが頭を撫でてくれる。


「そうだぜ、何があったんだ?」


 気遣う目でストも話すように促してきた。


「ヴィクトにはもう話したけれど……私に婚約者がいるって知ってたんだよね?」

「う、うん……第二王子でしょう?」

「聞いたよ……」

「えっと、うん、まぁな……」


 三人は口ごもると、視線をヴィクトに向ける。

 なんでヴィクトを見るんだろうか。

 ヴィクトは、そっぽを向いた。


「単刀直入に言うと……その第二王子にパーティをクビにされて、婚約も破棄されて、最高王宮魔導師も解雇されて、王宮から追放されたの」


 我ながら、単刀直入に言えた。

 簡潔にまとめられたわ!


「「「……は?」」」


 三人は声を合わせて、聞き返した。

 やっぱり説明が足りないか。

 私はヴィクトに話したように、最高王宮魔導師として一年頑張ったこと、国王陛下に気に入られて第二王子の婚約者になった経緯と、学園同士の競争で会った伯爵令嬢のこと、子守りとしてパーティーを組んでダンジョンに行っていたこと、そしてついに婚約破棄と解雇と追放をされたことを、順を追って話した。


「「「はぁああ!!?」」」


 聞き終わると三人は立ち上がり、揃って声を上げる。

 怒っているのは、わかった。温厚なディヴェさえも。


「信じらんない!! 絞める!! 絶対にボコ殴りして、絞め殺す!!!」

「理不尽にもほどがあるだろうが!! うちのリーダーを無能呼ばわりしやがって!!!」


 私のために怒ってくれているミミカとスト。


「はぁああ……」


 ディヴェが深く長い息を吐いたかと思えば、短い杖を持って歩き出した。


「え? ディヴェ、どこに行くの?」


 問うと、ディヴェは清々しい笑顔で言い退ける。


「ちょっと、暗殺、してくる」

「物騒すぎるよ!!! 落ち着いて!!」


 慌てて、ディヴェの腕を掴んで止めた。

 皆、ご立腹のようだ。


「落ち着け、てめぇら」


 ヴィクトが宥める言葉をかける。

 おお! 冷静! 流石、リーダー代理!


「殺(ヤ)るなら、ダンジョンだ。死体を魔物に食わせる。そうすりゃバレない」

「物騒すぎるってば!!!」


 皆、賛同したように、コクリって頷かないで!!


「ああん? じゃあなんだ? お前はあの第二王子と伯爵令嬢を野放しにするつもりなのかよ?」


 殺気立っているヴィクトの背後に負のオーラが見える気がする……。

 ゴゴゴッて。

 般若みたいな顔になっているよ、ヴィクト。


「愚痴った私が言うのもあれだけれど、あんなアホな連中に関わってほしくないの。絶対、追放を知った国王陛下が二人に罰を下してくれると思うし、それで十分だよ。何より!」


 何よりって部分を強調して、私は立ち上がって告げる。


「そんなことより、私は冒険がしたい! 皆ともう一度! 白い光りが照らす最高のそして最強の道を一緒に進んで、冒険がしたいの! 私だけ道を逸れてしまったけれど、同じ道をもう一度歩みたい! だからっ! 戻ってもいいですか!?」


 私は腰を曲げて頭を下げた。

 ヴィクトからはもう許可をもらっているけれど、それでもこうして頼み込むべきだと思ったんだ。

 最高の仲間と、もう一度、最強の道を進みたい。

 受け入れてもらえるのならば。

 すると、左右の腕を引っ張られて、ソファーに戻された。


「約束したじゃん! いいに決まってる!! おかえり、我らがリーダー!」

「おかえりー、リーダー!」


 そう言って、頬擦りをしてくれるミミカとディヴェ。

 変わらないな。卒業前と変わらない。


「戻ってきてくれて嬉しいぜ。おかえり、リーダー」


 ストも、笑いかけてくれた。

 ヴィクトにも目をやれば、笑ってくれている。


「ただいまっ!!」


 私は涙目になりつつも、嬉しくて笑顔で、むぎゅーっとミミカとディヴェを抱き締めた。


「よし。先ずは服の調達だな」


 ヴィクトが言い出す。


「いつまでもミミカの服を借りてられないし、そんな格好でダンジョンに潜れないだろう?」

「いや、あたしは大歓迎だけれど……ハッ! 今ならエリューナに好きな格好をさせられる!? 行こう! 仕立て屋へ!!」

「ウチも選びたーい! わーい」


 ミミカは気合を入れたように立ち上がって、ディヴェは私の腕を抱き締めた。

「変なの、選ぶなよ?」とヴィクトは睨みつける。

「変ってなんのよ」とミミカが言い返す。


「エリューの格好、見てないだろ。アホ王子に、胸元も背中も露出したミニスカート着させられてたんだぞ」

「その服、切り刻んでいーい?」


 笑顔のディヴェ、なんか怖いな。


「全く持ってけしからん! 露出するなら、ほどほどに! そしてエリューナの品性を損なわなず、可憐で美しい服にしよう!!」


 ミミカが私の腕を引っ張り、立たせてくれた。


「あんま時間かけんなよ。終わったら、冒険者ギルドに来い。エリューの正式冒険者の登録をしようぜ」

「正式な、冒険者登録……!」


 私はキラキラーっと目を輝かせる。

 そんな私を見ると、ヴィクトはふっと笑った。優しい微笑み。

 ぽっとまた胸の中があったかくなる。


「あいあいさー」


 ディヴェが返事をして、ミミカに引っ張られるがままに、宿屋を出た。


「なんか……ヴィクト、変わった?」

「え? 全然。相変わらず、ギレギレだよ?」

「そうかなぁ」


 相変わらず、ギレギレ。わかるようなわからないような。


「こっち来てから、特に荒れに荒れててさー」

「なんで?」

「そりゃあ、エリューナに王子の婚約者が出来たって聞いたからよ」


 つまり、私のせい?

 なんでまた王子の婚約者が出来たからって、ヴィクトが荒れるのだろう。


「ウチら、会えたら冒険に連れ出すつもりで王都に来たんだ。でもほら、王子と結婚したら、やっぱり冒険なんてするわけないと思ってー。諦めてたんだ。約束は果たせないかなって」

「それで……」


 グッと胸が締め付けられた。

 戻ってくると信じていたリーダーが、戻らないとわかって裏切られたと思ったのだろうか。

 それなのに、再会した時は受け止めてくれた。

 ヴィクトは、やっぱり変わったと思う。とっても、優しくなった。


「ありがとう。冒険に誘おうとして王都まで来てくれて……ありがとう」


 二人の手をぎゅっと握り締めてお礼を伝える。

 皆が迎えに来たも同然だから、嬉しくて、嬉しい。


「あたし達の方こそ、戻ってきてくれてありがとう!」

「うん、ありがとー! エリューちゃん!」


 にっこりと、左右の二人は明るく笑いかけてくれた。

 一番近い婦人用の仕立て屋に行き、ミミカが細かく注文をつけている間、ディヴェとは店内に飾られた服を見て回る。

 とりあえず、ハイネックで肩を露出したトップスと短パンを合わせたものを購入させてもらった。店内の試着室で、それに着替える。

 ミミカが注文した服は、後日取りに行く。デザインは、その時までのお楽しみ、とのことだ。

 王都の冒険者ギルド会館は、無駄に高級感ある内装である。ピカピカに磨かれた床、壁。天井には、煌びやかなシャンデリア。

 何度来ても、王都の見栄を感じる冒険者ギルド会館だ。

 ヴィクトとストはもう来ていて、受付で何やら騒ぎを起こしていた。



 

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