08 王子の子守り。


 ロクウェル・ヴェル・イングラン殿下。

 兄からの情報でも、第二王子の彼は、とても交友関係が派手だと知った。

 パーティーでエスコートされても、すぐに令嬢陣に囲まれてしまう。

 顔はいいのだけれど……。

 不快に感じる原因は、性的な目で見てくるからだった。

 女性の魅力を出すために露にした胸の谷間や、キュッと締まったくびれを舐め回すように見てくる。

 二つも年下の王子に、性的な目で見られるとは。不快極まりない。

 なんとなく、今まで婚約者がいなかった理由がわかった。

 こうして、囲まれたかったからだろう。

 いい顔で対応しつつも、令嬢達の胸やウエストを見ている。

 見境なく手を出しているということはないみたいだ。

 まだ子どもだからって理由かしら……。

 早く婚約解消してくれないだろうか。


「エリューナ。ダンジョンに行くぞ」


 ある日。

 仕事をしていた王宮魔導師の研究室に、飛び込んできたロクウェル殿下は言い出した。

 私の方が年上なのに、婚約者だからって理由で一方的に呼び捨てを決定されたのである。


「ダンジョン、ですか?」

「【王都の門の強欲ダンジョン】だ! 準備しろ、行くぞ!」


 すごく強引だ。拒否権はなかった。

 なんでも、王都の貴族学園は、ニーヴェア学園としたあの競争で負けたことを根に持っているそうだ。それで【王都の門の強欲ダンジョン】に行く許可を出している。仮冒険者のロクウェル殿下は、学友二人と、護衛の二人、そして私ともう一人を連れてダンジョン攻略をしたいとのこと。

 アッシュウェル陛下からも、許可はもらっているそうだ。

 拒否権……なし……。

 もう一人は、私の知っている人だった。

 例の競争相手のボンキュッボンな女子生徒だった令嬢だ。

 王都学園の首席で卒業したということで、王宮魔導師になっていた伯爵家の妖艶な令嬢。アクリーヌ・ファイア。

 私を目の敵にしていた一人だ。

 パーティーメンバーとして紹介された時、にこやかに微笑みかけられたけれど、敵意剥き出しの雰囲気を感じ取った。

 こんなやりづらいパーティーで、ダンジョンに行くなんて……心が拒否反応を起こす。

 やだ。やだやだやだっ。

 冒険はあの仲間とするんだっ!

 実質、殿下を含めた学生三人の子守りが仕事。というわけだろう。

 アッシュウェル陛下のためにも、やるしかない。

 これは冒険じゃない。子守りだ。子守り。これは子守り。


「殿下、僭越ながら、このパーティーの役割は……」


 アクリーヌ嬢は、色気を含みつつも甘えた声で、私達の役割を提案した。

 婚約者がここにいるにもかかわらず、アクリーヌ嬢の豊満な胸を凝視するロクウェル殿下はあっさり賛成した。

 私は、補助魔法兼回復役。

 アクリーヌ嬢に、ニヤリとしたり顔をされた。

 別に構わないけれども……。回復魔法もディヴェほどではないけれど、出来ると言えば出来る。

 それからというもの、アクリーヌ嬢は色仕掛けでロクウェル殿下を誘導していく。ロクウェル殿下は押し付けられる胸にデレデレだ。そのままアクリーヌ嬢に気持ちまで奪われて、婚約解消にならないかと期待した。


「エリューナ。お前も、少しは色気のある格好をしないのか?」


 なんて。ロクウェル殿下は、私の格好まで口出しを始めた。


「アクリーヌを見習えたまえ」


 殿下、鼻の下が伸びてます。

 ロクウェル殿下は、私とアクリーヌ嬢に挟まれたいらしい。

 仕事の時は、フリルをあしらった上品なブラウスとぴっちりしたズボンを穿いていた。そして最高王宮魔導師の証である長く黒い高級感溢れるローブをまとっている。

 髪は学生時代でも、ダンジョン入りの時は、一つに束ねていた。

 今は、後ろで緩く三つ編みで束ねている。

 ダンジョン入りの子守りの時もそうだ。まだ上層だから、これくらいの装備でも支障はなかった。

 最初の一年、身体がなまらないように一人でダンジョンの上層を入っていた。月一、多い時は月に三度だ。


「よし! 仕立て屋を呼び、新しい服を僕から贈ってやろう!!」


 殿下、全力で願い下げです。

 なんて男爵家の令嬢が、拒否出来るわけもない。


「ありがとうございます。ロクウェル殿下」


 私は、そう上っ面に笑い返す。

 ロクウェル殿下の要望で仕立ててもらった服は、胸元と背中をぱっくりと大幅に開けているトップス、太ももが見えるミニスカート。

「絶対領域はかかせないよな!」とか言って、黒のロングブーツにニーソを合わせて、ミニスカートとニーソの間の肌を凝視。

 絶対領域は、必須だとは思う。

 ミミカもそうだったなぁ……。

 けれども、すぐに胸元を見てきた。舐め回すような目。気持ち悪い。

 背中がスースーするから、ローブをまとって、胸元もさりげなく隠す。

 ロクウェル殿下が小さく舌打ちしたけれど、しっかり聞こえているわ。

 なんでアクリーヌ嬢がいるのに、私にもお色気を求めるのだろうか。

 あの巨乳でも揉んでいればいいのに。

 実はヘタレ? ヘタレなのか? スケベなヘタレ?


「僕が贈ったものだ、似合っているだろう?」


 私の新しい衣服をパーティーメンバーに自慢げに話すと、悔しがっているアクリーヌ嬢をちらちらっと見る。

 うわっ。妬かせたかっただけか。

 より胸を押し付けてもらうため。張り合ってもらうため、か。

 意識的か、無意識的か、アクリーヌ嬢が私に張り合うようにしていることをわかっているようだ。

 ちなみに、アクリーヌ嬢は胸の谷間を強調するように胸元を開いて、左右にスリットは入ったロングドレス。色気ムンムンである。

 そうして、王宮魔導師のローブを常備。いつも前開きにしているけれども。


「ちょっと! エリューナ嬢! 補助魔法をしっかりなさい!!」


 それから、アクリーヌ嬢からの八つ当たりが強くなった。

 いきなり補助魔法を二重にかけるのは、無茶だ。必要最低限のフォローをしているけれど、やっぱり弱い。

 比較対象が最速最強のパーティーでは、弱くも思うのは無理もないか……。

 あちらが最強パーティーなら、こちらは最弱パーティー。

 前衛で突っ走るロクウェル殿下とその学友二人の回復もしょっちゅうだ。

 私が助言しようものならば、すぐに噛み付くようにアクリーヌ嬢が「殿下がリーダーなのだから指図しないで!!」なんて突っかかる始末。

 いやいや、ロクウェル殿下をそそのかして主導権を握っているのは、あなたじゃないか。

 10階層フロアボスの氷のエレメント系魔物には、ここぞとばかりにアクリーヌ嬢が強力な火の魔法を披露。

 学生時代とはまた違う火属性強化の杖を装備して、一撃で倒した。自信満々に胸を突き出すアクリーヌ嬢。

 私に補助魔法をかけてもらっていることを忘れているわ……。

 10階層より下は私も踏み入れたことないので、情報を集めておいた。


「私から殿下にお伝えしますわ」


 アクリーヌ嬢が情報を集めた資料を、かっさらって行ってしまう。階層を下りるごとにロクウェル殿下とアクリーヌ嬢と接近している気がする。このまま、親密になってくれればいいと思うので、報告は任せておこうか。

 あわよくば、あなたが殿下の婚約者となってくれ……!


 子守りという仕事が増えたせいで、私の本来の仕事が捗らなかった。

 主な私の仕事は、以前の二重属性の防壁魔法を、他の人が、一般人が、どうやったら使えるかの研究。

 そして、師であるグラフィア様の未完成の魔法の研究だった。

 アッシュウェル陛下は期待いっぱいに任せると笑顔で言ったけど、匙を投げた他の最高王宮魔導師達から押し付けられたのだ。

 グラフィア様の未完成の魔法は、従順な魔法生物の創造。

 大昔には、自分の魔力で生み出した生物を従えた魔法の使い手がいた。しかし、その魔法は誰にも伝授されなかったそうだ。グラフィア様は、それを再現したかったらしいが、叶わないまま、他界。

 幸い、憶測だけでグラフィア様は、魔法を組み立ててくれていた。その研究資料を基に、一年以上かけて私も完成するために組み立ててきたのだ。

 そして――――完成した。

 グラフィア様が作ってくれた道を辿って、完成。

 作り上げた魔法生物は、紅蓮の炎そのものの狼だ。

 肉体を授けるのは、無理だった。だから、魔力で姿を整えたのだ。魔力体の召喚獣といったところか。

 モデルは、二年前の火をまとった氷のエレメント系魔物。一番いいモデルだったからだ。

 手放しで大喜びしていたけれど、そんな中。


「我が主。喜んでいるところ、邪魔して申し訳ございませんが、我に名前をいただけませんか?」


 男性の声で、冷静に言われた。その紅蓮の炎の狼からだ。

 高い知能を持っていたのは、嬉しい誤算だった。

 生み出したのは私なので、名前を決めてあげないといけない。

 牙と紅蓮からとって、ガレンと名付けたおいた。


「やっぱり、君なら出来ると思っていたよ! 最高王宮魔導師エリューナよ!」


 人払いしてもらった執務室で報告すれば、アッシュウェル陛下は大いに喜んでくれたのだ。

 私も嬉しくて、にっこりしてしまう。

 ガレンは出し入れ可能だ。召喚したい時、ガレンの名前を呼べば出てきて、そして引っ込める際には私の中に戻る。私の魔力で顕現して、そして私の魔力に戻るのだった。

 次は、他の王宮魔導師にも、生み出せるかどうかが課題。またもや、噛み砕くような説明と教えをしなくてはいけない。私は教えることが下手だ。ディヴェも出会ったばかりの頃、教えてと言ってきてくれたけれど、途中から「もう理解不能ー」と言われてしまった。

 だから、二属性の防壁魔法を、他者が使えるための研究も、難航しているのだ。


「それにしても……ダンジョンに潜りながらも、よくやってくれたね。本当に有能だ。頭を撫でてあげたいくらいだよ」


 頭を撫でられるか。構わないけれど。

 そう言えば、久しく頭を撫でられていないなぁ……。

 なんて、ヴィクトの乱暴な手つきを思い出した。


「そうだ。最近は息子と王宮魔導師のアクリーヌ嬢がよく一緒にいることが多く見られるけれど……ロクウェルとの仲はよくないのかい?」

「……正直言うと、アクリーヌ嬢との方が親しい気がします」

「私は嫁入りしてほしいのに……むぅ」


 むぅって、おちゃめか。

 とてつもなく威厳ある王様なのに、どうも私と二人っきりで話したがり、こうして気を許したように話しかけてくれる。

 気に入られている証拠は嬉しいので、私もにこにこしてしまう。

 しかし、あの王子の妻なんて……ごめんなさいである。

 アッシュウェル陛下と話す時は例外だけれど、王宮は私にとって苦痛の場所だった。

 召喚獣を生み出した成果に、妬みの睨みを注がれている。

 寂しさが募ってしまう。

 八つ当たりのアクリーヌ嬢からの文句も増した。

 召喚獣ガレンの戦闘能力を確認したかったのに、上層の魔物を容易く蹴散らす姿を見て、ロクウェル殿下は自分の出番がなくなるから「もう出すな!」と怒ってしまったのだ。ご立腹だった。

 アクリーヌ嬢の話は聞くけれど、私の助言は鬱陶しそうに顔を歪めたのだ。

 どんどん、私の立場が悪くなっていくのを、しっかりと感じていた。



 

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