第140話 馬の王《メアラス》
スレイプニルを分配する交渉は、なかなか難航していたが、最終的には、雄馬と雌馬を半分にする事に決着した。
「最初から、そうしたら良いのにね」
私が、ポソっと呟いたら、パーシバルにくすくす笑われた。
「交渉なんて、そんな物ですよ」
今度は、交互に欲しいスレイプニルを順に言って行くのだが、どちらが先に指名するのかで揉めている。
「8本脚をローレンス王国が保有するなら、此方から指名するのが真っ当な権利です」
モーガン大使の主張に、リチャード王子が微笑みを深くする。
「そもそも、ペイシェンスがいなければ、スレイプニルの群れは捕獲できなかったのだ。その点をモーガン大使は、評価していないから、そんな発言をされるのではないか?」
おおっと、またスレイプニルの数から揉めそう。
「リチャード王子、どちらからでも良いですよ。まだ討伐の途中だということを忘れていませんか? ここは譲って、早く決めて下さい」
へぇ、ゲイツ様にしては、まともな意見だね。なんて感心していたら、また揉めそうな事を提案する。
「とは言え、今の方法だと、デーン王国側が常に先に良いスレイプニルを選ぶ事になりますね。先にデーン王国が1頭選び、次はローレンス王国が2頭選び、今度はデーン王国が2頭選べば、少しは公平になるでしょう。8本脚が子フェンリルを蹴ったりするから、スタンピード擬きが起こり、こちらは大迷惑なのですから、このくらいは譲歩して貰っても良いでしょう」
モーガン大使は、8本脚が子フェンリルを蹴った事など初耳だったみたい。
「えええ、このスレイプニルがそんな事を? フェンリルを蹴るだなんて、勇敢だなぁ!」
いや、こちらは非難している言葉なのに、デーン王国の人達は、まるで賞賛しているように感じ取っている。
騎士達も「やはりスレイプニルは素晴らしい!」なんてうっとりと話しているよ。デーン王国人って、スレイプニル愛が強すぎない?
黙々とスレイプニル達の世話をしていたバレオスが、モーガン大使に強い言葉を発した。
「早く皆様は馬房から出て行って下さい。スレイプニルが落ち着いて休めません。この子らは、何日も走り通しなのですよ。本当は眠りたいのです。議論は、他所でして下さい」
この主張には、全員が賛同して、ゾロゾロと出て行った。基本的に全員、スレイプニル愛が深いみたい。
「ペイシェンス様は、いつまでも8本脚なんて呼ばないで名前を付けてやって下さいね。言っておきますが『銀ちゃん』なんて名前を付けたら、マチアス陛下が怒って攻めてきますよ」
ゲイツ様から宿題を貰ったよ。それに私はここから離れられないみたい。
パーシバルとメアリーが一緒なのが、唯一の救いだよ。
8本脚から見える場所に椅子を置いて貰い座って考える。
「先程、ゲイツ様が言われた『銀ちゃん』とは、何でしょう?」
ああ、パーシバルは学生チームだから、本隊を迎え撃つ方にはいなかったのだ。
「子フェンリルに懐かれて『銀ちゃん』と呼んだら、自分の名前だと思ったみたいなのです」
パーシバルが呆気に取られて、馬房の中だから爆笑するのを必死に堪えている。
「フェンリルを『銀ちゃん』と呼ぶなんて!」
周りで聞いていたデーン王国の騎士達も呆れているよ。
「ペイシェンス様、お願いですから『黒ちゃん』とかふざけた名前にはしないで下さい」
バレオスに真剣な顔で頼まれた。
「ええ、ゲイツ様にも釘を刺されましたし、あの時は咄嗟に思いついた名前をフェンリルが受け取ってしまったのです」
一応は、言い訳しておく。前世に飼っていた犬の名前だなんて言えないからね。
討伐に来てから、パーシバルとゆっくり話すこともできなかったから、2人で8本脚の名前を考えるだけでも嬉しい。
ペイシェンスは、グレンジャー家の娘だから本をいっぱい読んでいた。
「
パーシバルは「
横で心配そうに聞いていたバレオスも、嬉しそうに頷いている。
私は8本脚の前に立って、そっと額に手を伸ばして「貴方の名前は
馬房にいたスレイプニル全頭が「ブヒヒヒヒヒン」と承認するように嘶く。
私には『まぁ、良いだろう』と
馬房の中は、綺麗に掃除してあるけど、やはり馬糞の匂いもする。
「綺麗になれ!」
馬糞は纏めて、外の馬糞箱に出しておく。奥に積んである、新しい藁をスレイプニルの馬房にびっしりと敷いてやると、お疲れのスレイプニル達が横になったり、蹲って眠りだした。
「馬も横になって寝るのね?」
睡眠中だから、小さな声で話す。
「普通は立ったまま寝ます。でも、今回は疲れ切っているのでしょう。でも
ふう、リーダーとして、警戒しているのかも?
「今晩は、ついていてあげるから眠りなさい!」
まだ、本当は側にいると緊張するけど、疲れ切っているのに無理している
「ブヒン……」と嘶いて、
「ああ、今晩はここに居なくてはいけないみたいだわ。メアリー、どうしましょう」
墓穴を掘った気分だけど、デーン王国の騎士達は凄く褒めてくれた。
「流石は
バレオスは、とても嬉しそうだけど、私はお腹も空いてきたし、第一疲れている。
「エアマットレスを運び込みましょう!」
パーシバルが、エアマットレスを2つ、私とメアリーの分を運び込んでくれた。
それに、メアリーは食事場からパーシバルと3人分の食事も取ってきてくれた。今晩は、ビッグボアの焼肉だから、甘味噌タレも横に置いてある。
パーシバルのは山盛りだよ! 皿からはみ出しそう!
「いただきます!」
もう、くたくただったからね! それに甘味噌タレは、やはり美味しいよ。疲れた身体に染みる。
「この甘味噌ソースも美味しいですね」
パーシバルもパクパク食べている。
「ええ、これはエバのオリジナルソースです。私は辛味噌よりも、こちらの方が口に合いますわ」
なんて、ゆっくり話せるのも楽しいけど、パーシバルは未婚の婚約者と共には寝られないのだ。
「私が寝ずの番をしますから、お嬢様はお休み下さい」
メアリーは、そう言うけど、ここで1人で寝るのは心許ない。
だって、気を使って、離れた場所にいるけど、デーン王国の騎士達がスレイプニルの世話をする為にいるのだ。
「おお、何度見ても、素晴らしいスレイプニルだな」
ユージーヌ卿が膨らませたままのエアマットレスを抱えてやってきた。
「リチャード王子が、ペイシェンスと一緒に寝てやれと仰ったのだ。パーシバルでは、世間体が悪いからな」
流石に小声だけど、ユージーヌ卿が来てくれて、心強いよ。
「ありがとうございます!」
もう、くたくただったのだ。
「ペイシェンス様、おやすみなさい」
パーシバルは、頬にキスして馬房から立ち去る。
「さぁ、ペイシェンス様、私達も寝よう。まだまだ討伐は続きそうだからな」
そう言うと、ユージーヌ卿は、マントを掛けて眠り始める。
「お嬢様、私は起きて番をしていますから、どうぞお休み下さい」
えええ、良いの?
「私は、討伐には行きませんから、お昼寝をさせて貰いますわ」
なら、私も寝よう! ブーツを脱いで、シュラフの中に潜り込んだら、バタンキューだった。
「ブヒヒヒヒヒン!」
煩いなぁ!
「ペイシェンス様、もう朝ですよ」
メアリーが、洗面器にお湯をどこからか貰って運んできた。
「ああ、よく寝たな! ペイシェンス様は、意外と度胸が据わっている」
ユージーヌ卿の従者も洗面器を差し出し、豪快に顔を洗って、布で拭いている。
私も洗面を済ませて、ブヒブヒ煩い
「おはよう! よく休めた?」
「これは、私にもわかります。お腹が空いているのですね」
バレオスがいそいそと
「
それに、トイレにも行きたい。
「ブヒン!」良いだろうと許可をくれたけど、毎回、お伺いを立てないといけないの? 困るよ!
「ペイシェンス様、おはようございます。眠れましたか?」
パーシバルが心配してくれるけど、横のユージーヌ卿がプッと笑う。
「パーシバル様、ペイシェンス様は度胸があるな。熟睡されていたから、大丈夫だ」
えええ、ユージーヌ卿もすぐに寝ていたじゃん!
「お嬢様、ユージーヌ卿は夜中起きておられましたよ。朝方、少し仮眠を取られただけです」
知らなかったよ!
「ユージーヌ卿、申し訳ありません!」
私が頭を下げるのを、ユージーヌ卿は笑って遮る。
「王族の護衛で、当直に慣れている。それに仮眠をしたから大丈夫だ!」
そうか、でもお礼を言っておかなきゃ!
「知らないデーン王国の騎士達が側にいるのに安心して眠れたのは、ユージーヌ卿がいらして下さったからですわ。ありがとうございました」
ハハハと笑って、ユージーヌ卿にお願いされた。
「では、またペイシェンス様の料理をご馳走して下さい。美味しいからね!」
それで良いなら!
「ええ、ビックボアのすき焼きパーティをしようと思っていますの。カルディナ帝国の人気料理だそうですわ」
こんな話をしていると、何処からともなくゲイツ様がやってくる。地獄耳だよ!
「そのパーティに、私も招待して下さい!」
うん、初めから招待するつもりだったよ。
「ええ、ゲイツ様とサリンジャー様にはお世話になりましたから、招待いたしますわ」
満足そうに頷いたゲイツ様にスレイプニルの名前を聞かれた。
「
スレイプニルの話題だと、オーディン王子が飛んでくる。
「それは、良い名前だ!
オーディン王子の謹慎はどうなっているの? 昨日もスレイプニルの捕獲に参加していたし。
「オーディン様、こんな事をしていたら、騎士クラブの除名どころか、退学処分になりますよ」
学生会長のパーシバルにガツンと叱られて、オーディン王子は、しおしおと学生テントに戻る。
「キース王子とオーディン王子は、今日中にはロマノに帰って貰います。後で陛下にしっかり叱られるでしょう」
それが良いと思う!
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