第91話 蛍の光

 パーシバルとの婚約を知った時、アルバート部長は淡々とした態度で祝してくれたけど、ラフォーレ公爵の音楽愛が少し怖い。

 でも、今はマーガレット王女とパリス王子の仲も心配なんだ。

「ペイシェンス、今年の収穫祭の演目は『歓喜の歌』でグリークラブと合奏なのだが、少し時間が余っている。他に何か良い曲は無いかと皆で考えているのだ」

 学生会が決めた時間表を見る。

「あれっ? コーラスクラブが抜けていますよ」

 全員に呆れられたよ。

「ペイシェンスがどれほど音楽クラブに集中していないのかがわかる一言だな」

 アルバート部長に叱られちゃった。

「コーラスクラブは廃部の危機なの。初等科のクラブメンバーは、ほとんどグリークラブに移ったわ。中等科は3年は卒業だし、2年もほぼ辞めたみたいよ。中等科1年と初等科の少ししか残っていないの。発表は無理でしょう」

 苦手だけどルイーズはどうしたのか、少し気になる。


 それと、相談したい事もあったんだよ!

「アルバート部長、グリークラブのメンバーは台に乗って歌うのですよね?」

 そうだと、先を促される。

「こんな風に階段を飾ったら、華やかな舞台になると思うのです」

 階段に電飾した図を見せる。

「おお、これは素晴らしいよ! 錬金術クラブが協力してくれるのか?」

「ええ」と答えると、ルパート副部長も図を見て喜んでいる。

「グリークラブの方が踊りもあって華やかだから、少し音楽クラブが地味に思われそうだと心配していたのだ」

 それは、違う物だから仕方ないんじゃないかな?

 他のクラブメンバーも図を見て、賛成しているから、これは進めて良いみたい。

「できたら、プログラムに錬金術クラブが協力したと一言加えて欲しいのですが……」

 それも大丈夫そう! アーサーが宣伝になると喜びそうだ。

「これは、この前の体験コーナーで作った飾りの応用なのね。あれをお母様に見せたら、とても褒めて貰えたの。販売はしないのかしら? 離宮にも飾りたいそうよ」

 それは、バーンズ商会に相談だね。

 ふふふ、前からバーンズ商会のウィンドウディスプレイには不満だったんだ。

 収穫祭シーズンらしくデコりたい。


「それより、他の出し物については、何かないのか? 『別れの曲』を推す者が多いが、折角、グリークラブと合奏するのなら、何かコーラスがある曲の方が良いと私は考えている」

 今更、新曲はないだろうと、全員が前からの曲の中から、3年生の追い出し会の趣旨に合っているから『別れの曲』を推しているんだね。

 あっ、別れの歌といえば『蛍の光』だよ! まぁ、現地のスコットランドではもう少し明るい感じの歌詞みたいだけど。

 それに、ペンライトを振るのも良いかも!

「ペイシェンス、何か思いついたのだな!」

 音楽関係は、アルバート部長は勘が鋭い。


「少しフレーズを思いついたので、弾いてみますね」

 ハノンで懐かしい『蛍の光』を弾く。卒業式のイメージなんだよね。オリンピックの閉会式にもかかっていた。

「ペイシェンス、相変わらず素晴らしい才能だわ!」

 マーガレット王女が、立ち上がって拍手してくれた。他のクラブメンバーも賞賛している。

「簡単な歌詞をつけ、そのプリントを配って、全員で歌えば良いと思いますわ」

 アルバート部長に歌詞は丸投げにするよ! 私より音楽センスは格段に良いからね。

「どんな歌詞が良いのだろう?」

「一緒に勉学をした仲間と別れるけど、また会って再会を祝そう! ってイメージしながら弾いたのですけど……勉学に拘らなくても良いかもしれませんね」

 蛍がこの世界にいるかはわからないからね。

「ふむ『再会の歌』だな! これは良いかもしれない。簡単な歌詞にして、皆で合唱するのは盛り上がりそうだ」


 ふふふ……演出はもっとあるよ!

「何か考えているのだな!」

 ああ、すぐに顔に出ちゃうのは良くないなぁ。やはり外交官は無理だったのかも?

「こんな風なペン型のライトを全員に配って、振るのです。とても幻想的な感じで、良いと思うのですが……予算オーバーですよね?」

 クズ魔石で良いから、然程は高くならないと思うんだけど? 卒業生は90人程度だから、良いんじゃない? 回収して、来年も使えるしさ。

「いや、これは良い演出になる。学生会にも掛け合って、予算を勝ち取るぞ!」

 あっ、パーシバルに先に相談しておくべきだったかも? しまったな!


「やはり、ペイシェンスは才能豊かですね」

 パリス王子とマーガレット王女が、同じソファーに座って仲良く話している。

 ソニア王国の国王夫妻が円満なら、まだ良いのだけど……。心配だけど、今は見守るしかない。

 私も、外交官になれない! パーシバルとは結婚できない! と考えた時に、自分の恋心に気づいて、行動に移したのだから。

 下手に反対したら、燃え上がりそうだもの。


 メロディラインはサミュエルが楽譜に起こしてくれた。本当にサミュエルは天才だよ!

 各自、その楽譜を見て、アレンジして楽器を演奏している。音楽クラブのメンバーも才能豊かなんだよね。

 私は、リュートをサミュエルに指導されたよ。

「この前、誕生日パーティーで遊んだブロックはいつ発売されるのだ? あと、あのボードゲームも欲しい。ディスク型オルゴールはもう届いたんだ!」

 ブロックはゲイツ様とパーシバルに横取りされていたけど、面白かったんだね。

「バーンズ商会で収穫祭のプレゼント用に販売するみたいですわ」

 本当にパウエルさんが倒れないと良いんだけどね。回復薬を差し入れしておこうかな?


 クラブを終えて、寮に戻る。先ずは、マーガレット王女に家政数学の勉強だ。

「春学期は、教科書の予習をされていたと思うのですが……」

 秋学期は、グリークラブと音楽クラブの掛け持ちだから、放課後は全部潰れている。

 その上、私もサティスフォードに出掛けたり、王宮に呼び出されていたからね。

「ええ、期末テストまでに頑張らないと落第しそうだわ」

 リュミエラ王女も部屋に来たので、2人に家政数学を説明して、宿題のやり方を教えて頑張るように励ましておく。

 

 私は、パーシバルにペンライトについて報告しようと先に食堂に降りたのだけど、すっかり忘れていた事が持ち上がっていたんだよね。

「ああ、ペイシェンス様、ちょうど良かった。下女に手紙を届けて貰おうかと考えていたのですよ」

 パーシバルの方が急ぎみたいだけど、私は忘れっぽいから先にペンライトについて報告する。

「ああ、そのくらいの予算はありますよ。それより、あのアルーシュ王子が入学されるのです。それも中等科1年に!」

 もう秋学期が始まって1ケ月終わっている。こんな中途半端な時期に入学しなくても良いじゃん!

「できれば初等科3年にして欲しかったですわ」

 パーシバルは肩を竦めている。

「なんでも、バラク王国では生年を母親のお腹の中にいた時から数えるとか、ごちゃごちゃ言われたみたいです」

 それに外務省は、どの学年でも気にしなかったのかもね。初等科3年にはキース王子とオーディン王子がいるから、どちらでも同じだと思ったのかも。こちらは大迷惑だよ!

「でも、ご本人の口から13歳だと言われましたけど?」

 数え年の考え方はわかるけどさ!

「まぁ、試験の成績は良かったみたいで、中等科1年になります。あああ、それだけではないのです。あのお付きのザッシュも一緒なのです。彼もバラク王国の大臣の息子だとか……同じクラスになりそうですね」

 リュミエラ王女やパリス王子も学友を連れて来ていないのに、我儘だね!

「いつからでしょう?」

「来週からなのですが、もう一つ問題が……他の王族が寮に入っているのなら、自分も入りたいとか……」

 男子寮だから、私に直接は影響はないけど、パーシバルは大変そうだね。

「お疲れにならないようにして下さいね!」

 ここは、婚約者らしく励ましておく。

「ははは……ザッシュ君が世話をしてくれるでしょうが、コルドバ王国やソニア王国がこれを知ったら厄介な気がします」

 だよね! 彼方にも大臣の息子や娘はいそうだもの。

「まぁ、リュミエラ様は覚悟を決めてローレンス王国に来られていますから大丈夫でしょうが、大使は騒ぎそうです」

 あああ、その話もあったんだよ!

「週末、バーンズ商会に見学に行く件について、リュミエラ王女が大使夫人に許可を取る手紙を書かれたのです」

 全部言う前から、パーシバルはわかったみたいだね。

「見学後に大使館でお茶でもと誘われたのですね」

 正解! リュミエラ王女の側仕えに欲しがっていると聞いたから、避けたいんだよ。

「でも、大使夫妻は私と婚約したのも知っているから、一緒に外国に行くと思っているのではないでしょうか?」

 私の困った顔を見て、パーシバルが安心するように言ってくれるけど……駄目だ! バレている。

「パーシバル様と婚約した話をした時に、リュミエラ王女もいらしたのです。だから、私が外国に行けないのを知っておられますわ。何故かまでは流石にはなしていません。外交官になれないとだけ言っただけですけど」

 パーシバルがホッと溜息をついた。

「なら、外交官夫人としてついて行くと思っているかも?」

 でも、それはバレるよね。やはり、一緒に行きたかったよ! ぐっすん!


 パーシバルに慰めて貰っていたら、マーガレット王女とリュミエラ王女が食堂に降りてきた。

「まぁ、私たちに勉強をさせて、ペイシェンスはいちゃついているの?」

 それは、誤解だよ。

「ちがうのです。来週からアルーシュ王子が留学されるのです。それも中等科1年に! それで、色々と話し合っていただけですわ」

 パリス王子も降りてきて、アルーシュ王子の話題になった。

「同じ学年なのか! 南の大陸は、こちらとは違う魔法を使うと聞いている。興味があるよ」

 それは、私も少しあるかも?

「ペイシェンスとパーシバルは、アルーシュ王子に会ったことがあるのだろう? どんな王子だったのだ?」

 他の国の王子には興味があるよね。ここは、パーシバルに任せよう。

「かなりの自信家でしたね。それと、変わった指輪を嵌めていました。魔力を感じましたが、よくわかりませんね」

 やはりパーシバルに任せて正解だよ。私のヤンキー・レゲエ王子より、ずっと適切な説明だからね。

「バラク王国は一夫多妻制だとか聞いたが?」

「ええ、そうみたいですね」

 さらりと流したけど、こういう関係はパリス王子は鋭い。

「ペイシェンスを妻の1人にしたいとか言われたのかい?」

 パーシバルの微妙に冷たい言い方で、ピンときたみたい。

「まぁ! そんな事は聞いてなくてよ!」

 言わなくても良いことだからだよ。

「ペイシェンス様が用意させた料理に感激されたのでしょう。とても、美味しい料理でしたから」

 あああ、それは拙いよ!

「私も、ペイシェンスの料理が食べたいわ。パンケーキやクッキーやチョコレートもとても美味しいけど、料理も一発で修了証書を貰ったぐらいですもの」

 パーシバルが目で謝ってくるから、許すけどね。

「簡単なサンドイッチなら、今度、寮にお持ちしますわ」

 でも、ここには他の人もいたんだよ。

「マーガレット様の部屋には、私は行けません。うちの大使館に料理人を派遣して、昼食会にしませんか?」

 大使館って治外法権だよね。そんな所にエバは派遣できないよ。

 困った顔を見かねたパーシバルが、パリス王子に提案する。

「では、ここで食べたら良いのですよ」

 まぁ、大使館に行くより、サンドイッチを作らせる方が良いよね。

「まぁ、それでも良いですけどね」

 やれやれ、何人前作ったら良いのかな?

 

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