第35話 カルディナ街に行くよ
昼食会は、サリエス卿とユージーヌ卿の恋バナで終わった。これからプロポーズするそうだけど、上手くいくと良いね!
パーシバルは、予め父親に手紙でカルディナ街行きの許可を貰っていた。やったぁ!
「カルディナ街の見学に行くのだろう? そろそろ行かないと寮に行くのが遅くなるぞ」
父親が許可してくれたので、パーシバルとお出かけだ! なんて思っていたのに、ナシウスとヘンリーのキラキラした目に負けたよ。大好きな弟達を連れて行くのは良いんだけど、また露天で木刀ばかり見るのは嫌だなぁと思っちゃう。
「カルディナ街は下町だし、人出も多い。パーシバルだけではナシウスやヘンリーの面倒は無理だろ。私も一緒に行こう!」
サリエス卿、良い人だよね。弟達の面倒を見てくれるなんて。これで、食材探しに集中できるよ! なんて単純に考えていたけど、やはり独身の男女が出かけるのを心配していたのかもね。
再来週のサティスフォードのバザール行けるかな? 行きたいんだけどね! だって、前の時はサティスフォード子爵に案内して貰ったけど、表面だけサラッと見ただけだもの。長粒種の米とカカオ豆とスパイスとメロンとスイカは手に入れたけど、まだまだありそうなんだ。あっ、経済学2の課題の為に行くんだよね。忘れてないよ!
心配していたメアリーはサリエス卿やパーシバルの付き添いと弟達が一緒だから、反対はしなかった。それに父親が許可しているんだもんね!
再来週も、すんなり行くと良いなと思いながら馬車に乗る。
サリエス卿は馬で来られていたので、弟達とグレンジャー家の馬車。私はメアリーを伴ってパーシバルとモラン家の馬車だよ。
「カルディナ街、とても楽しみなのです!」
ああ、ウルチ米があると良いな。醤油とか味噌とか無いかな? 辛い調味料にも興味があるし、乾物とか無いかな?
「ペイシェンス様は、とても楽しそうで、私も浮き浮きしてきます」
なんて話しているけど、少しずつ下町に近づいてきた。街並みが少しゴミゴミした感じだ。大通りを南に下っていたが、もう少しで南門だという交差点を右側に曲がる。
「わぁ、異国に来たみたいですわ!」
メアリーに「お嬢様!」と服の袖を引っ張られる。だって、そこには前世の中華街のような朱塗りの大門があったんだもん。馬車の窓から顔を出して見ちゃうよ!
「私も実は初めてカルディナ街へ来るのですが、ここまでの規模だとは知りませんでした」
リー先生がロマノのカルディナ街が何処の国よりも規模が大きいと言っていたのがわかるよ。
王都ロマノの南西の一区域がカルディナ街になっているみたい。街を歩いている人の中にはカルディナ帝国人も多い。あっ、弟達と一緒に騒ぎたかったかも! あの子達も初体験だから、目をまん丸にしているだろうね。
ここで、モラン伯爵家の馬丁が予め調べていた立派な建物の前で馬車は止まった。前世の中国風な感じの建物だけど、ローレンス王国の様式も混じっている感じ。
「ここはカルディナ帝国の領事館なのです。貴族街に大使館がありますが、こちらはカルディナ街に住む自国民のいざこざを中心に管理しているみたいですね」
パーシバルの父親はモラン外務大臣だから、領事とかにも口をきいてくれたのかもね。でも、私が求めているカルディナ街の見学とは違うんだよ!
「ペイシェンス様、わかっていますよ。少し挨拶しておけば、万が一トラブルに遭っても、速やかに処理して貰えるから寄るだけです。令嬢を案内するのだからと、父から絶対に挨拶しておくように厳命されたのです」
良かった! パーシバルが私の希望を理解してくれていて。その上で、安全面も考えてくれていたんだね。
カルディナ帝国の領事館に挨拶だけして、カルディナ街の見学だ!
「あっ、変わった木刀がある!」
やはりヘンリーは木刀の露天商に駆け寄っているよ。チョコレートの箱づくりのお小遣いをあげているけど、足りるかな?
「少し反りがある剣ですが、カザリア帝国風のではありませんね」
ああ、パーシバルとサリエス卿も興味を持っているよ。何だか前世の日本刀ににているね。
ローレンス王国で使われている剣は、突くための細いフェンシングっぽい剣と、叩き切る太めの剣だ。興味ないから、そのくらいしか知らないけど、街でチラッと見かける冒険者とかは大剣を背負って歩いてたりするよ。
「これは面白いな」なんて、サリエス卿は1本振っているけど、風切り音が凄い。ヘンリーの目がキラキラだよ。
グレアムもメアリーと一緒について来ている。馬車の番はモラン家の馬丁に任せている。領事館の馬房に入れて貰っているから、盗まれたりはしないからね。
男子全員が木刀をお買い上げだ。ナシウス、ヘンリー、ここでお小遣いを使っちゃって良いの? って聞きたいけど、他に欲しい物があったら、お姉ちゃんが買ってあげるからね。
最初に木刀なんて買ったら邪魔じゃないかな? でも、サリエス卿とパーシバルは帯剣するのに慣れているみたい。弟達はベルトに挟んでいるけど、歩きにくそう。
「ナシウス様、ヘンリー様、木刀をお持ちしましょう」
グレアムが気を利かせて2本の木刀を持ってくれた。あれっ、グレアムは2本とも腰に差したけど、楽そうに歩いているよ。そうか、護衛を兼ねた馬丁だから、帯剣するのに慣れているんだね。さりげなくメアリーをエスコートして、走り回る子供とぶつかりそうなのを避けさせている。
「子供が多いですね」
ローレンス王国も子沢山だけど、街を自由に走らせてはいない。貴族ほどは親子別々では無いけど、小さな子は家の中にいる感じだ。田舎では違うのかもしれない。
「カルディナ帝国では子供は自由にしているのね」
それに、何かを買い食いして歩いている人もちらほらいる。ああ、ヘンリーも食べ物の屋台にふらふら近づいているよ。
「ヘンリー、こっちだぞ」
サリエス卿がヘンリーを呼び寄せたけど、すごく良い匂い。こ、これは! 焼き鳥の匂いだよね!
「ペイシェンス様?」
私もふらふらと屋台の方に引き寄せられているのをパーシバルがソッと引き止める。
「何だか美味しそうな香りですね。調味料は何処で買えるのかしら?」
格好つけて調味料の事なんて話しているけど、この匂いは、醤油かそれに近い物が焼かれているよね! 夏休みの帰りにロマノの下町を馬車で通った時、冒険者や労働者が屋台で肉の焼き串を食べていたけど、こんな匂いはしていなかった。多分、味付けは塩だけだ。
「もう少ししたら、商店街になるみたいですよ」
私は、ヘンリーを笑えないね。匂いに惹かれて、街を見ていなかったよ。
パーシバルにエスコートされて、少し歩くと道の両側に色々な物を並べた店がぎっしりと建っている。
「ナシウスお兄様、あの服は変わっていますね。防護服でしょうか? あっ、革鎧もあります」
木刀の次は、鎧? ヘンリーの好みは一貫しているね。ナシウスとヘンリーはサリエス卿に任せて、私は食料品を売っている店に行く。
「ここは乾物を売っているみたいですね」
そう、私は調味料もだけど乾物にも興味があるんだ。だって王都ロマノでは海産物が手に入らないからね。
「干貝柱! それに干鮑、干海老、干椎茸……もしかしてこれは……手に取っても良いかしら?」
干貝柱も干海老も干椎茸も、前世のより大きい。干貝柱なんて手のひらぐらいの大きさだよ。でも、私の興味は固い棒みたいなものに集中している。
ドキドキしながら店番をしているカルディナ帝国人に尋ねる。言葉が通じるかしら?
「どうぞ!」と長細い物を私に手渡してくれる。
クンクンと嗅ぐ。懐かしい! これは前世の鰹節だよ! こちらでは何と言うのかわからないけどね。
「これは、どうやって使うのですか?」
店員は店の後ろから木の箱を持ってきて、シュッシュッと削る。
「こうして薄く削ったのをお湯に入れたら、美味しいスープになります」
これは絶対に買わなきゃね! こちらでは干固魚って書いてある。
「この干貝柱、干鮑、干海老、干椎茸、干固魚とそれを削る道具を頂きますわ」
他の店でもあるかもしれないけど、先ずはゲットしたい。
ここから値切らなきゃいけないのだけど、それはメアリーに任せる。だって隣の店には穀物が山積みなんだもの。ウルチ米があるかも!
「ペイシェンス様、とても楽しそうですね」
ああ、パーシバルに呆れられたかも。
「ええ、本でしか読んだ事が無い物を実際に見ているのですもの。それに、これが有ればどんな味なのかずっと想像していた料理が食べられますわ」
穀物は粟や稗や麦も大豆も置いてあったし、長粒種の米もあったけど、私が探しているウルチ米は無かった。がっかり!
「何を探しておられたのですか?」
がっかりしている私に気づいて、パーシバルが質問する。
「この長粒種では無い、もっと短い米があるかと期待していたのです」
店番をしていた店員が「カカカ……」と笑う。
「お客さんが探している米は売り切れだよ。カルディナ帝国では短い米が食べられているから、ここでも売っているのだが、収穫されて運ばれるのは11月ぐらいになるね。それまでは南の大陸の長い米を食べるしかないのさ」
ああ、11月になれば、ウルチ米が手に入るのだ! やったね!
「メアリー、この店を覚えておいてね。11月に買い物に来て貰いますから」
メアリーは前の店でかなり値引きさせたみたいで、満足そうな顔で頷いた。貧しいグレンジャー家の使用人は値切るのに慣れているよ。
乾物や穀物の店が何軒も並んでいるけど、今度は調味料だよ。
「彼方に調味料の店がありますよ」
私よりパーシバルの方が背が高いから、早く見つけられるの? いや、私は他にも何か無いかな? って一々目の前の店を覗き込んでいるから、全体に目が向いていないんだ。サリエス卿が一緒で良かったよ。弟達を迷子にしていたかも。
「いっぱいの壺ですね!」
塩や砂糖も置いてあるけど、そちらには興味はない。壺の中身は何だろう?
「この中には何があるのですか?」
椅子に座っている店員が、立ち上がって話し出したけど、カルディナ語しか話せないみたい。困ったな。他の話せる店員がいる店に行こうかな?
でも、壺の蓋を開けて、金属の細い柄杓で中を小さな小皿に出して、こちらに渡してくれる。
「これは……魚醤だわ!」
匂いは少しキツイけど、小指の先にちょっとつけて口に入れる。ベトナム料理に使う
ローレンス語は話せないけど、その分、この店員は商売に積極的だ。次々と小さな皿に壺の中身を出しては、こちらに差し出してくる。
海老の塩辛は、かなり臭いがキツイ。メアリーは顔を顰めている。これも使い方次第では美味しいんだけど、ちょっと今は無理かな?
おお、これは味噌だよね! 赤茶色って事は、辛味噌系だ。
「辛い!」気をつけて、ほんの少しにしたけど辛いよ。でも、これは買うよ!
「これだわ!」
懐かしさに涙が出そう。やっと醤油に巡り合えた。濃口醤油よりも濃い感じだけど、そんなの瑣末な問題だよ。鰹節じゃない干固魚があるから、お吸い物ができるね。ああ、清酒もゲットしなきゃ。ワインじゃ駄目だもの。
醤油、魚醤、辛味噌を瓶に詰めて貰う。重たい物はすかさずグレアムが持つ。値切りは、紙に数字を書きながら、パーシバルがやってくれた。これはメアリーには無理みたい。
「半値になれば良いと思うのですが、どうも値切るのは難しいですね」
それで十分だよ! やっと醤油をゲットしたよ。
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