第33話 サリエス卿とパーシバル

 日曜はサリエス卿が弟達に剣術指南に来てくれる。

 アマリア伯母様から剣術指南させると言われた時は、こんなに頻繁に来てくれるとは思っていなかった。

 ラシーヌ様が、グレンジャー家が領地の飢饉の時に援助したのをサリエス卿は感謝しているのだと話していたけど、その件については複雑な気持ちなんだよね。

 だって、ペイシェンスは風邪から肺炎を拗らせて亡くなったのだけど、その前に栄養状態も良くなかったのも原因じゃないかなと私は疑っている。

 でも、私はこうして転生してペイシェンス・グレンジャーとして生きているし、私が恨む筋では無い気もする。

 恨む権利があるのは亡くなった元ペイシェンスだけど、彼女の精神は清く澄んでいるからね。

 流行病の時なら、自分の上級回復薬を他の人に譲っちゃいそう。

 私は、先ず自分が飲んで、家族と使用人のを確保してから、他の人のを目一杯作る感じかな? 実際に流行病が起きないと分からないけどね。

 前世が庶民だったからか、他の人を護るという意識が薄い気がするよ。でも、これから勉強していくつもり。

「お姉様、マギウスのマントができたのですか?」

 朝の体操を終えたら、ナシウスが質問してきた。

 ヘンリーもノースコートから帰ってから竜殺しマギウスドラゴンスレヤーの本を読んだみたいで、ワクワクした目で見ている。

「サリエス卿に剣術指南のお礼にあげる守護魔法陣を刺繍したマントはできましたわ。まだマギウスのマントとは言えないかもしれませんね」

 他の人が凄く騒ぐから、マギウスのマントとは呼ばずに『守護魔法陣を刺繍したマント』と呼ぶことにしたんだ。それに、ドラゴンブレスを防げるかはわからないもんね。

「今日は、パーシバル様も一緒ですよね!」

 ああ、ヘンリーの純粋な目が眩しい。

 私は、昼からパーシバルとカルディナ街へ行く予定なんだけど、行けるかどうか分からないのが少し不満なんだ。自由に何処にでも出かけていた前世が恋しい。


 昼食会のメニューは、次の教授達を招く時の練習も兼ねている。

 昨日のプリースト侯爵家の昼食会も参考にするけど、あそこまで手を掛けた料理は無理かも。量とか品数は真似したいな。

 それに少しだけスパイシーな味付けを加えて、デザートはオリジナルだよ。

 金曜のスイカもフルーツボーラーでまん丸にくり抜いたら可愛いかった。

 今日はメロン! それに生クリームの泡立てたもので面白いデザートになる予定。

 レシピはエバに渡しているから、信頼して任せるよ。


 私はメアリーに捕まっておめかしの最中。

 縁談の候補のパーシバルが来るから、メアリーは張り切っている。

 新作の緑のドレスだけど、侯爵家や公爵家を訪問するわけじゃ無いから、リボンを髪に編み込んだりはしない。でも、いつもよりは複雑な編み込みを入れたハーフアップで、共布のリボンで止める。

「メアリー、昼食会の終わりにマントをサリエス卿に渡すつもりなの」

 メアリーに言っておけば、タイミングを見計らって持ってきてくれるよ。

 さて、サリエス卿が来られるまで時間が空いたので、陛下のマントに刺繍をする。

 さっさと済ませて、ミシン作りの方に集中したいからね。寮では何となくし難いから、週末しかできないんだ。

 それに、再来週はサティスフォードにお出かけしたいからね。行けるかは分からないけど、準備はしておこう。

「お嬢様、サリエス卿とパーシバル様がおいでになりましたわ」

 メアリーに呼ばれて、ハッとした。また生活魔法を使って集中していたみたい。かなり進んでいる。

 昼からカルディナ街に行かなければ、出来上がるのかも? いや、行けるなら、行くけどね! 米と味噌と醤油があるかもしれないもん。


「サリエス卿、パーシバル様もありがとうございます」

 もう弟達は剣術の稽古をしたいと目が輝いているから、長い挨拶はしない。

 あの本の虫だったナシウスが剣術稽古を積極的にするだなんて! 教師が良いのとサミュエルの影響かもね。

 二人も昼食会に招いて貰ったお礼を簡単に述べて、稽古を開始する。

「さぁ、ナシウス! 夏休み中の練習の成果を見せて貰おう」

 サリエス卿がナシウスの相手、そしてパーシバルがヘンリーとだ。

 私は武術の知識はないけど、ナシウスもヘンリーもなかなか上手いと思う。

「ナシウス、すごい進歩だ。剣に風の魔力がよく乗っている。魔道剣士になれるぞ!」

 わぁ、ナシウスが嬉しそう。耳が赤くなっているからわかるよ。

「ヘンリー、またスピードが上がったね。今は重さよりもスピード重視で良いと思う」

 パーシバルのコメントに、ヘンリーは飛び上がって喜んでいる。

 今度は相手を変えて練習だ。私はずっと見ていても良く分からないから、部屋に戻って刺繍をするよ。

「メアリー、練習が終わりそうな時に声を掛けてね。今日はまだ暑いから、昼食会の前に皆様に生活魔法を掛けた方が良いから」

 いつもなら、9月になれば秋風が吹くのだけど……。流行病の対策が間に合えば良いな。

 王立学園の魔法使いコース主任のマーベリック先生や王宮魔法師のゲイツ様が、養鶏場の浄化を教会がサボっていると陛下に進言すると言っていたから、ガツンと雷を落として欲しいよ。

「手洗いとうがいも推進したいな」

 今度、防衛魔法を習いに王宮に行ったら、ゲイツ様に言ってみよう。

 錬金術クラブで出来ないアイディアも話したい。

 あれっ、結構、木曜日が楽しみになっているかも? 

 アーモンドチョコレート食べたかな? 王妃様にチョコレートの箱をあげたのだろうか? なんて事を考えながら、刺繍をかなりしたよ。


「お嬢様、稽古もそろそろ終わりそうですわ。今はサリエス卿とパーシバル様が稽古をなさっています」

 あっ、それは見たい。稽古場に行ったら、弟達が目をまん丸にして二人の稽古を見ていた。

 スピードと風の魔力が乗った剣との戦いが凄い。素人目でもレベルの高さが分かるよ。

 ああ、でもパーシバルの手から剣が落ちる。

「やはり、サリエス卿には敵いませんね。スピードもですが、剣の重さが違う。手が痺れてしまいました」

 爽やかな笑顔で、握手しているパーシバル。胸がキュンとする。

「いや、パーシバルもかなり腕をあげている。騎士コースから文官コースに転科したと言うのにたいしたものだ」

 弟達が二人にワイワイ質問している。

「どうやって風の魔法をあそこまで乗せているのですか?」

 ナシウスは、パーシバルに魔力の乗せ方を聞いて、練習を一緒にしている。

「スピードだけでなく、重さが必要なのですね!」

 ヘンリーはまだ子どもだから、重さは無理じゃないかな?

「重さは身体が大きくなれば自然とついてくる。今はいっぱい食べて、よく寝る事だな」

 いや、今でもヘンリーはよく食べているよ。それによく寝ている。夕食後にお休みのキスをしに行ったら、もう寝ている時もあるからね。

「剣術指南、ありがとうございました。皆様、綺麗になれ!」

 お礼と一緒に生活魔法を掛けておく。皆、スッキリしたみたい。

「ペイシェンス様の生活魔法は素晴らしいですね」

 パーシバルにお礼を言われたよ。

「ペイシェンスがいたら、遠征も楽だろうな。王都に帰る頃には、皆臭くて堪らんのだ」

 ゲゲゲ……それは遠慮したい。ヘンリーにも生活魔法が使えるようにしたい。ゲイツ様は使える様な事を言っていたよね? 臭いヘンリーは抱き締められないよ。あっ、抱き締める前に生活魔法を掛けたら良いのか。

「皆様、昼食ですわ」

 こんな時は、年長のサリエス卿が私をエスコートするのがマナーなんだろうけど、パーシバルがスマートに腕を差し出す。

 サリエス卿は弟達とわいわい話しながら食堂へ向かう。

 生活魔法を掛けたけど、食堂の前には水差しが用意されているから、男性陣は手を洗う。

 これ、いつもするようにしたら良いんだよね。

 前世の日本ではおしぼりが出ていたけど、こちらでは見かけない。流行病には手洗いとうがいが効果的だと思う。アルコール消毒は無理だろうか? なんて考えちゃうよ。

 でも、今はサリエス卿に感謝する昼食会が上手く行くことに集中しよう。

 

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