第30話 週末の予定

 心配していた魔法陣2の授業だけど、パリス王子の横にはアンドリューが座っていたので、私は少し離れた席で、真面目に基礎から魔法陣の描き方を学んだよ。

 線や曲線の意味を覚えて、それの組み合わせた図形の意味も覚えるんだ。パズルというか、何かに似ている気がする。そうだ、前世のコンピュータープログラムのビジュアルベーシックに似ている気がするよ。ちょこっと齧っただけだけどね。

「自分で魔導灯の魔法陣を描けるようになったら魔法陣2は合格だ。魔法陣3に進んでくれ」

 キューブリック先生は、合格を出すのが早い気がするよ。なんて思っていたけど、違った。

「先生、これで良いでしょうか?」

 2年の男子学生が手を挙げた。早い! 私はまだ模様の意味を覚えている途中なのに! やはり魔法使いコースの学生には簡単なのかな?

「おいおい、これは普通の魔導灯の魔法陣じゃないか? 魔法陣1の暗記テストではないのだよ。自分のオリジナルの魔導灯の魔法陣を描かないと駄目だ」

 ああ、普通の魔導灯の魔法陣なら内職で何百枚も描いたから、今すぐ描けるけど、それじゃ駄目なんだね。

 うんうん、唸りながら教科書の図形の意味を見て、何とか描く。線をなぞりながら、間違っていないかチェックする。

「キューブリック先生!」

 あまり自信は無いけど、先生にチェックして貰おう。

「ふむ、単純だけど魔導灯の魔法陣になっているね。ペイシェンスは魔法陣3の時間は空いているかい? 空いてないなら、このままの時間で魔法陣3を受けても良いけど?」

 パリス王子とアンドリューと一緒の授業は避けたい。本当はもっと基礎を勉強するべきかもしれないけど、魔法陣3に進むことにする。

「月曜の二時間目に変わります」

 これで、パリス王子とアンドリューとも一緒の授業じゃなくなるね! 浮き浮きと第二外国語の教室に向かう。ああ、今週末の日曜はパーシバルとカルディナ街に行けると良いなぁ!


「ペイシェンス様、早いですね」

 そう言うパーシバルも早いよ。まだ他の学生がいない教室で、少し打ち合わせをする。

「今週の日曜日はサリエス卿が剣術指南に来られるのです。いつも弟達に良くしてくださっているから、午前中に来て貰って昼食とお礼を渡そうと思っています。パーシバル様も一緒にお昼を食べませんか?」

 サティスフォード子爵家で出された、少しスパイシーな昼食にするつもりなんだ。デザートにはメロンかスイカを丸くくり抜いて可愛く飾り付ける予定。

「それは楽しみですね! 私もサリエス卿に剣術指南して頂きたいですし、昼食後にカルディナ街に行く事にしましょう」

 父親は放任主義だし、パーシバルを信頼しているから大丈夫だと思うのだけど、問題はメアリーがどう判断するかだ。カルディナ街って図書館で調べたけど、下町にあるみたいなんだよね。せめて、バーンズ商会のようにアップタウンなら良いのだけど。

「大丈夫、私は説得が上手いのです」

 パーシバルに任せよう。それにメアリーは隠しているけど面食いなんだよね。グレアムの笑顔にときめいているみたいだもん。

「ええ、お任せしますわ」


 第二外国語の授業は、簡単な挨拶や自己紹介からだ。

「カルディナ帝国人にとって元カザリア帝国の人の名前は覚えにくいのだよ。それはこちらの人達でも同様で、ニックネームで呼ぶ場合が多い。で、自分のニックネームを考えてくれたまえ。簡単なカルディナ文字のプリントを配るから、その発音が似た名前にしても良いし、意味から選んでも良い」

 前世でも香港の子とか英語風のニックネームを持っていたね。今度は私達がカルディナ帝国風のニックネームを付けるんだ。面白そう!

「悩みますね。自分で名前をつけるなんて初めてですから」

 パーシバルは、どんなニックネームにするんだろう? 私は前世の漢字のイメージがあるから、姫とか麗とかはちょっとつけにくいな。

「小鈴はなんて読むのでしょう?」

 リー先生に聞いたら「シャオリンですよ。可愛らしい名前ですね」と言って下さったので、それにする。お婆さんになったら、可愛らし過ぎるかもしれないけど、背は高くなりそうにないから良いんじゃない? ちっちゃいお婆ちゃんでもさ。

「この『破浪』は何と発音するのでしょう?」

 パーシバルは龍とか飛竜とか付けるのかなって少し心配していたよ。厨二病っぽくて少し恥ずかしいもん。

「ポーランです。男の子に多い名前です」

 二人で呼び合う。

小鈴シャオリン

破浪ポーラン

 思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

「これからは、第二外国語ではその名前で自己紹介とかしてもらいますからね」

 なかなか楽しそうな授業になりそう!


 パーシバルと二人で上級食堂サロンへ行ったら、パリス王子が珍しく落ち込んでいた。

「やぁ、ペイシェンス。もしかして、アンドリューは面倒臭い奴なのかな?」

 ああ、やはり分かったんだね。でも、人の悪口は……微妙な笑顔で誤魔化そう。だけど、異世界では通じないのかも?

「ブライスとペイシェンスは魔法陣3に行ってしまうから、私はアンドリューと一緒に取り残されてしまったんだ」

 それは、頑張って魔法陣3に進むしかないかも? でも、パリス王子と同じ授業は避けたいから、微妙なんだよね。

「パリス王子、でしたら他の先生の魔法陣2の授業にされたら良いのでは?」

 パーシバルの言葉に、パリス王子は考え込んでしまった。

「今週まで履修要項の取り消しはできますよ」

 私も裁縫の時間を金曜に変更したし、魔法陣3を月曜に履修するからね。

「親切に話しかけてくれるのは良いのだけど、アンドリューと一緒だと何だか気分が滅入るんだ。決めた! 月曜の魔法陣2に変えよう」

 他国の王子にもアンドリューは、アンドリューなんだね。ブライス、魔法クラブから錬金術クラブに代わって良かったよ。

 そんな話をしていたら、マーガレット王女とリュミエラ王女がやってきた。あらら、二人とも優れない顔だ。家政数学だったよね?

「ペイシェンス、やはり家政数学は難しいわ」

 マーガレット王女は数学も苦手だから分かるけど、リュミエラ王女は数学は得意だと聞いていたけど?

「支出と収入がややこしいし、何が何の項目になるのかさっぱりですわ」

 あっ、リュミエラ王女は家計簿を一から覚えなきゃね。言葉が理解できていないんだ。

「ペイシェンス、今度教えてちょうだい。先生より貴女の方が分かりやすいわ」

 これは、困ったよ。予習してないんじゃないの? 春学期は教科書を予習していた筈なんだけど、まぁ、ここで話す事じゃないね。部屋でみっちり話そう!

「わかりました」と答えておく。他国の王族の前で叱るのは控えよう。

「ペイシェンスは本当に有能だな。音楽の才能も素晴らしいし、優等生だ。その上、マーガレット様の側仕えとして立派に勤めを果たしている」

 パリス王子に褒めて貰えたけど、控え目にしておく。

「ありがとうございます」とだけ応えて、メニューを読んでいる振りをする。

 マーガレット王女とリュミエラ王女とパリス王子は、グリークラブの話で盛り上がっている。それは良いんだけど、親密になるななんて無理そうだ。収穫祭で一緒に練習する時間が増えているんだもん。放課後は毎日どちらかのクラブで一緒だ。

『良いのでしょうか?』目でパーシバルに尋ねる。『仕方ないですね』とウィンクしたパーシバルは、さりげなく話題を変える。

「マーガレット様はデーン王国の大使館でスレイプニルを見られたそうですね。やはりオーディン王子以外には凶暴でしたか?」

 あっ、パリス王子が話題に飛びついた。前からスレイプニルに興味を持っていたもんね。

「あれは、やはり自分の主人にしか懐かないのだろうか? 戦馬としては超一流なのですが、捕まえる事が難しいとの噂です」

 マーガレット王女はスレイプニルには興味が無い。パリス王子とパーシバルが捕獲方法を熱心に話しているのを、少し醒めた目で見ている。

「あんな凶暴そうな馬なんて、乗るのも怖そうですわ」

 ああ、私も同感だよ。まぁ、スレイプニルに遭遇する事もなさそうだけどね。

「ああ、今週の土曜日にリチャード王子とデーン王国の大使館を訪問する予定ですの。そんなに凶暴だなんて怖いですわ」

 リュミエラ王女が怖がって、リチャード王子が庇う姿が目に浮かぶよ。なかなか良い雰囲気じゃない?

「私もご一緒したいです!」

 パリス王子は、本当にスレイプニルに興味があるみたいだね。流石にマーガレット王女もデーン王国の大使館を再度訪問するとは口にしなかった。

 私は、話に参加しないで大人しく食べる。それに、馬でも苦手なのに凶暴なスレイプニルなんて御免だからね。

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