第43話 古文書は誰の物?

 土と枯葉を頭から被ったけど、生活魔法って便利だよね。皆を綺麗にしたよ。


「資料は運び出したな。ペイシェンス、悪いが天井を閉めてくれ。このままにしておくと魔物を討伐する冒険者が誤って落ちかねない」


 それは大事故になっちゃいそうだけど、この地下通路を他の人に知られたく無いのもあるかもね。なんて呑気な事を考えながら「閉まれ!」と唱えながら出っ張りを押す。


 ゴゴゴゴゴ……と天井が両サイドから閉じた。開けた時は、上から土や枯葉がドサドサ落ちて来たから、見るどころじゃ無かったんだよ。


「なるほど、二方向にスライドするのだな」


 伯父様も見てなかったみたいだ。


「さぁ、館に帰ろう!」


 ご機嫌な伯父様だけど、カエサルは考え込んでいる。なんと、私と一緒にゆっくりと歩いているんだ。いつも、先に行っちゃっているのにね。


「ペイシェンス、一生に一度の頼み事をしたい」


 メアリーに少し遠ざかって貰う。だって、こんな真剣な顔のカエサルは、マギウスのマント以来だもの。


「何でしょう?」


 私にできる事なら協力してあげたい。だって、それぐらいカエサルには色々と協力して貰っている。


「あの古文書を写して貰いたいのだ。ペイシェンスが私達に送ってくれた壁画の絵だが、あれは生活魔法で同じ絵をどうにかして写した物だろう?」


 やはりカエサルは油断できないね。ちゃんと見抜いている。


「それで、古文書の写しが欲しいから頼んでいるのですね。あの古文書は誰が保管するのでしょう?」


 カエサルは腕を組んで考える。


「普通、領地から遺物オーパーツが出土した場合の所有権は、そこの領主になる。つまりノースコート伯爵のものだ。それを所有しても、オークションに掛けても、ロマノ大学に寄付するのも伯爵の考え次第だ」


 つまり、今回は違うんだね。ノースコート伯爵が所有するなら、バーンズ公爵家の権力と財力が有れば、手に入れる事ができそうだもの。


「この様な遺物オーパーツは、聖皇国でも見つかっていない。つまり、教会も黙っていないだろう。そして、王家もだ」


 それは伯父様も考えていると思う。話の先を促す。


「王家が所有するなら良い。それをロマノ大学で研究する事ができるからだ。しかし、図々しくエステナ聖皇国が所有権を主張してきたら厄介だ。だから、写しだけでも確保しておきたいのだ。頼む!」


 私は、エステナ聖皇国について、世界史や外国学で学んだ知識しかない。教会の総本山があり、前世のバチカン市国みたいなイメージを持っていたが、もっと生々しい権力を持っているみたい。カエサルは、バーンズ公爵家の跡取りとして、その辺の事情に詳しいみたいだ。


「でも、何故エステナ聖皇国がノースコートの遺物について所有権を主張できるのですか?」


 確かに、エステナ聖皇国はカザリア帝国が国教としたエステナ教の総本山だけど、それがローレンス王国の遺物を取り上げる権利があるとは思えない。だってカザリア帝国は、千年以上前に滅びたんだもの。


「彼奴らの図々しさと欲深さをペイシェンスは知らないのだ。今は、小さなエステナ聖皇国に収まっている様に擬態しているが、教会を通じて各国の情報を収集し、裏から支配しようと画策しているのだ。まして、空を飛ぶ魔道船など、彼奴らの手にだけは入れさせてはならない!」


 まぁ、世界史でも色々とやらかしているエステナ聖皇国だからね。油断大敵だよ!


「それに、ロマノ大学の象牙の塔の連中があの古文書を学生に見せてくれるとは限らないからな」


 カエサル、本音が漏れちゃってるよ。


「用心の為に写しを取っておくのは賛成ですわ。でも、伯父様に許可を得なくてはいけません」


「それは勿論だ!」


 私は伯父様が許可を出したなら、コピーしても良いと思う。許可なしは駄目だけどね。その交渉は、カエサルに任せるよ。こんな呑気な事を考えていた馬鹿は私です。


「ペイシェンスは古文書を写す生活魔法を使えるのか? なら、保存用に二部写してくれないか? 勿論、謝礼はだす」


 あっ、お金に弱いのを見透かされたのかな? でも、謝礼は嬉しい。だって、父親が秋からロマノ大学の学長になるなら、服を新調しなくてはいけないし、馬車で毎日通うなら馬も飼わないといけない。それに、ジョージが大学で父親の従僕として付き添うなら、馬丁と下男が必要になる。それに、下女は絶対に雇わなきゃ! 俸給が幾らかは知らないけど、物入りなんだよ。


 下女は……あの美容の授業で会ったキャリーとミミはちゃんとした家に雇われたのかな? ワイヤットは孤児を雇うのを嫌がるかもしれないけど、気になるよ。




 ファイルキャビネット二台分の書類を明後日までにコピーすることになった。何故なら、陛下がノースコートに来られるからだ。今すぐに王家に献上という話になるかどうかは分からないけど、万が一もあり得るからね。


「皆さん、手伝って下さいね」


 一部屋に錬金術クラブのメンバーとフィリップスが集まって、古文書を1ページごとファイルから外しては、横に白紙を2枚ワゴンに置く。大テーブルごとに分かれて作業する。私は椅子に座って、テーブルの下にコマがついているワゴンを、メンバー達が押してくるのをコピーしていくだけだ。


「ペイシェンス、疲れないか?」


 カエサル達の方が作業量は多い。ファイルされた古文書を一枚ずつワゴンの上に順番に置いては、別の大きなテーブルでファイルし直さないといけないのだ。それに、コピーしたのもファイルする為に順番が変わらない様に注意して重ねておかなくてはいけない。だから、カエサルとアーサー、ベンジャミンとミハイル、フィリップスとブライスが組んでやっている。


「いえ、これには然程の魔力は必要ありませんもの」


 それに快適な椅子に座っているからね。どうやら伯父様は、ノースコート保存用に一部、そしてカエサルに一部渡すみたいだ。バーンズ公爵家が幾ら払うかは知らないけど、ご機嫌が良いところを見ると、私への謝礼どころじゃ無い金額みたい。


 一台目のファイルが終わった所で、一時休憩する。


「このファイルの仕方は良いな。錬金術クラブで作れると思う」


 今回は急なので、今まで通りの紐で括っているけど、ファイルの金具が有れば便利だよね! ベンジャミンと目と目で同意する。


 あっ、約一名が読み耽っているよ。


「フィリップス、休憩は終わりだ。二台目の古文書も写すぞ!」いつもは優しいブライスに叱られている。


「これは設計図です!」


 ミハイルの叫び声に全員が集まった。勿論、私もだ。


「二台目の古文書は紙のサイズが大きい。先ずは、紙を貼り付けなくてはいけない」


 ファイルの中に折って入れてあるので、サイズが大きいのに気づかなかったのだ。


「糊ならありますわ」


 そう、全員で紙を貼り付ける作業をするのだけど、ベンジャミンとブライスは下手だね。アーサーは几帳面に貼るし、ミハイルは上手くて手早い。フィリップスは古文書の扱いになれているから丁寧だ。意外な事にカエサルも器用に貼っている。


「ペイシェンス、何か魔法を使っているのか?」


 元日本人の私は、折り紙だってきちんと折れるんだよ。ベンジャミンみたいに端と端がずれたりしない。


「いいえ、きちんと端を揃えて貼り付けているだけですわ」


 それに内職で鍛えているから、生活魔法の乗せ方も熟練工だからね。


「いや、生活魔法をつかっているだろう。ずるいぞ!」


 カエサルに「お前は、もう少しキチンと貼れ!」と叱られているよ。確かに、使い物にならない紙もありそうだ。


 私は紙を少しずつずらして、糊をつけて、紙を何枚も一気に貼り付けていく。あっという間に何十枚もできたよ。


「もう、私はしない方が良さそうだ」


 ベンジャミンが拗ねているけど、ライオン丸が拗ねても可愛く無いよ。


 何とか二台目の古文書も写し終えたよ。ベンジャミンが雑に折り畳んでファイルするのを見かねたミハイルが、取り上げてやり直しているけどね。


「協力ありがとう。今回、手伝ってくれたメンバーには閲覧を解放するが、あまり他言はしないでくれ」


 カエサルの言葉に全員が頷く。この古文書には、失われた技術のヒントが満載だからね。他国に知られたら、絶対にややこしくなる。

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