第59話 スライム、スライム!

 今週はスライムに始まりスライムに終わる感じだ。スライム粉って奥が深いよ。

「この割合が良いと思う」

 何度も失敗を繰り返したスライム粉と炭粉の割合がやっと決まった。でも、タイヤ作りはこれからだ。

「中に空気を入れたいのです」

 先ず、空気入れと空気を入れる金具バルブそしてキャップも作らないといけない。私は前世のタイヤを思い出しながら細かい部品を描く。

「なるほどな、こうやって空気を入れるのか」

 そこからはカエサル部長が張り切って空気入れやタイヤの空気口などを作る。

「タイヤはお前が作ってみろ。中の車輪にぴったりの大きさにするのだ」

 本当はチューブだけとりかえるのだと思うけど、今は車輪にタイヤがくっついた一体型で作る。これは後で要改善だ。

 車輪と金具バルブをスライムと炭の粉の混合体の前に持っていき、前世の自転車のタイヤを思い浮かべて「タイヤになれ!」とかなり魔力を込めて唱える。

「おお、それがタイヤか! 空気を入れてみよう」

 異世界で自転車のタイヤの空気入れをするとは思っていなかったよ。カシャカシャと空気を入れていたが、途中でベンジャミンが「代われ!」と言うから交代した。ゼイゼイ、体力無さ過ぎ!

 その間に私は金曜に渡したいから、湯たんぽ3個と糸通しを数個作る。

「なかなか空気が入らないな。この空気入れはもう少し考えないといけないぞ」

 何処かで空気が漏れているようで、ベンジャミンも疲れている。

「ええ、でも先ずはタイヤをつけてみましょう!」

「そうだな!」3人でタイヤを付け、サドルも皮の中に柔らかいスライムを入れてある。ブレーキには硬いスライムを使ったよ。ハンドルには細長く切った皮を巻いてある。うん、前世の自転車にかなり近くなった。

「ペイシェンス、乗ってみろ」

 未だカエサルもベンジャミンも足をつきつきしか自転車を漕げない。私は改造自転車でクラブハウス内を一周する。

「なかなか良い感じですわ」

 ここで私はタイムアップだ。刺繍3に行かなくてはいけない。後もう少し絵画刺繍のテクニックを習うまでは、生活魔法は使えない。

「ペイシェンス、少しぐらい授業をサボっても良いんじゃないか?」

 ベンジャミンの言葉にグラッとなるけど刺繍は受けたいんだ。内職にもなるし、好きなんだもん。

「いえ、受けます!」キッパリと断って刺繍の教室に向かう。

 なんて強がったものの、刺繍をしながらも心は半分スライム粉の可能性について考えていた。クッションにボールもできるし、もしゴムに似た性質を持つならゴム引きの布も良いかもしれない。もし、撥水性を持たせられたら、マントとか、テントとか、荷馬車のカバーとかにも使えるよね!

「ペイシェンス、貴女は終了証書を出すわ」

 しまった! スライム粉で金儲けを考えていたせいで無意識に生活魔法を使って絵画刺繍を仕上げてしまっていた。

「あのう、すみません。生活魔法を使ってしまったのです。未だ絵画刺繍で習うべき事が残っているのに終了証書は困ります」

 マクナリー先生は見事に仕上がった風景画を隅から隅まで見て「もう教える事は無いわ」と断言する。

「それとペイシェンス、この糸通しは素晴らしいわ。裁縫の先生とも話したのだけど、バーンズ商会に早く納入して欲しいと伝えて下さいね」

 糸通しは針仕事をする人には好評だ。いっぱい売れると良いな! 安く売って貰うつもりだから、儲けは少ないけどね。

 異世界では子供もだけど女の人は生きるのが大変そうだもの。針仕事は儲からないけど、年をとってもできるから糸通しは役に立って欲しいな。老眼鏡も良いかもね!

「あのう、前に先生は夫のサーコートに刺繍すると言われましたが、マントとかに奥様でも婚約者でも無くても刺繍して渡しても良いのでしょうか?」

 マクナリー先生は恋バナが好きだね。キャッと胸に両手を組み合わせる。女学生みたい。おおっと、周りの女学生も耳ダンボだよ。

「それは良いですが、注意しないと好意を持っていると受け取られますよ」

「あのう、従兄弟に渡すのですが、駄目でしょうか? 弟達に剣術指南をしてくれるお礼に渡したいのです」

 あからさまにガッカリとした溜息が教室中に満ちた。そんなに恋バナ好きなんだね。まぁ、娯楽の少ない世界だもの。

「従兄弟にマントをお礼に渡すなら問題はありません。そうだわ、ペイシェンスは魔法使いコースの選択科目も取っていると職員室で聞きましたわ。確か守護の魔法陣を刺繍するのもあった筈ですわ。昔の騎士物語で読みましたの」

 そのロマンチックな騎士物語が正確だと良いのだけど……折角なら守護の魔法陣を刺繍してあげたい。それとスライム粉で撥水加工もね! だってサリエス卿は月に2回は来てくれているんだもん。お茶だけでは悪いと思っていたんだ。

 馬術指導を派遣してくれているラシーヌにはヘアアイロンと絵画刺繍だね。港町だと聞いたから海の風景とか良いかも? 後の伯母様達はヘアアイロンで良いよね。あっ、領地に帰るならスライム入りのクッションもあげよう。お尻が痛いと思うんだ。試供品にもなるしね。

 週末に湯たんぽと糸通しの契約書をバーンズ商会に届ける。そのついでに皮と安いマントを手に入れたい。安いマントで撥水加工スライムの実験をしたいんだ。上手く行ったら御者のジョージに着せたい。雨の時とか馬車の中は良いけど御者席はずぶ濡れだもんね。

 終了証書を貰ったので、魔法陣のキューブリック先生に守護の魔法陣なんてあるのか聞きに行く。

「えっ、守護の魔法陣? そんな物どうするのだ?」

 えっ、あるんだ!

「従兄弟が第一騎士団にいるから、マントに刺繍してあげようかと思ったのです」

 キューブリック先生はうんうん唸っている。どうしたんだろう。

「第一騎士団なら揃いのマントがある筈だ。だが、それに家紋や守護聖人の名前など刺繍している者もいると聞いている。守護の魔法陣を刺繍しても問題は無いが、大変だぞ。普通の刺繍糸では効果は無いからな」

 魔法陣は魔石で動く。ただの刺繍糸では効果は無いのだろう。ガッカリしたよ。

「あれ、それは普通では無い刺繍糸なら効果があるってことですか?」

 私の言葉にキューブリック先生はにっこり笑った。嫌な予感しかしないよ。

「昔、守護の魔法陣をマントに刺繍したのを羽織っていたという英雄がいるのだ。凄くワクワクする話だと思ってあれこれ調べていたのだ。ペイシェンスは染物も刺繍も錬金術もできる。何とか守護魔法陣のマントを作ってくれ」

 ああ、これは少年の頃読んだ英雄物語に憧れている夢追い人だ。でも、こうゆうの嫌いじゃない。私もチャレンジしてみよう。

「これは私が集めた資料だ。是非、実現して欲しい」

 ごちゃっとした資料を渡してくれた。うん、興味のままに集めた感じだ。これを読むの大変そうだね。週末の宿題が増えた感じだよ。

「でも、ヘンリーが騎士になるなら守護の魔法陣をマントに刺繍しないといけないんだわ。研究しておくのも良いかも」

 サリエス卿へのお礼だけでなく、愛しい弟の為なのだ。お姉ちゃん頑張るよ!

 

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