第22話 この先生はだめなのでは?

 日曜は午後から馬術教師が来る。私は来年、ジェーン王女が乗馬クラブに入るまでにちゃんとなっていたら良いなと思う。

 そう、苦手な乗馬だから気を逸らしているんです。

「そうだわ。ワイヤットにマシューの賃金を聞かなきゃ」

 経営学と経済学の課題の為には賃金を知らないといけない。

「ワイヤット、少し良いかしら?」

 今回は何の用かは分からない筈だよ。

「お嬢様、何かご用でしょうか?」

 やはり知らない。なんか勝った気分だ。

「今年の経営学では10ロームで事業を立ち上げなくてはいけないの。それで賃金を知らないと人件費が計上できないの。それでマシューの賃金が知りたいのよ」

 ワイヤットが少し考え込んだ。

「マシューはまだ下男の見習いです。だから賃金はとても安いですよ。100チームです」

「ええっと、それは週給なの?」

 違うんだね。そっか異世界は人件費安いんだ。まぁ、衣食住は込みだけど安過ぎない? それともグレンジャー家が貧乏だから? なんて思ったのがワイヤットに伝わったみたい。

「お嬢様、これは一般的な賃金です。それに地方ではもっと安いですよ。見習いは衣食住をみるだけで十分だと考える雇い主も多いです。見習いを終え一人前になって賃金が貰えるのです」

 美容の時間で会ったキャリーとミミも安い賃金で働くのかな? 異世界に来てから、貧しいグレンジャー家の生活を改善することに熱中していたが、少しだけど良くなった。そっか、もしミミに転生していたら、グレンジャー家どころじゃ無かったかも。それに学園に通ったりもできなかったのだ。キツイね。因みに下男のジョージの賃金は5ロームだった。これで生活はできないよね? それともできるの?

 午前中は弟達と過ごす。縄跳びや竹馬(木製)もするし、お手玉やリバーシュもして遊ぶ。勉強面は父親に任せて大丈夫そうなんだもん。少しは遊ばないとね!

 午後からは馬術教師が来た。父親は忙しいとかで不参加だ。免職中なのに何が忙しいのな分からないよ。ヘンリーは乗りこなしている。ナシウスもだよ。

「今度からは障害を飛ぶ練習もしましょう」

 そんなの危険じゃ無いのかしら? 心配だけど、2人は喜んでいる。私? 私は少しだけ乗ったよ。金曜に倒れたからね。嘘ジャナイヨ。

「アンジェラ様の乗馬は上達されていますか?」

 従姪は大人しそうだったので心配だから尋ねてみる。

「アンジェラ様は頑張っておられます」と乗馬教師は答えたが、そのニュアンスでは乗馬を楽しんでいるとは感じない。やはり音楽の方が向いていそうだ。でも母親のラシーヌに任せるしかないのだ。

 乗馬教師が帰ったら、もう学園に行く時間だ。私はシャーロット伯母様に貰った絹でドレスを作った切れ端を持って寮に行く。

「そんな切れ端をどうされるのですか?」

 メアリーは不思議そうだ。

「ふふふ、染色の授業で使うのよ。色々な色に染めてみたいの」

 染色にはメアリーは文句を言わない。昨今の貴婦人はしないけど、少し前は染色も嗜みとされていたからだ。特に地方では一族の旗を染めて掲げたりするのが一般的だったそうだ。きっと母親のユリアンヌも染めたりしていたのだろう。

 寮に行って、アルバート部長に貰った2年の法律の教科書を読んでいたら、マーガレット王女が来られたとゾフィーが教えてくれた。

「マーガレット様、何かご用はありませんか?」

 お疲れのマーガレット王女は、ゾフィーに紅茶を淹れさせる。

「ここに座りなさい。この土日は本当に疲れたわ。お母様に習字と刺繍を取ったのは褒められたの。そこまでは良かったのだけど、裁縫や料理の授業が変わったと愚痴ったら凄く叱られたのよ。寮に来れてホッとしていたところなの」

 お茶を淹れたゾフィーを帰らすと、2人で履修届けの最終チェックをする。

「ペイシェンス、貴女は何処へ向かっているのかしら? 錬金術に魔法陣、その上、薬学に薬草学。魔法使いコースに変更するつもりなの?」と呆れられた。うん、私もカオスだと思うよ。

「興味がある科目を取ったらこんな事になってしまったのです」

 その後は「疲れたから新曲を弾いて」と言われた。

「まだ譜面を書ける程は練っていませんが、それで良ければ」と断ってから『子猫のワルツ』『ノクターン』を弾く。

「まぁ、素晴らしいわ。早く譜面にしてね。青葉祭には『別れの曲』を弾くつもりなの。でも『ノクターン』も良いわね」

 マーガレット王女も新曲を作っている最中だと聞かせてくれる。

「とても元気が出る曲ですわ」

 マーガレット王女も嬉しそうだ。

「そうでしょ。『若人の歌』と名付けたの。これと『別れの曲』なら良い組み合わせになると思うのよ。でも、さっきの『ノクターン』も捨てがたいわ」

 なんて話に熱中して、騎士クラブのゴタゴタなんか忘れていた。


 月曜はホームルームで履修届けを提出しなくてはいけない。でも、マーガレット王女も私も何回もチェックしたから大丈夫だ。

「おはよう。では履修届けを出してくれ」

 うん、カスバート先生は本当に担任としてどうかと思うよ。ケプナー先生なら質問を受け付けてくれたりしていたと思うもの。

 何人かは初めて履修届けを書くから不安そうだ。

「クライム先生、もし必須科目を取り忘れていたらどうなるのですか?」

 フィリップスが質問する。経営学や経済学でも質問していたね。積極的に分からない事は聞くタイプなんだ。

「必須科目を取り忘れたら、留年だな。まぁ、そんな事は無いだろう」

 Aクラスに溜息が満ちた。この先生は駄目だ。脳筋だよ。

「ペイシェンス、どのコマの錬金術と魔法陣と薬草学と薬学を取ったのだ?」

 ベンジャミンが私の履修届けを覗き込む。

「おお、同じコマだ。よろしくな!」

 文官コースの男子学生から変な視線を感じるよ。魔法使いコースは変人扱いなのかな?

「ベンジャミンと同じコマって事は錬金術以外は一緒だな。よろしくお願いしておくよ」

 ブライスも飛び級した錬金術以外は一緒なんだね。ここまでは友好的で楽しかったんだ。なのにやはりアンドリューが加わると喧嘩になる。

「ベンジャミンとブライスは同じ授業を取ったのか? 私とは相談してくれないのか」

 男子でもつるみたいんだね。

「何故、お前と一緒の授業じゃ無いといけないのだ」

 ベンジャミンってアンドリューに喧嘩を売るのが上手いね。褒めてないよ。

「アンドリューも一緒の授業にするかい?」

 ブライスは優しいけど、ベンジャミンとアンドリューの間で苦労しそう。

 私は写す、写させないと揉めている3人から離れる。そしたらフィリップスに捕まった。

「ペイシェンス嬢は何を取ったのですか?」

 あの謝罪からフィリップスは私を「嬢」呼びする。くすぐったいよ。

「私は音楽クラブの先輩のお勧めの授業を取ることにしたのです。でも、世界史、地理、外交学は授業を受けていませんから、少し不安です」

 私の履修届けを見て、フィリップスは笑った。

「見事に面白い授業をする先生ばかり選ばれていますね。つまり私も取ってます。世界史も地理も外交学も有益だし面白いですよ」

 良かった。面白い授業なんだね。ホッとする。

「それにしても、ペイシェンス嬢は何のコースを選択されているのか分かりませんね」

「そうなのです」少し恥ずかしいよ。欲張りみたいだもの。

「ほら、履修届けを出せ」

 皆がお互いの取った授業を教えあったり、チェックをしたりしているのを見ていたカスバート先生が大きな声を出す。本当は担任がチェックしても良いんじゃないかな?

 でも、全員が出したよ。出さないと留年だからね。

「結局、ペイシェンスとは外国語と裁縫と習字しか一緒に授業を受けられないのね。マナーは頑張って飛び級するわ」

 マーガレット王女とは別れるけれど、月曜は受けていない授業がいっぱいだ。

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