第11話 魔法陣の授業

 ルパート先輩に勧められたカインズ先生の経営学は面白い授業だった。

「経営学だと言っても教科書を読むだけなら、自習で十分だろう。春学期は自分で何か事業を立ち上げて貰う。そして、黒字経営を目指すのだ。最初の資金は10ロームだ」

 ピンと10ローム金貨を指で弾いて片手でキャッチする。学生達が騒めいているのを、カインズ先生は面白そうに眺めている。

「おっ、先輩からの情報と違うと驚いているのか? テストは教科書に沿って行うから安心しろ。他のクラスと合わせなくてはいけないからな」

 おっ、男子学生が手を上げた。あれはAクラスで見かけた顔だけど、名前は知らないよ。

「なんだフィリップス君」

「先生、私たちは事業の計画表や黒字経営を目指さなくてはいけないのに、他のクラスと同じテストなのですか? 不利では無いですか」

 確かにそうだよね。教室には賛同する騒めきが広がった。

「ははは、なら別の授業を受けても良いのだぞ。でも、今年の経営学はどのクラスも実践を取り入れている。それに勿論、テストに加点するに決まっている。テストで半分、実践で半分で成績が決まる」

 フィリップスも納得したみたい。それに他のクラスも同じなら仕方ないって雰囲気になった。

 裁縫とか家政数学とか経営学も少しずつ変化している。パターソン先生の政治と行政も変化したら良いんだけど、私は他のサリバン先生に変わるよ。


 魔法使いコースのエリアは雰囲気が怪しい。なんだろ。騎士コースはきびきびした男子学生ばかりだし、家政コースは女学生で華やいでいる。文官コースは学者タイプが多いから落ち着いた雰囲気だ。

 魔法使いコースの学生も同じ制服を着ているが、上に黒のローブを羽織ったり、怪しげな大きいペンダントをぶら下げている。えっ、それは骨ですか? すれ違った学生のジャラジャラ音がするネックレス、骨がいっぱいついているよ。まぁ、前世でも鮫の牙とか下げているサーファーもいたよね。うさぎの脚とかもあったな。

 文官コースと違い魔法使いコースは女学生もチラホラ見えるが、魔女っぽいんだよ。わざとメイクしているの? 髪の毛もボサボサだったり、身嗜みができてない女学生なんて、異世界に来てから初めて見たよ。

 なる程、マーガレット王女やキース王子が私が錬金術を取ると言った時に反対したの分かったよ。確かに変人が多そう。

「ここが魔法陣のクラスね」

 教室は普通に思えたけど、一歩入って外に出たくなった。皆の視線が突き刺さるのは文官コースで慣れているけどさ、なんかそれに魔力が乗っていて圧を感じたんだ。

 ふん、そんな圧、リチャード王子の威圧の10分の1にもならないし、ビクトリア王妃様の視線の100分の1にもならないよ。

 窓際の後ろの席が空いていた。ラッキー、その席好きなんだよ。私がその席に座ったら騒ついた。

『何?』座っちゃ駄目なの?

「お前、良い度胸だな。ペイシェンス・グレンジャー。中等科に飛び級した秀才が魔法陣の授業に何の用だ?」

 Aクラスで見た事のある男子だ。名前は知らない。こう言うのも飛び級の弊害だね。

「錬金術を取るなら、魔法陣も取った方が良いと勧められたのです」

 何だか頓珍漢な答えだったようだ。爆笑されたよ。まるでライオンの立髪みたいな金髪が揺らめいている。

「そんな事を言ったのはカエサル様だな。そうか、青葉祭に来たという女学生はお前だな。あっ、私の名前はベンジャミン・プリースト。A組で一緒だけど、同じ授業は取ってないな」

 そう言うと隣の席に座った。

「もしかして、ここがベンジャミン様の定位置なのですか? それなら代わりますよ」

 中等科は色々な教室を移動するけど、同じ教室を使う場合もある。魔法使いコースなら定位置を決めているのかもしれない。

「いや、良いさ。窓際の後ろの席が好きなだけだ。ペイシェンスも好きだから座ったのだろう。早い者勝ちさ」

 まぁ、次の授業では違う席に座ろう。

「おお、今年は多いな。魔法陣の重要さがやっと分かったのか。それとも同じ時間に面白い授業が無かったのか。どちらにせよ大歓迎だ。私はロビン・キューブリック。錬金術も教えているから宜しくな」

 こんなに若い先生は初めてだった。大学出たてに見えるよ。

「春学期の授業では魔法陣の基礎を学習するぞ。つまり、火をつける。水を出す。風を送る。土を動かす。そんな基礎の魔法陣と、その応用だな。簡単だから直ぐに自分で書けるようになるさ」

 聞いていると簡単そうだった。でも、配られた教科書を開くと、教室が騒めいた。

「先生、これを書くのですか?」

 男子学生が手を上げて質問する。

「おっ、ブライス君。当たり前だよ。ここに載っているのは初級だから、簡単だろ?」

 あっ、この先生は自分が簡単だから、難しいのが分からないタイプだ。難航しそうな予感がするよ。

「ほら、この紙に最初の魔法陣を書き写せ。上手く書けたら、火が付く筈だ。試すのは教室の後ろでしろよ」

 教室の後ろで火が付いて良いのかしら? まっ、キューブリック先生がなんとかするのでしょう。

 教科書を見ながら、魔法陣を書く。結構、複雑だよ。これで基礎なら魔法陣は凄く難しそう。

 私は注意深く教科書の魔法陣を見ながら、繋がった線の角度や模様を慎重に写していく。

「先生、できました!」

 おっ、隣のベンジャミンが手を上げた。慣れているのかな? カエサル様を知っていたから錬金術クラブなのかもしれない。

「おっ、ベンジャミン。一番乗りだな。後ろに来い」

 私は写す手を止めて、魔法陣を使うのを見る。

「ほら、この魔法陣に魔力を流してみろ」

 ベンジャミンが真剣な顔で紙に魔力を込めている。

「あっ!」小さな火が一瞬付いたが、直ぐに消えた。

「雑だな。ほら、ここの線の交わる角度が違う。だから、火が直ぐに消えるのだ。もう一度、ちゃんと見て書き直せ」

 しょんぼりしたベンジャミンはなかなか可愛いよ。大きな男の子ががっかりしている姿は萌えるね。まぁ、私の好みからしたら、少し大きくなり過ぎてるけど。

 それから、あの手を上げたブライスも書けたみたいだけど、火も付かなかった。

「ああ、ほらこの線は間違えだ。これでは魔法陣と呼べないな」

 ガッカリしているブライスはかなり好みだ。まだ成長し切ってない青い感じが良いね。なんてショタ鑑賞していたけど、やっと書き上がったよ。時間がかなり掛かったね。

「キューブリック先生、できました」

 先生ときたら、後ろで本を読んでるよ。書けない学生に何処が間違っているか指摘して周らないんだね。

「おっ、初めて見る顔だな」

「はい、ペイシェンス・グレンジャーです」

「何処かで聞いた名前だな。あっ、職員室で噂のペイシェンスか。どれ、魔力を注いでみろ」

 どんな噂が職員室で流れているか気になるけど、中等科に飛び級したから目をつけられているのかな? それより集中しなきゃ。

「あっ、火が付きました」

「おっ、ちゃんと書けているな。ペインシェンス、次の水を出す魔法陣を書きなさい。皆んな、早く書くより正確に書く事だ」

 席に戻ると、横のベンジャミンから声を掛けられた。

「良かったな。やはりカエサル様が見込まれる筈だ。錬金術クラブに入らないか?」

 錬金術クラブって勧誘激しいね。

「錬金術の授業を取ってから考えます」

 後ろで聞いていたのか、キューブリック先生が口を出す。

「おっ、錬金術も取るのか! ペイシェンスなら錬金術もできそうだ。何故、魔法使いコースを選択しないのだ?」

 そんな事を訊かれても答え難いよ。

「私は家政コースと文官コースを取っていますから、魔法陣と錬金術の授業だけで精一杯です。それに生活魔法だけですから、魔法使いコースは向いてないのです」

 私を真剣に見つめてキューブリック先生は残念がる。

「それは間違いだ。生活魔法を下に見る風潮に流されてはいけない。ジェファーソン先生も言われているが、生活魔法を極めれば何でもできるのだ。なぁ、家政コースや文官コースなど辞めて、魔法使いコースにしないか。きっと楽しいぞ」

 確かに家政コースは退屈な授業もある。でも、手作業って好きなんだよ。それに文官コースも将来役に立ちそう。

「いえ、もう手一杯ですから」丁重にお断りしておくよ。

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