233 アルタニアの魔王再び1


 イロナVSサキュバス魔王。ヤルモを賭けた女の戦いが、いま始ま……


「主殿!!」

「はい!!」


 らずに、何故かヤルモは呼ばれたのでいい返事。


「第一形態は面白くないから譲ってやる」

「はい??」


 しかも、いきなり譲られたのでヤルモの声が裏返った。そのやり取りを聞いていた魔王はというと、イロナを挑発するように笑い出す。


「ウフフフ。結局わぁ、男だよりの女なのねぇ。さっきの威勢わぁ、どこに行ったのかしらぁ? ウフフフ」

「ザコは相手にしてやらんと言っておるのだ。それとも何か? いきなり第二形態で戦うのか? そのほうが時間短縮できるから、我としては助かるのだがな~」

「あなた相手にわぁ、この姿で十分すぎるわぁ。それも私が手を触れずにぃ、終わっちゃうわねぇ」

「はぁ~。だから面白くないと言うのだ。主殿。さっさとれ」

「はい!!」


 女の口喧嘩をあわあわして見ていたヤルモは、イロナに命令されたからには剣と大盾を構えてジリジリ前進。


「ウフフ。それが悪手だとわからないなんてぇ、おバカさぁん。おいでぇ~。こっちよぉ~?」


 魔王は歓迎モード。体をクネクネと捻り、胸を揉んでヤルモを誘惑している。


「ウッ……」


 魔王に近付くと、ヤルモは桃色の光に包まれて足が止まる。その直後、武器や大盾を構えていた両手はだらりと下がり、ニヘラッとだらしない顔になった。


「へへへ……」

「もっと近くにぃ、お寄りなさぁ~いぃ」

「は~い」

「はやくぅ~うぅ」


 その後は操られるように、ヤルモは魔王に引き寄せられる。これは、魔王のスキル【魅了】。サキュバスが魔王に進化することによって、男なんて触れずに操れるほど強力になっているのだ。


「主殿!!」


 こうなっては、イロナが声を掛けても無駄。ヤルモはヘラヘラしながら魔王の胸に飛び込んだ。


「んん~。いい子ねぇ。でも、そこまでしちゃダメよぉ。あっち向いてねぇ」


 ヤルモは魔王の巨乳に埋もれて頬擦りしていたが、魔王に両肩を掴まれてイロナの立つ方向に向けられた。

 そして後ろから抱かれ、耳元に魔王の吐息が吹き掛けられる。


「あの女を殺したらぁ、もっといいことしてあげるわぁ」


 そして頬をペロッと舐められたヤルモは、だらしない顔のまま剣と大盾を構え直した。


「主殿……殺されたいようだな……」


 そんな顔を見せられては、イロナは激オコ。剣まで抜いた。


「ウフフフ。さあぁ、わんちゃん。あの女を殺しなさぁいぃ!!」

「ワオ~ン!」


 魔王の犬に成り下がったヤルモは、イロナに向かって一歩踏み出した。


「がはっ!?」


 その瞬間、ヤルモは反転。円心力を加えた渾身の一撃で魔王を斬り飛ばした。その角度は下方向だったので、魔王はあまり遠くに吹き飛ばず。


「オラオラオラオラ!!」


 そこにヤルモは容赦なしの追い討ち。剣を振り下ろし、ストンピングで魔王を地面に張り付ける。


「ぐぅ~~~……ふっざけんじゃないわよぉおぉぉ!!」


 しばしヤルモにボコボコにされた魔王は、ムチをムリヤリ振るってヤルモの顔を打つ。運良くヤルモの目に当たったので、目をつぶったその隙に立ち上がった魔王はヤルモに回し蹴りを喰らわして後退させた。


「チッ……このまま決めようと思っていたのに」

「キイィィ~! なんで操れないのぉぉ~!!」


 ヤルモの誤算。魔王の大誤算……


 どうやら魔王の【魅了】はヤルモに効いていなかったようだ。


 これはヤルモの【魅了】耐性が高かったため……というより、何度も騙されているヤルモに女の優しい言葉なんて通じない。それほど辛い仕打ちを受けていたのだから涙ものだ。

 それに相手はサキュバス。男を誘惑して手駒にするのは、攻略本を何度も読んでわかりきっていること。何度も読んでいる理由は男のさがだろうが、ヤルモに聞いてもとぼけ続けるだけだろう。

 ヤルモにはその知識があるので引っ掛かった振りをして近付き、魔王に大ダメージを与える予定だったのだ。イロナに剣を向けられた時はチビりそうになっていたけど、なんとか騙しきったヤルモの快挙だ。


 しかし、さすがは魔王。完全に虚を衝いたのに、思ったよりダメージを稼げず臨戦態勢になってしまった。



「なるほど……騙された振りをしていたのだな」

「イロナ!?」


 ヤルモがこれからのプランを考えていたらイロナが隣に立っていたので、先程の殺気のこともあるからめっちゃ驚いた。


「ところでなんだが……」

「な、なんだ??」

「魔王の胸に顔をうずめてスリスリしてたよな? あれはどういった理由なのだ?」


 戦闘中なのに、イロナの尋問。事実は、こんなチャンスにこんな巨乳があったのならば、ヤルモはチャンスを活かしたかっただけ。だが、そんなことは口が裂けてもヤルモは言えない。


「騙すためには必要だったんだ」

「……本当か??」


 なので、言い訳をしてみたけどイロナは信じてくれない。


「どうりでぇ、おかしいと思ったのよぉ。触れていいとは操っていなかったのにぃ、私の胸に来たからぁ」


 そして、魔王がよけいなことを言う始末。


「魔王があんなことを言っているぞ?」

「うっ……」

「ちなみに嘘を言うと……わかっているな??」

「すいません! 出来心です!! 今までそんなことしても許してくれる人がいなかったし……人間の女じゃ捕まるから……」


 イロナに嘘を言うほうが怖い。ヤルモは誠心誠意謝り、半殺しで許してもらおうとしたが……


「あなたぁ、どんな人生を送って来たのぉ? ぐずっ……」


 魔王に涙ながらに同情されるのであったとさ。

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