第50話 手紙

 伊織がかつてのクラスメートをノースレイル王国の王城から救出してから二週間が経過していた。

 二十二人の生徒をハインズ市に連れてきて以降彼らとは会っていない。


 しかし、雑貨屋「ローラの店」を通じて手紙でのやり取りを何度かしていた。

 その一つが、日本へ帰れる日時の連絡である。


 日本への帰還予定日はいまから一ヶ月半後となるが、その連絡をしたのは王城を脱出してから三日目のことだった。

 雑貨屋「ローラの店」はたちまち生徒たちで溢れかえり、グレイスには手紙の束が託される。


 その託された手紙の一通一通に目を通しながら選り分けていく。

 アルマがそのうちの一通を伊織に差し出した。


「後継者様の読み通りのことが起こったようです」


「俺の読み通り?」


 色々な予想を口にしたので思い当たることが多すぎた。

 差出人は陽介だった。


 そこには男子生徒たち五人が高萩の組織を襲撃して、悪の組織を壊滅に追い込んだことと高萩が死亡したことが簡潔に書かれていた。

 単に死亡したとしか書かれていないが、脱出したときの生徒たちの感情を考えると殺されたのだろう。


 他にもわずか数日で異世界から召喚された勇者としての力を使って、冒険者として身を立てている者たちがいることなど、生徒たちの近況が書かれていた。


「後継者様の学友はやはり高い能力を持っていますが、心構えが残念過ぎます。これなんかはこの異世界で生きていこうと前向きですが、その手段として後継者様を頼っています」


 そう言ってアルマが伊織に別の手紙を渡した。


「そう言ってやるなよ。日本で暮らしていた俺からすれば、甘ちゃんなのはしかたがないと思うよ」


 同級生を弁護するつもはなかったが、つい、口を突いて出てしまった。


 アルマから受け取った手紙を読む。

 そこにはこの異世界で知識チート、技術チートを使って成り上がろうと、その裏付けとなる資料や書物を伊織に取り寄せて欲しいと頼むものだった。


「この手の頼みもたくさんあったな」


「こう言ってはなんですが、後継者様の同級生は自分の立場が分かっていない人が多すぎます」


 アルマがばっさりと切り捨てた。


「でも、マシなヤツも何人かはいるだろ?」


「そうですね、あのあたりでしょうか?」


 アルマが何通か脇に避けていた手紙に目を向けた。

 そこにある手紙の差出人は陽介、大内、結城詩織、瑞希とそのほか二、三人である。


 その中から一通を手に取ったアルマが言う。


「こっちに選り分けた手紙には、後継者様や魔王様へのお礼や感謝の言葉が書かれています。これなんて後継者様と魔王様への深い感謝の言葉から始まってますよ」


 結城詩織からの手紙である。


「詩織は祖母ちゃんとも面識があるんだ。それにあいつは人当たりもいいからな」


「こちらはお礼の言葉もしっかり書かれていますが、要求もしっかり書かれていますね」


「瑞希か……。あいつはそのあたり抜け目ないからな」


「瑞希って、国庫と宝物庫に一緒にきた女ですね」


 アルマが不機嫌そうに言った。

 真面目でルールに厳しい瑞希とのほほんとしているアルマでは相性が悪そうだな、と思いながら伊織が言う。


「多分、女生徒たちのなかで一番しっかりしているのがアイツだよ」


「男子生徒たちからも人気がありましたね」


「頭が良くて美人だからな」


 手紙の選り分け作業を進めながら伊織が答えた。


「後継者様の国の美醜は分かりませんが、ああいう女が美人なんですか?」


「一般的には美人だな。多分、十人がすれ違えば八人くらいは振り返るんじゃないか?」


「後継者様もあの女が美人だと思いますか?」


「ああ、美人だと思う。多分、学校で一番の美人だ」


「後継者様はああいう女が好みなんですか?」


 アルマの目に酷薄な光が宿った。


「いや、俺の好みはドンピシャでアルマだ」


「え?」


 手紙を選り分けるアルマの手が止まった。


「祖母ちゃんがアルマを俺の秘書に選んだ理由の一つが、容貌が俺好みだったからなのは間違いないな」


「え、えーと」


 赤面するアルマに気付かず、伊織は手紙に目を通しながら言う。


「もっとも、アルマの魔力が膨大だと言うのが最大の理由みたいだけどな」


 自分がダンジョンマスターで、アルマが秘書をやっている限り、会社での出世は間違いないだろうな、と言った。

 アルマが頬を染めながらも厳しい口調で言う。


「が、外見が、こ、好みのと言われても、嬉しくありません」


「外見だけじゃないぞ。少しドジっ娘なところも含めてアルマは俺の好みのタイプだよ」


「ドジっ娘じゃありませんよー」


 アルマが可愛らしく膨れるが伊織の視線は手紙の上を走っている。


「ダンジョンに配置する魔物を捕獲するときに散々だったのを俺は憶えている」


 落とし穴に落ちたり網にかかったりと、伊織とアルマで仕掛けた罠に自ら飛び込んでいくことは四度や五度ではなかった。

 そのひとつひとつを伊織が指折り数えてあげていくとアルマの顔は益々赤くなった。


「忘れてください、今すぐ忘れてください!」


「何だ、気にしていたのか? それだってアルマの魅力じゃないか。可愛らしくて好きだな」


「本当ですか?」


 手紙を選り分ける作業をしていた伊織の手を取った。


「どうしたんだ、急に?」


 そこで初めてアルマのことを見た伊織は、彼女が頬を染めていることに気付く。

 そして自分が何の気もなしに口にした言葉を思いだして伊織の鼓動が早まり、頬が紅潮する。


「本当……、ですか?」


 アルマの表情に伊織はドキリとした。

 さすがにこの状況で「なにが?」とは返せない。


「本当、だよ」


 頬を紅潮させた伊織が彼女から目をそらしてつぶやいた。


「もっと、具体的になにが本当なのかを言って頂けると嬉しいかなあ、って……」


 アルマがもじもじとしながらそう言った瞬間、志乃からの呼び出し音が鳴った。

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