第48話 ハインズ市近郊

 伊織は同級生たちを連れて、王城からハインズ市近郊まで一気に空間魔法で転移をする。

 自分たちの能力をどこまで見せてどこまで隠すか考えたすえ、ある程度の能力を同級生たちに見せつけることにした。


 理由は同級生からの無茶な要望の阻止。

 もうひとつは、自分やグレイスたちに対して危害を加えようという考えが生まれないようにするためである。


 そのためにも二十二人の生徒全員を一度の転移で運んだ。

 結果は予想通りである。


 呆然とするもの、驚きの声を上げる者たち。


 特に陽介と大内、瑞希の驚きは格別だった。

 約千キロメートルの距離を一瞬で移動する空間魔法の凄さを理解したのは、同じ空間魔法を持った三人だからこそだろう。


「伊織、お前って本当に規格外だな……」


「感覚で分かるよ。ここが千キロメートル以上離れた場所だって……」


 呆然とする二人をよそに瑞希が伊織に聞く。


「あたしも訓練次第でここまでのことができるようになるのかな?」


「後継者様の空間魔法は超一流です。この世界の人間はもとより、召喚された異世界人でも同じことはできません」


 瑞希の質問にアルマが答えた。


「きっぱり言うのね」


「変に期待を持たせて無駄な努力をさせるのも申し訳ないと思いましたから。差し出がましいようですがご説明させて頂きました」


「ありがとう、って言ったら良いのかしら?」


「希望を打ち砕いたのでしたらお礼の言葉なんて口になさらずに唇を噛んで頂いて構いませんよ」


「やな女ね」


「後継者様に好かれてさえいれば、他の誰に嫌われても構いませんので」


 アルマが涼しい顔で言った。

 アルマと瑞希のやり取りを聞き流した伊織が、ハインズ市の方角を指さして生徒たちに言う。


「ここから街道沿いに三時間も歩けばハインズ市という大きめの商業都市がある。ひとまず皆にはそこに潜伏して貰うことになる」


「三時間も歩くのかよ」


「どうせなら、そのなんとか言う都市の入り口まで運んでくれよ」


 自分たちの状況や立場が分かっていない輩がまだいることに伊織はため息を吐いた。


「あのなあ、これから当面の資金と武器、この国の衣服を配ろうと思ったがお前ら二人は要らないか?」


「要るって!」


「冗談だよ、冗談」


 男子生徒二人が慌てて笑顔を作って伊織にすり寄る。

 塩対応をした伊織がアルマに指示を出す。


「アルマ、皆に資金と武器、衣服を配ってくれ」


「分っかりましたー」


 瑞希とのやり取りの雰囲気などかけらも感じさせない脳天気な返事をすると、生徒たちに大きめのずだ袋を配り出す。


「袋の中には銀貨五十枚――、日本円でだいたい五十万円が入っている。日本よりも格段に物価が安いから二ヶ月分の生活費としては十分な余裕があるはずだ」


 伊織の説明に全員が安堵の表情を浮かべ、次々に俺の言葉を口にする。

 そのなか、大内が代表するように確認する。


「家を借りたり宿屋に泊まったりしても問題ない金額って考えても大丈夫か?」


「貴族が住むような宿屋に泊まらない限り、働かなくて大丈夫なはずだ」


「その、もし足りなくなったら?」


「働け」


 男子生徒の質問に伊織が間髪を容れずに返した。

 すると、男子生徒は恥ずかしそうに引き下がる。


 それを確認した伊織が話を再開する。


「武器は長剣と短剣、あと弓と矢を入れてある。長剣と短剣は街の外はもちろん、街中でも悪漢から身を守るのに必要だからだ。弓は狩猟をするかもしれないと思って入れておいた、所謂おまけだ」


 一瞬で生徒たちの間にざわめきが広がり、それが不安へと変わる。


「街中でも襲われる可能性があるのか?」


「ここは日本じゃないからな。路地裏に引っ張り込まれた瞬間に刺されることだってあるぞ」


 伊織がさらりと答えた。

 女生徒からも声が上がる。


「何とかならないの?」


「宿屋のなかなら安全なんだよね? 引きこもっていたら大丈夫なんでしょ?」


「宿代と安全は大体比例すると思ってくれ。それでも、確実ってことはないから単独行動はお勧めしない」


「襲われないようにするにはどうしたらいいの?」


 女生徒が震える声で聞いた。


「襲われるのは弱いと思われるからだ。誰も自分より強ヤツを襲ったりはしない。相手よりも強ことを示せば襲われる確率も減るんじゃないか?」


「そんな適当な……」


 その声に呼応して責めるような視線が伊織に集中した。

 そこに大内が割って入る。


「なあ、中岡。お前は俺たちと一緒にこっちの世界に残って王家と神殿に仕返しをしたいって言ってたよな?」


「それは……」


 中岡と呼ばれた女生徒が口ごもる。

 しかし、大内の追撃は止まらない。


「ここが日本じゃないってことはこの一ヶ月で十分に分かっているはずだろ? 俺は、いまだにそんなことを言う甘ちゃんと一緒に行動するのはごめんだ」


 その一言で伊織に責めるような視線を向けていた生徒たちも意気消沈する。

 大内が皆に向けて言う。


「ハインズ市に入ったらある程度の人数でまとまって行動するようにしよう」


 渋々といった様子だったが彼の言葉に反対をする生徒は一人もいなかった。

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