65. Born to be wild 前編

『ワイバーン』とは、翼を持つ巨大な爬虫類はちゅうるいの姿をした怪物のこと。

 ドラゴンの下位種として位置づけられることが多く、空中からの攻撃を得意としている。

 そのカッコよさから人気が高く、シンボルとして旗などに描かれていたりもする。

 しかし…


◇◆◇◆◇◆


 マジックアイテム『オコタ』は、寒い季節に室内でだんを取る道具だ。

 魔法石の力で内部は暖かく、最大で四人同時に足を入れることができる。

 ていに言えばコタツのことだ。


「ふぁぁ、正月から食っちゃ寝の生活が続いてるねぇ」


「明日だ!アタシは明日から頑張る!だからオコタぁ」


「どうせ…やることもない…のんびりしよう…」


 なんてことだ、パーティー全員が魂を抜かれている。

 コタツの魔力に囚われていては、人間がダメになる。

 ここは俺がビシっとかつを入れてやらにゃ。


「らめらぁー、足がオコタから抜けないぃ。やる気はあるんだよ?でも体が言うことを聞いてくれないんだ」


 ズルズルとオコタと言う名の異空間に吸い込まれていく。

 最強のモンスターは、身近な所に潜んでいたというわけか。


「「ぬくぬく〜」」


「「ポカポカ〜」」


【パーティーは全滅した】



"フランキーのジム"


「ムァッハッハ!マッスルカウントダウンから、今帰ったぞ!筋肉と筋肉が弾け合う、エキサイティングなイベントであった!」


 威勢の良い声で現れたのは、このジムの本当の所有者であるフランキーだ。

 真冬だというのに、ビキニパンツ一丁という出で立ち。

 見ているこっちが震えてくる。


「あけおめナイスマッスルー。見ての通りオコタは満員だ。もう足を入れるスペースは無いぞ。そして俺達は動くことができない」


「ムァッハッハ!そんなことだろうと思ってね、キミタチにピッタシの上級クエストを持ってきたのだ!帰る途中に立ち寄った村がな、ワイバーンの脅威に困っているそうだ!正月ボケを解消するためにも、体を動かすがいい!」


 ワイバーンだと?ファンタジーでは名の知れたモンスターだ。

 ドラゴンほどでもないが、ネームバリューのある飛竜。

 このブランド力を持った相手を倒せば、ワーカーとしての名声も鰻登うなぎのぼりってなもんよ。


「良し!行くぞみんな!哀れな村人達を放ってはおけない。ワイバーンの討伐だ!」


「ムゥン!そういうことは、まずオコタから出てきてから宣言してはどうだ?ダラけすぎだぞキミタチ!」


 気持ちだけは突っ走ってるつもりなんだが、体が全く言うことを聞かない。

 悪い呪いにでもかかっているかのようだ。

 こうしている間にも、村はワイバーンに襲われているかも。


「とりあえず明日いこう。ワイバーンはとても強いモンスターのはずだ。今日のところは体を休めて、万全の体勢で戦おうじゃないか」


 パーティー全員が、うんうんと首を縦に振っている。

 オコタの上に置いてあるミカンを食べながら、再びダラダラが始まる。

 村人には悪いが、決戦は英気えいきやしなってからだ。


「ムァッハッハ!そう来ることは読んでいた!マッスルリバァァァス!!」


 あぁ、オコタが力技でひっくり返されてしまった。

 なんという筋肉、なんという非道。

 冬の寒さに震えながら、渋々とクエストに向かうパーティーなのであった。


【上級クエスト:ワイバーンの討伐】



"スキップ村"


 カラーズから、さほど遠くない場所に位置する村。

 特にこれといった産業もなく、平凡を絵に描いたような農村だ。

 他と変わった所と言えば、独特な伝統があるのだとか。


「ようこそスキップ村へ。わたしは村長、あなた方を歓迎しますぞ。そぉれスキップスキップらんらんらーん」


 軽快なステップで駆け回る村長。

 村の古い習慣で、スキップによって人とスキンシップを取るのだという。

 なんというか、陽気な風習を持つ村だ。


「さぁ、あなた方もどうぞ」


「え!俺達もやるのか?ええと、トールそういうの得意だろ」


「私!?うーんと、こうかな?スキップスキップらんらんらーん」


 さすが運動神経抜群、初見でスキップを見事に習得している。

 これでスキップ村での挨拶は上手くいったか。

 だが村長を見ると、次の人どうぞと言わんばかりの表情だ。


「やれやれ…スキップ…スキップ…らん…らん…」


 二番手のハーディアスも、難なくこなす。


「おぉ!これは素晴らしい。マスクで表情が見えませんが、ステップは完璧!」


 村長のテンションが上がっていく。

 あまり上手にするんじゃない、話が拗れなかねない。


「うぅ…アタシはスキップ苦手なんだよな。手と足が一緒になっちゃって…ええい!スキップスキップ!どへぇ!」


 プラリネの挑戦、しかし足が絡まり、こけてしまった。

 俺としては、こっちのほうが可愛くてポイント高いけど。


「いけませんなぁ。下手くそです。さて、大トリと参りますか?」


「いやいや、俺達はワイバーンを倒しにきたんだ。スキップなんてしてる場合じゃ…」


「スキップ……なんて?」


 村長の目から殺気が放たれる。

 いかん、こいつは狂信的なスキップ中毒者ジャンキーだ。


「それスキップスキップ、ららららーん」


 なんという屈辱。

 そもそもスキップって、足がどう動いているのかサッパリわからん。


「ふむふむ、全く楽しさが伝わってきませぬなぁ。こちらの二人は完璧、あなた方は動きが最早もはやアンデットときた」


 プラリネも顔を真っ赤にして悔しがっている。

 わかる、わかるぞ、お前の気持ち。


「とりあえず腹ごしらえといきますかな。歓迎の料理を用意しておりますで」


「わーい、ごっはんごっはん」


 料理と聞いて、スキップが加速するトール。

 村長に連れられ、食堂へと向かうのだった。



"スキップ村 食堂"


「ささ、シェフ自慢の美味しい料理でございます。たーんと召し上がってくださいませ」


 トールとハーディアスの前には、豪勢なオードブルが並んでいる。

 なぜか俺とプラリネだけは、席を分けられてしまった。

 テーブルの高さも、かなり低い。


 ガシャン!


「食え、下手くそども。スキップできない人間など、本来は飯を食う価値もないのだがな」


 冷や飯と硬そうな干し肉だけ。

 村長の態度が急に冷たい。

 スキップできない人への差別がひどすぎる。


「タスク、なんかアタシ…悪いことして捕まった気分なんだけど」


「大丈夫だ、俺が一緒にいるからな。きっと悪気は無いんだろうけど、あんまりだよな」


 そういえば、村人の中には、暗い表情で目立たないように歩く者もいた。

 おそらくはスキップが出来ない人は、差別や迫害を受けてきたのだろう。

 今の俺達のように。


「タスク、肉が硬くて歯が折れそう」


 干し肉をかじるプラリネは、すでに涙目になっている。

 スキップが出来ないだけで、これほどの仕打ち。

 この村には、根の深いスキップカーストが存在するようだ。


【スキップ至上主義を痛感した】

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