41. It doesn’t matter 後編

 ふと目を覚ますと、視界は一切の暗闇。

 まだ夜中か、本当に目を開けているのかさえ認識できない。

 体を起こそうとするも、何かにおさえつけられたかのように動けなかった。


「これって、金縛かなしばりってやつか?」


 心霊体験しんれいたいけんなんかで良く聞くが、実際にかかるのは初めてだ。

 意識はハッキリしているのに、体は脳の命令を聞かない。

 いったい、どうなっちまったんだ。


「すぅ...すぅ...すぅ......んにゅ...」


 やがて、闇に目がれはじめ、自分の上に何かが乗っかっていることに気付く。

 不気味にうごめく影、こいつは幽霊ゆうれいに違いない。

 何とか身をよじり、その影を確認すると。


「すぅ...すぅ...すぅ...はぅ...パパぁ...」


「な!......プラ」「タスク、しー!」


 声を上げる寸前で、トールに口をふさがれる。

 幽霊の正体は、猫のように丸まって眠るプラリネだった。


「大声出したら、チョコちゃん起きちゃうから」


 小声で耳打ちしてくるトール。

 どうやら、寝惚ねぼけたプラリネが、俺をベッドと勘違いしたらしい。

 ガッチリとしがみついているせいで、動けなかったのか。


「むにゃむにゃ......はみゅう......」


 うへぇ、ヨダレは勘弁してください。

 トールがベッドを指差し、運んでとジェスチャーしている。

 まったく、しょうがないな。


「よっ......こいせっと!」


 プラリネが起きてしまわないように、抱きかかえながら体を起こす。

 普段は生意気な14歳が、俺の腕の中でスヤスヤと寝息をたてている。


「こいつ、こんなに軽いのか。寝てる時は可愛いんだけどな...しょっと!」


 抱っこしたまま運び、ベッドへと下ろす。

 が、プラリネの両手は、俺の服を離さない。


「...嫌...やだぁ...パパ...行かないで...ふぇぇ」


 どんな夢見てんだよ、寝たまま泣いてる。

 無理やり引きがすわけにもいかないし。


「ありがとタスク、あとは任せて」


 トールが間に入り、優しくプラリネを抱きしめると。


「ふにゃあ...ママ......すぅ...すぅ...」


 プラリネの手から力が抜け、ようやく解放される。

 天才ショコラティエとは言え、まだまだ子供だ。

 親にも甘えたいだろうに。


 トールはきっと、良いお母さんになるだろう。

 お互いに、おやすみと目配せして、もう一度眠りについた。


【タスクは再び床に這いつくばった】



"政都 シュナウザー城"


 政都のど真ん中にドーンと構える王城。

 名前がやっぱり犬っぽいのが気になる。


「ウォッホン!カラーズから来たタスクだ。招かれたので通せください」


「おぉ、最近名が売れてるルーキーか。ジョブ『警備員けいびいん』のケビンだ。ようこそシュナウザー城へ」


 門番に王家の手紙を見せると、城の中へと案内された。

 城内には、壁に掛かった何かの旗や、剣を持った鎧などが並んでいる。

 一目で金がかかっていると分かる造りだ。


「ふふん、これは気持ちが良いな。王様から魔王討伐のために、100マニーとか渡されて旅立つシチュエーションだ」


「王様なのに100マニーしかくれないって、だいぶケチな妄想してるね?」


 トールにはRPGのロマンがわからないらしい。

 初めから甘やかされたら、序盤の敵が弱く見えちゃうだろ。


「おいおい、城の中じゃ静かにしててくれよ?後でお小言を言われちまうからな」


「すいやせーん」


「てへ、怒られちゃったね」


 ケビンに注意されながら、長い回廊かいろうを歩き続ける。

 行き着いたのは、大きな扉の前。

 衛兵えいへいが二人がかりで開き、中へと通された。



"シュナウザー城 謁見えっけんの間"


「よくぞ来た、カラーズのワーカーよ。謁見は家老かろうであるワシがおこなう。パーティーリーダーのみ中央へ進み、他は観覧席に着くがよい」


 偉そうな奴が、偉そうに指示をしやがる。

 これまでの功績は、仲間あってのものだというのに。

 仕方なくパーティーと別れ、広間の中央へと進む。


「王は、お前の話をご所望だ。昇級試験では悪魔を倒し、学術都市をドラゴンから守ったというのは、まことの話か?」


 いちいち偉そうなやっちゃな。

 その先に張られたカーテンに、何者かのシルエットが見える。

 王はそこいるのか。


「まぁ、おおむね合ってるか......俺達の話は、王じゃなくて、あんたに聞かせるのか?」


「本当に王に聞かせられるような話か確かめているのだ。お前のような駆け出しワーカーの話など、本来なら決して王の耳には届かん」


 うん、すっげぇ腹立つ。

 それ以上に、観覧席のトールの顔がマジで怖い。

 プラリネとハーディアスが抑えてはいるが。


「まぁいい、王への謁見を始める。頭を垂れ、平伏すが良い」


 こんなとこで、バカみたいにトラブルを起こすこともない。

 言われた通り片膝をつき、頭を下げる。


「聖王都バーナルドの君主!キャバリア・キングチャールズ・スパニエル陛下である。クーベに生きる者の頂点、お前たちの王だ!」


 カーテンがゆっくりと開かれていく。

 そして俺もゆっくりと立ち上がる。


「おい!王の御前おんまえであるぞ!何をしているのだ!」


 俺の動きを警戒したのか、カーテンが止まる。

 ギャイギャイと家老がうるせぇが、構うことはない。

 観覧席の仲間の下へと歩み寄る。


「どうしたのタスク?トイレに行きたくなった?」


「みんな、すまない。もう我慢の限界だ。もし、俺の身に何か起きたら、すぐに政都から脱出してカラーズに帰れ」


 振り向き、再び広間のに中央へと戻る。

 そう、我慢の限界...この胸の中のモヤモヤをブッ放すなら今だ。


「貴様!自分が何をしているのか、わかっているのか!?」


 青筋あおすじ立てて怒る家老。


「政都バーナルド、そしてシュナウザー城...ずっと抑えていたが、ここに来て進退窮しんたいきわまれりだ!」


 すぅ...っと息を吸い込み、カーテンの向こうへと視線を移す。


「キャバリア・キングチャールズ・スパニエルって犬の名前じゃねーか!!セントバーナードにミニチュアシュナウザーに、果ては王様に至るまで全部イッヌ!!お前ら、どんだけ犬が好きなんじゃい!!」


【全て実在する犬種の名称です】


 静寂に包まれる謁見の間。

 心の中でつもり積もったツッコミが爆発してしまった。

 やがて、何が起こったのかを理解し、周囲がザワつき始める


「ききき...キッサマー!!王に対して犬などと!!処せ!この礼儀知らずを処してしまえ!!」


 言うたった...ずっと腹の内に抱えてた事を言うたったぞ。

 ここが政都であろうと、相手が王であろうと、そんなの関係ない。

 俺は思っていることを、正直にぶっぱなしてやったんだ。


「アイツ!王様に喧嘩売るなんてバカなのか?」


「...何とも...スッキリした顔を...しているようだが...」


「アハハ、よっぽど溜まってたんだね。タスクらしいや」


 不安そうなプラリネとハーディアス。

 楽しそうに笑っているトール。

 我に帰る俺......やっちまった。


「その無礼な男を引っ捕らえろ!!」


【タスクは捕縛された】

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