第2話 紅月-2
駅から少し離れると、田園風景の真ん中に鬱蒼とした森が見えた。その横に古い大きな建物が見えた。由起子の足がその方向へ向いているのを察したイチローは、あれがお寺だと気づいた。由起子がいつもより無口だったことに違和感を感じながら、初めて踏み入れる土地にわくわくしていた。
花屋で買ったお供えの花を携えた由起子は、いつもより大人っぽく見え、イチローはますます違和感を感じざるを得なかった。
「どうしたの?」
そう訊ねる笑顔にすら素直に応じることができず、しどろもどろになって、別に、と辛うじて答えることができただけだった。
墓地に入ると由起子はほとんど迷うこともなくひとつの墓に辿り着いた。既にきれいに花が飾られていたそのお墓は、今日が命日だという由起子の言葉を裏付けているようだった。
由起子は荷物を脇に置くと、墓前にしゃがみこみそっと線香を取り出すと火をつけた。ふうんわりと香りが漂ってきて、イチローは懐かしさと緊張を覚えた。線香を祀り、既に飾られた花にそっと自分の持ってきた花を加えると、由起子は静かに手を合わせて拝んだ。目を閉じて一心に拝む姿に、イチローも座って手を合わせた。
イチローが顔を上げてもまだ由起子は目を閉じたまま拝んでいた。気詰まりな気持ちになりながら、その憂いを帯びた横顔に見とれてしまった。
すぅっと目を開けた由起子は、イチローの視線に気づいて振り向いた。イチローはどきりとしながら、由起子の目を、口元を、顔全体を見た。由起子はすっと笑みながら、
「ありがとう、一緒に拝んでくれて」と言った。
イチローは戸惑いながら、
「ん、いや…、勝手についてきたから…」とだけ答えた。
由起子は微笑みを浮かべたまま頷くと、また墓石を眺めた。その横顔が異常に淋しそうに、イチローには見えた。
「これ……、誰なの?」
冗談も言えないほど緊張したまま、訊ねると、由起子はかすかに緊張したような面持ちになった。しかし、目線は墓石から離していなかった。
「……大事な、人、だったの?」
恐る恐る訊ねると由起子の口許が緩んだ。微かに微笑んだ。そう思った瞬間、由起子は静かに答えた。
「あたしが、殺した人なの……」
―――え?
イチローの驚きは声にならなかった。
「驚いた?」
由起子は笑顔を見せてくれている。イチローにはそれが何故かよそよそしく見えた。
「で、でも……、殺したって……」
「殺したって言っても、殺人じゃないけどね。殺人なら…、あたし、今頃刑務所にいるわね」
「じゃあ……」
「訊きたい?」
その表情は冷たく、哀しくもあり、淋しくもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます