激戦

 音速に迫る勢いで突撃したクトーラに対し、ハースが取った行動は『構え』だった。

 どっしりとした二本足で大地を踏み、胴体とほぼ変わらない太さの尻尾を地面に叩き付ける。小規模な地震が起きるほどの打撃により、その身は地面に少なからず埋もれた。

 そして大きく両腕を広げて、クトーラを待ち構える。

 このまま進めばハースの構えた胸元に、クトーラはみすみす飛び込む。相手の思惑通りの行動であるが、果たしてそれで良いのか?

 何も問題はない。

 ここで組み合わないと、戦いの面白味がなくなってしまうではないか!


【シュオオオオッ!】


 戦略でもなんでもなく、ただ楽しいというだけの理由で、クトーラはハースの胸に頭から激突する! その衝撃の大きさは、撒き散らされた衝撃波により付近のビルが崩れた事からも察せられる。

 だがクトーラは怯まない。彼の身体の表面には無敵の電磁防壁が展開されているのだから。核攻撃すら難なく耐える壁に、高々体当たりの衝撃が防げない筈もない。

 そしてハースの身体にも、『特別な守り』が存在している。

 クトーラが激突した瞬間、ハースの身体から『ガス』が噴出。激突したクトーラの身体を押し返し、衝撃を緩和したのだ。このガスはハースが呼吸により取り込んだ空気を体内で加工し、高圧縮した状態で岩状の表皮に溜め込んだもの。表皮がなんらかの刺激を受けると表皮が凹み、その勢いで噴出するという仕組みだ。

 名付けるならば、空気防壁だろうか。

 この噴出したガスは勢いは凄まじく、クトーラの体当たりは勿論、人間が繰り出す核爆発の威力も押し返す事が出来る。息をしている限りハースの身体は常にガスを生成するため、余程連続的かつ強力な攻撃をしない限りガスが尽きる事はない。加えて、クトーラが纏う電磁防壁が常に最大出力なのに対し、空気防壁は攻撃押してくる力の強さによって出力が調整される。常に過不足ない出力で防御するため、エネルギー効率が良い。つまりスタミナに優れるという訳だ。

 何億年も前の情報であるが、かつての宿敵の『強み』をクトーラは未だ覚えている。持久戦に持ち込まれたなら、自分に勝ち目はないだろう。

 しかし策はある。空気防壁は表皮内のガスがあるから展開出来るもの。そしてこのガスは打撃により目減りするため、呼吸による補充が欠かせない。

 なら、呼吸をさせなければ良いのだ。


【シュゥオッ!】


 体当たりの直後、クトーラは六本の腕を広げ、ハースに巻き付ける。

 触腕二本はハースの首を締め上げ、一本は口に巻き付いた。空気防壁のもう一つの弱点として、ガスの補充に多少時間が掛かるため、締め付けなど持続的な攻撃を受けると弱い攻撃でもガスが枯渇しやすい。しかも補充される空気は表皮の隙間に入る形になるので、押されて凹んだ状態の皮膚には少しのガスしか入らない。

 締め上げる攻撃をすれば、比較的簡単にガスを無効化出来る。クトーラの細長い触腕はそうした攻撃をするのに向いていた。ハースの首と顎の守りは少しずつ弱まり、じわじわと締め付けていく。気道が狭まれば息が弱くなり、ガスの回復力も落ちていく。勿論、窒息そのものもハースを弱らせる要因だ。 

 残る三本の触腕のうち、二本はハースの腕に巻き付いた。振り解こうとする動きを阻むためだ。最後の一本はハースの身体を殴るのに使う。一撃与える度、表皮からガスが抜けていく。

 窒息死させるも良し、ガスが尽きて無防備になった身体を引き千切るも良し。どうあれこのままいけばクトーラの勝利だ。

 と、簡単に事が進めば良いのだが、強敵ハースはそれをみすみす許すような真似はしない。


【フィ……ギ……ィアァッ……!】


 ハースは腕を上げる。クトーラが束縛していたが、ハースの腕はクトーラの触腕よりも遥かに太い。高々一本分の力では、動きを鈍らせるのが限度だ。

 まずハースが掴んだのは口に巻き付く触腕。がっしりと巻き付くそれを、両手の力で引き剥がす。クトーラも必死に巻き付こうとするが、パワーではハースの方が上だ。クトーラの触腕は口から無理やり解かれてしまう。

 そして口に巻き付いていた一本の触腕を、ハースは両腕で引っ張り出す。

 何をするつもりなのかは明白。クトーラはすぐに触腕を引っ込めようとしたが、掴まれた状態ではどうにもならない。


【フィィィッ……!】


 更にハースは力強く、クトーラの触腕を握ってきた。

 クトーラの触腕は電磁防壁に守られている。核の炎だろうと、その身に傷を付ける事すら叶わない。

 だがハース族は、この守りの破り方を知っている。

 電磁防壁は特定周波数帯の電磁波を、幾重にも纏う事で展開している。電磁波そのものがあらゆる攻撃を防ぐ鎧。殴ったり熱したり光線を撃ち込んだりして、電磁波が消えるだろうか? 無論、消えない。故に無敵の守りなのだ。

 しかしこれは言い換えれば、電磁波を部分的にでも消されると強度が大きく落ちてしまう。束ねた電磁波が強いのであり、ただの電磁波に物体を止めるほどの力はないのだから。

 無論、クトーラもその弱点は自覚している。そして電磁波消失を実行するのは極めて難しい事も。外から電磁波を浴びせた程度で揺らぐものではなく、雷が直撃しても大した影響は出ない。肉体を形作る十二垓個の細胞が個々に発電しているため、平均化された電磁波には『揺らぎ』すら生じない状態だ。十万発の核弾頭で数日間絶え間なく攻撃しようと、電磁防壁はビクともしない。

 しかしハースの指先は違う。電磁防壁に

を掴んだその手は、電磁波そのものをしていく。

 これは体質的なものであり、ハース族の特徴である。そして吸収された分、電磁防壁にハースの指は喰い込む。食い込めばまた億の電磁波を吸収し、更に食い込んでいく……

 電磁防壁の内側に達すれば、そこにあるのはただの肉だ。確かにミサイル程度であれば耐える強度はあるが、『同格』の相手の力をもろに受けて耐えられるほどではない。


【フィアアアアアアアッ!】


 一際大きな叫びと共に、ハースはクトーラの触腕を一気に引っ張る!

 クトーラは力を込めて抗おうとしたが、ハースの力には敵わず……触腕の一本を引き千切られてしまった。


【シュギッ……!?】


 走る激痛に、クトーラは呻きを漏らす。腕を千切られたのだ、大抵の生物にとっては身動きすら出来なくなるほどの激痛が走るだろう。

 だが、クトーラ族は違う。

 クトーラ族にとって触腕は再生可能な部位だ。少々時間は必要だが、必ず元の姿に戻る。それ故に痛覚は僅かしかない。クトーラの呻きも、数億年ぶりの痛みを少々大袈裟に感じただけ。

 そして大して痛くもないなら、反撃も即座に行える。


【シュアアアアアアアッ!】


 クトーラは痛みで仰け反るフリをしながら距離を取るや、残る五本の触腕を束ねて――――力強く振るう!

 更に触腕から磁力を放出。身体で生じている磁力との反発を利用して加速し、ハースの下顎に触腕を叩き込む!

 ハースの顔面も空気防壁で守られている。だが渾身の一撃は、ハースの顔に溜め込まれた空気だけでは耐えられない威力を生み出した。頭に走った衝撃でハースの顔は仰け反り、浮かんだ拍子に転ばないよう着地に意識が向く。

 その隙をクトーラは見逃さない。束ねていた触腕を解き、全身の細胞から生み出した電気を集めていく。宿敵ハースはクトーラが何をするつもりか気付いたようだが、崩れた体勢から攻撃に転じるまで僅かに時間が掛かる。精々一〜二秒だが、それだけあれば十分。

 クトーラは渾身の力を溜め込んだ五本の触腕から、高出力金属元素砲を撃った!

 亜光速で飛翔する高エネルギー元素。これを躱す事など、いくらクトーラに匹敵する身体能力の生物でも出来やしない。ハースの胸部に光が照射され、大気の膨張圧により噴出した濃密なガスがこれを受け止める。光そのものの直撃は避けたが、ガスと金属元素の激突による核分裂はどうにもならない。至近距離で生じた核爆発により、ハースの身体は何百メートルと吹き飛ばされた。


【フィ、ギィイ……!】


 空気防壁により無傷で耐えたハースはなんとか立ち上がろうとしたが、どっしりとした身体は転がった際の復帰には不向き。四肢をバタつかせるも中々立てない。

 クトーラはそこで容赦などせず、高出力金属元素砲を転がるハースに向けて撃ち続ける。ハースが展開する空気防壁により、高出力金属元素砲はハースの手前で炸裂。ハースは直撃こそ避け続けていたが、核爆発の衝撃で大量のガスを消費している。

 また爆発時に生じたプラズマが周りの空気を吹き飛ばしており、呼吸によるガスの回復も妨げていた。窒息ほど完璧ではないが、しかし圧倒的力による『暴力』は抵抗のチャンスそのものを与えない。


【シュオオオオオオオオンッ!】


 このまま嬲り殺しにしてくれる――――クトーラの叫びを意訳すればこうなる。

 だが、その叫びが現実になる事はない。クトーラ自身すら、あり得ないと考えていた。

 こんなやり方で勝てるほど、ハース族は甘くない。


【フィイアアァァァ……!】


 繰り返される爆炎の中で、ハースの呻きが響く。爆発音の方が遥かに大きく、ハースの声は掻き消えていたが……炎の奥底で高まる『力』をクトーラは察知していた。

 クトーラには見えない。だが三億年以上前の経験から、何が起きるかは知っている。それに備えて電磁防壁の出力を高めた、瞬間、ハースは行動を起こす。

 体表面に溜め込んだガスを逆流させ、口内で凝縮。大気圧の数万倍にも圧縮された空気は熱を持ち、プラズマへと変化する。ハースの口内はガスで保護されているが、涎などが沸騰して口からぶすぶすと白煙が昇り出す。

 そして溜め込んだプラズマ化した空気を、一気に吐き出した。

 吐き出された空気、否、プラズマは周辺大気を巻き込みながら膨張・加速。発射一秒で秒速二十キロもの速さに達し、目標クトーラに着弾する。プラズマは物理的衝撃により崩壊し、内部に保持されていた、特に高温高圧の部分を外に曝け出す。

 その瞬間、空気は火薬庫と化した。

 炸裂したプラズマに反応し、空気分子が崩壊する。崩壊時には質量の一部が熱へと変化し、新たなプラズマの燃料となる。それが連鎖反応的に続き、半径五百メートルに達する超巨大なプラズマ現象を引き起こす。

 これがハース族の得意技・プラズマキャノンだ。


【シュ、ゥウギュウゥ……!】


 プラズマキャノンの直撃を受けたクトーラは、その衝撃で数キロとふっ飛ばされた。ここまで離れるとビル街はまだ無事で、クトーラはそれら巨大建造物に激突。何十というビルを突き破り、爆撃染みた土埃を舞い上げながら転がっていく。

 電磁防壁を最大出力で展開していたが、それでも衝撃を。プラズマキャノンの効果範囲は半径五百メートルほどしかないが、その圏内での破壊力は核兵器を大きく上回る。無敵の電磁防壁を純粋な力で追い詰められるのは、クトーラが知る限りハース族だけだ。

 クトーラの体勢が崩れた事で、ハースに浴びせられていた高出力金属元素砲も逸れる。ハースはこの隙に立ち上がり、大地を二本足で踏み締めた。そして爆炎の中から姿を現す。

 度重なる高出力金属元素砲により、ハースの胸部は僅かに焼け爛れていた。空気防壁で身を守っていたが、熱を遮断しきれず火傷を負ったのである。とはいえ少し表面が焼けた程度で、戦闘に支障はあるまい。

 クトーラもビルの残骸を吹き飛ばしながら空中に浮かび上がって、再びハースの方へと向く。千切れた触腕は再生を始めており、既に断面は丸みを帯びている。ただし機能が完全に戻るのは、もう少し後になるだろうが。傷を治した分体力も減っている。

 戦いは仕切り直し。しかし進展は僅かながらにある。人間の文明相手には傷一つ負わなかった両者は、互いの攻撃により少しずつ傷を増やしている状態だ。同時に、闘争心も強めていく。

 戦いはここからが本番。クトーラはそう考え、全身の力を高めていく。

 だが、それはハースも同じ事。

 ハース族の厄介な力が、間もなく発動しようとしていた――――

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