第三章 ちょっと待て、そんな展開は聞いてない!
ちょっと待て、そんな展開は聞いてない! 1
衝撃と混乱の入学式から、早二週間が過ぎた。
ケラスとレスペレーザはそれぞれ、生徒教師関係なく、さまざまな思惑の者たちに囲まれて日々忙しそうにしていた。
それとは別の意味で忙しくしていたのが、セドニアだった。
「交流のきっかけがないうちは、表立ってこのメンツで集まれないでしょ? だからなんかあったらアタシを通してね!」
先日の密会で最後にそう宣言した彼はその通り、『顔の広いセドニアなら誰と話していてもおかしくない』という状況を作るべく、学園中を走り回っている。
もっとも、その手には家族に持たされたらしい商品カタログがあったので、どっちがついでかは分からないが。
その中には嫌がるネルンの姿もあったわけだが、目下のところ彼の悩みは違うところにあった。
「ネルン様〜! 今日こそは私を食べてくれますよね! 男の方は大きいお胸が好きと聞きました! ほら見てください、頑張ったんですよ!」
「ランチセットひとつ。メインは肉で」
「また⁉ どうして毎日毎日私が作ったお弁当を食べてくれないんですか!」
「今のを聞いてイエスと言う奴はただの変態だからだ」
「まあ! ネルン様は変態ではありません、私の愛しい婚約者です!」
「オレが変態じゃねえのはオレが一番知ってるし、お前の婚約者ではねえ。絶妙に返しづらいのヤメロ。あと、オレは今日胸肉の唐揚げじゃなくてハンバーグの気分だ」
「もお〜〜‼」
ツインテールの小柄な少女が両手でネルンの背中……腰を叩いている。
言葉がどこか足りない少女のセリフに最初は大騒ぎになったものの、今ではみんな慣れてしまって総スルー状態だ。たんに関わりたくなくて、一線引いているとも言う。
名をリナリア=メルセンヌという彼女は、飛び級で入学してきた才女であり、自称ネルンの婚約者だった。正確に言うと、かつて婚約者だったのを解消したというのがネルンで、まだ解消されてないというのがリナリアだった。
ルビアは偶然にも、二人の再会を目撃していた。
ある日の休み時間、ルビアは階段を上っているネルンを見かけた。わざわざ声をかける理由もなかったのでそのまま廊下を歩いていこうとしたそのとき、
「やっと見つけましたネルン様〜〜!」
そんな高い声とともに彼女が上から落ちてきたのだ。
「はっ⁉」
とっさに受け止めたものの、勢いと角度が悪かった。ネルンの大きな体がぐらりと後ろに傾く。
「えええええええええ⁉」
受け止めなきゃ、いや無理、人呼ばなきゃ、という動揺でワタワタと両腕を振り回すルビアだったが、かろうじてネルンが耐えてみせたので、ほっと胸を撫で下ろす。
「……っ、おいテメエ!、何のつもりだ危ねえ「ああ、よかった! やっと会えましたネルン様!」…………まさか、リナリア、か?」
呆然と確かめれば、彼女はとても嬉しそうに笑った。
「はい、そうです! よかった、覚えていてくれたんですね!」
「いや、覚えてくれてたんですねじゃねーわ! 何してんだよ危ねーだろうが!」
「だってあなたを見つけたからつい……」
「つい、じゃねえ! オレが受け止められなかったらどうする気だ! ああ、いや違う、まずなんでテメエがここにいんだよ。オレより年下だったよな⁉」
「はい、飛び級してきました! 少しでも早くあなたをお助けできるように!」
「は? オレのっ……」
ネルンはハッとした表情で口を噤むと、首に腕を回してしがみついてくるリナリアを乱暴に降ろして立ち去ろうとした。ちなみにそれまでずっと彼女の足は宙ぶらりんだった。
「ああ、もういい。オレに助けは必要ねえ。お前ももうオレとは関係ないんだからほっとけ」
理由はルビアたちに対するものと同じだろう。
それでも大事な友人であることには変わりないので、全く関わりをゼロにするつもりはルビアたちにもない。だが新しい環境に自分たちが慣れることも必要であり、今は慎重に、様子を見つつ、という状態だった。
だが彼女はそんなことなかった。なぜなら生まれも育ちもこの世界であり、ネルンのことだけを考えて生きてきたからだ。
「どうしてそんなひどいことを言うんですか⁉ 私にあんなことやこんなことをしておいて、今さらほっとけだなんてあんまりです!」
「何の話だっ⁉ つか力強っ! ズボン脱げる!」
リナリアはネルンの腰に縋りつき、いやいやと首を振る。
「私、あなたに満足してもらえるようにイロイロ勉強してきたんです! だから安心して身を委ねてください!」
「ホントに何の話だ⁉」
「もうあなたなしでは生きられない体になってしまったんです。だから私のこと、好きにしてください! お金ならたくさん用意しました!」
「意味分からん上に誤解を加速させんなっ!」
漫才もかくやという二人のやりとりを聞いて、
(時間もないし、見なかったことにしよう)
ルビアはスッと目を逸らすと、今度こそ教室に向かって歩いていった。
「おいっ、ちょ、待て! こいつなんとかしてくれって! おいっっっ!」
その日の放課後、リナリアを振り切ったらしいネルンはセドニアの家でこう漏らした。
「リナリアん家は運送業をやってたんだよ。で、流通ルートが欲しかった親父がごろつき雇って脅したり、あと勝手にオレと婚約させてあいつを連れて来たりして言うこと聞かせてたんだ。いわゆる人質だな。だから恨まれこそすれ、助けにきましたとか言われる理由が分からん。後半は本当に何を言われてんのか分からん」
「まあ普通に考えて、怖い悪い人たちの中で唯一優しくしてくれた方に恩義を感じてってことではなくて?」
「オレん家にいる間はできる限り気を使ったつもりだけど、そんな優しくした覚えはねえぞ。告発直前に家に帰らせたときも、婚約破棄の書類を持たせたはずなんだが」
「それは相手の受け取り方次第でしょ。ただまあ勉強したっていうのもお金ならあるっていうのも嘘じゃないんじゃない? だってメルセンヌ家って、メルシー郵便のところでしょ?
メルシー郵便。ここ数年で爆発的に利用者を増やした郵便会社だ。
「たしかめちゃくちゃ軽い木で荷台を作って、馬と繋いだそれをさらに浮遊の魔法で浮かせてるから、馬の負担が減って倍速ぐらいの速さで走れるんだとか。おかげで上級貴族御用達の速達便と同じ速さで手紙が届くらしいじゃない。それで値段は今までと変わらずじゃ、みんな使うに決まってるわよね〜。メールなんてないから商談のやりとりだって全部手紙だもの」
「車輪もないから極端な話、馬が通れれば荒れ地でもぬかるみでも問題ないそうね。浮遊の魔法をかけ続けないといけないから、運び手の負担が大きいし人も選ぶところが問題かしら」
「つまりアイツが入学してきたのは、ルビアと同じ技術改良が目的のパターンか……。それならそれで、オレのことなんか放っとけばいいのによ……」
頭を抱えるネルンに、完全他人事のセドニアは楽しそうだ。
「だ、か、ら〜。昔私に優しくしてくれた王子様が辛い目に遭ってるなら今度は私が助けてあげなきゃってことでしょ〜。このニブチン!」
「婚約関係の書類って出すとこ出さないと効力を発揮しないから、あなたが持たせたっていうやつももしかしたら提出されてないんじゃないかしら。だとしたら、まだ二人は書類上は婚約者。あなたが助けを求めてもおかしくないと思うけど?」
「いらねーよ……。後見人のじいさんは何するにしても取引って形にしてくれるから分かりやすいけど、アイツに麦買ってくれっつったら「はいどーぞ」って感じじゃねえか。いらねー! どうしたらいいか分かんねーからいらねー!」
「面倒なやっちゃなお前……」
そんな会話をしてから、さてどうするかと思えば根比べ勝負になったようだ。余計な面倒に関わりたくないルビアは、遠くから二人を生暖かい目で見守ることにしている。
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