これが噂の異世界転生ってやつか!? 9


 声が掠れてしまうほど大勢の質問に答えたルビアは、一山こえて気が緩んだのもあってか、翌日は熱を出してしまった。


 それも下がって落ち着いた頃、ルビアはカーネル・トゥルニエ子爵の呼び出しを受ける。


 「失礼いたしますわ、お父様」


 「ああ、来たね。まあ座りなさい」


 「はい」


 勧められるまま父自慢のソファへ腰をおろしたものの、いつにも増して父の気配に気迫というか、緊張感のようなものを感じて、居心地はよくなかった。


 (え~、わたくしなんかしましたっけ? 何かあるとすればあのお披露目会でしょうけど、まさか何か失敗を? ケンカは誰にも売ってないし、売られてないはず……)


 「ルビア」


 執務椅子に腰掛けたまま厳かに名を呼ばれ、心臓がさらに大きく音を立てた。



 「アストラム学園へ行ってみないか?」



 「……へ?」


 予想外すぎて、思わず素の反応がでた。


 アストラム学園。王都にそびえる国内最高峰の教育機関にして、特に魔法研究に秀でた研究機関でもある。


 「わ、わたくしが、アストラム学園、に? え、あの、それは……いったい……?」


 現在この国では、貴族の子どもが学校に通うのは絶対ではない。事実、ルビアもずっと勉強はフィラムをはじめとする家庭教師たちに習ってきた。


 強いていえば、長男には家庭教師をつけて領地で学ばせ、それより下は学校へやるという家が多いかもしれない。だがそれも、強いていえば、だ。


 「実はお前に内緒で、アストラム学園の理事長殿へ招待状を送っていたんだ。実際に来られたのは、引退された元理事長のアザレス殿だったんだが。ほら、紫色のローブを着たモノクルの男性がいただろ? あの方だよ」


 (紫ってええええええ⁉ いっちゃん失礼な態度とってもうたじいさんやんけ⁉)


 覚えがあった分、つい頭を抱えたくなってしまった。


 『まだ若いのに、たいした発想力と実行力をお持ちのようだ。これが本当に完成し、運用が安定すれば、きっと誰もが欲しがるでしょうな。この地の未来は明るくて、まったく羨ましい限りですぞ』


 目が何かを探り、狙っているように見えたのがダメだったのか。


 それとも、完成するはずがないとバカにしているように聞こえたのが気に入らなかったのか。


 『お褒めに預かり光栄ですわ。わたくしとしましても、一刻も早くこの通報網を完成させ、安心できる運用実績を作り、みなさまにお伝えし、この国のために広く使っていただきたいと思っていますの』


 わざとゆっくり、言葉の端々に力を込めて「いいから黙って見てろや」という圧をかけたのだった。


 (あ、あれはケンカを売ったのでもなく、買ったのでもなく、そう! 開発にかけるわたくしの純粋な思いを理解していただきたいという意味的なアレで……セーフ! 絶対セーフですわ!)


 さて、これをどう子爵に伝えようかとまごついていると、


 「アザレス殿はたいそう感心されていたよ。独占すれば大きな利益を生む技術であるにも関わらず、その気はまったくないようだ、とね」


 (ん?)


 どうやら話は思ったものとは違う方へ転がったようだ。


 (まあよく考えれば、わたくしに学園へ来いと言っているのだから、怒ってはいないでしょうけれど、なんだってそんなお話に?)


 困惑がよほど分かりやすく顔に出ていたのか、子爵は苦笑混じりで教えてくれた。


 「この緊急通報網は、改良と応用の仕方によっては、世界が大きく変わるものになるかもしれない。たとえば国境で不穏な動きがあったとき、狼煙よりも目立たず、伝書や早馬よりも速く、兵を呼び寄せることができる。

 たとえば今年は南の方で麦が不作だと分かれば、北は高く売って儲けることができる。この情報は、当事者間で決めた合図さえ漏れなければ、他者に知られず独占できるというメリットもあるだろう。

 そういうことを可能にするからこそ、この通報網自体の価値も高い。だがお前は今回、できるだけたくさん人を集めて公表したいと言ったね」


 「ええ、だって物を改良するには、できるだけ多くの人の知恵と試行錯誤がある方がいいですもの」


 「だが、誰もが知るということは、そのぶん悪用される可能性もある」


 「そんなものは使う側のリテラ、倫理の問題ですわ。包丁だって、料理に使うのが普通ですけれど、人だって殺せる、それと一緒ですわ。

 わたくしはこの緊急通報システ、緊急通報網を人々を助けるために使いたいと思って作りましたし、そう願っていますけど、悪いことを思いつく人はいつでもどこでも何ででも思いつきますわ」


 そして首を傾げる。


 「……こういうお話は最初の頃にたっぷりしたはずですけれど」


 「私たちは、ね。アザレス殿には初めて聞くことだ。今と同じことをあの方にもお伝えしたんだろ?」


 「え、ええ……」


 頷きながら、心の中でこっそり目を逸らした。


 (『とはいえ、我が国の正義と情熱と良識ある人々であれば、そんな心配は無用かと思いますわ~』なんてイヤミも言いましたわね、そういえば……。あ、意外とやらかしてる?)


 子爵は、娘のそんな冷や汗には気づかなかったようだ。


 「アザレス殿はお前の発想力や実行力だけでなく、無欲さや高潔さを評価し、アストラム学園への入学を推薦すると仰ってくださった。もちろん、勅命でもなし、お前が嫌だというならその意志を尊重しよう。だが、こんな機会はそうあることではないと、私は思う」 


 期待や信頼、あるいは不安や心配。この国の貴族として、一人の父として、色々言いたいことはあるのだろうが、それ以上彼は何も言わなかった。


 「ルビア、アストラム学園へ行く気はないかい?」


 ただ一言、もう一度問うただけだった。


 だからルビアも、一言で答えた。


 「もちろん、喜んで参りますわ、お父様。こんな機会、めったにありませんもの」


 社交界での評判がそのまま家の繁栄に繋がると言っても過言ではないこの世界。もとより断るという選択肢がないことは、ルビアもよく分かっていた。


 もちろん、カーネルに言った言葉も嘘ではない。さらなる未知の魔法と出会い、ものにしてやろうという下心がほとんどだが。


 「……そうか、分かった。そのように返事をしておこう」


 「ええ、よろしくお願いしますわ。しっかり学んで、もっと色んなことができるようにがんばってきますわね!」


 「ああ……。楽しみにしているよ」


 立派な娘の姿に思わず涙が出そうになった子爵は知らない。


 (いくらなんでも急すぎだけどラッキー! さすがに田舎に飽きていたとこなのよッ! 都会万歳ッッッ‼)


 現代っ子の全力の叫びを、子爵は知らない。



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