これが噂の異世界転生ってやつか!? 5


 その日は、秋晴れの気持ちの良い日だった。


 「おねーさまー!」


 ふわふわの赤毛を揺らして、扉が開くと同時に小さな女の子が駆け寄ってきた。


 「久しぶりね、リリス。元気そうでなによりだわ。ステラ叔母様もお変わりないようで、安心いたしました」


 「あなたも元気そうでよかったわ、ルビア。今日はお招きありがとう。ところで、お兄様とお義姉様は……?」


 「……ここ数日、書斎の模様替えに夢中になっていまして」


 「まあ。さては、また家具を買ったのね」


 ステラ=A=ルベル子爵夫人は、コロコロと楽しそうな笑い声を上げた。


 ルベル子爵は隣の領地を治める貴族で、元々親交が深かったのだが、カーネルの妹であるステラが嫁いでからは、より互いの領地を行き来することが増えた。


 「ねえ、お姉様。大宴会で王都に行ってきたのでしょう? お話を聞かせてくださいな」


 「もちろんよ。そうそう、王都でとてもかわいい文房具セットを見つけたから、あなたへのお土産に買ってきたの。大事に使ってもらえると嬉しいわ」


 「うわぁ~~! 本当、すっごくかわいい! お兄様なんて、いつもぬいぐるみかお菓子しかくれないのに。さすが、センスがいいわ! ありがとうお姉様、大好きっ」


 ルベル家の長男はルビアよりも年上で、年が離れすぎていることもあってか、リリスは同性のルビアによく懐いていた。


 (よっし! 小学生んときの女子の会話を思い出したオレ、グッジョブ!)


 ただし、リリスを抱きとめる内心では全力ガッツポーズを決めていたので、実はあまりカッコよくはない。


 「さあ、先にお庭の方へどうぞ。両親もじきに参ると思いますわ」


 「そうさせてもらうわね。あら? 少しレイアウトを変えたのかしら。前までは見なかった花が」


 「え、ええ。珍しい花が手に入ったとかで……オホホ……」


 まさか自分が魔法で破壊したからとは言えず、ごにょごにょと笑ってごまかす。


 「ねえねえっ、それで? 王都はどんなところだったの、お姉様っ」


 「ええ、それはそれは素晴らしいところだったわ。どこも道は綺麗に舗装されていたし、花やパンのいい匂いがあちこちからしていてね。なにより行き交う人の数が多くてみんなおしゃれ! 建物もすごく高くて……ずっと圧倒されていたわ」


 「へぇ~~!」


 (……思い出すと自領うちとの落差ヤバくて悲しなってくんだけどなあ)


 従妹のキラキラとした視線を受け止めつつ肩が落ちた、そのとき。


 グラグラッ!


 地面が揺れた。


 「きゃっ⁉」


 「地震⁉ 叔母様、リリス、テーブルの下へ!」


 戸惑う二人をティーテーブルの下へ押し込み、自分も空いているスペースへ体を滑り込ませる。五人で使う予定だったので、一番大きなテーブルが用意されていたのが幸いだった。


 ガチャンッと音を立てて、ティーポットが地面に落ちて割れる。


 「ヒッ……。お母様ぁ……」


 「大丈夫よ、リリス。落ち着いて……」


 (うわっ、これ意外とでかくね? みんな大丈夫か……)


 体感では数分にも及ぶ揺れに耐える。


 揺れが収まり、そろそろとテーブルの下から這い出たところで、使用人たちと一緒にトゥルニエ子爵が駆けてきた。


 「ルビア! ステラとリリスも。怪我はないかい?」


 「ええ、お父様」


 「私たちもなんとか……」


 リリスはすっかり怯えてしまい、涙目のままステラから離れない。ステラも、まだ立ち上がれないでいた。二人は使用人に任せ、ルビアは姿を見せなかった母が心配だった。


 「お父様。お母様はどうなさったのですか?」


 「ああ。ロゼッタは揺れに驚いて転んでしまってね。グレースに手当をしてもらっているよ。でも、擦り傷程度だから安心しなさい」


 「ああ、よかった……。それで、震源地と震度は?」


 「は?」


 「え?」


 まさか聞き返されるとは思わず、お互い何を言っているんだという顔で見つめあう。


 「え、えっと、震源地と震度です。地震が発生した場所と、各地がどれくらい揺れたのかという……」


 「シンゲ……? すまないが、私には聞き覚えがないから分からないな」


 「そ、そうですか……」


 と答えるしかできなかったが、心の中では「地震速報ッッ!」と頭を抱えていた。まあよくよく考えれば、当たり前とも言えるのだが。


 (科学っつーか、電化製品っぽいもの一個もないもんな……。でも、てっきり魔法かなんかで調べられると思ってた……。この感じやと、そもそも震源地とか震度っていう概念すらないんやろな。えーっと、じゃあどうしたらええんや?)


 なんともいえない顔で黙ってしまった娘を見て、まだ恐怖が残っているのだと思った子爵は、膝をついて目線をあわせた。


 「そういえばルビアは初めてだったか。で、十年に一度ぐらいの頻度で起こるものなんだ。だから、そんなに怖い顔をしなくても大丈夫だよ」


 安心させようとしてくれるのは分かる、だが。


 (なんっっじゃそりゃ⁉ 震度どころか地震っつー言葉すらないんか! 防災観念ゼロかよッ!)


 喉まででかかったツッコミを、なんとか飲み込む。


 「えーっと。そ……うだったのですね。では、どうやって各地の被害状況をお調べになっているのですか? 救助の人手や救援物資を手配しなくてはならないかもしれませんよね」


 気をとり直し、手を繋いで屋敷の中へ戻りながら、父の顔を見上げた。


 「? そうだね。けっこう大きな揺れだったから、小麦を貯蔵している倉庫が壊れたところがあるかもしれない。その場合、申し出れば減税の措置をとるし、他の倉庫の余剰分を回すことになるかな」


 「? そんな仕組みがあるのですね。それで、各地の被害はどうなっているのでしょう。遠視の魔法とかで把握されてるのですか? 手紙や報告書はいつも早馬で届きますが、それどころではないかもしれません。こちらからの働きかけは……」


 「? 我が領は冬になると雪で人の往来が難しくなるから、国へ報告する春の決算期の前に、ある程度まとめておく必要がある。だから報告がなかったところに人を派遣しているのは、ルビアも知っているだろう?」


 「えっと……?」


 知らず、ルビアの足は止まってしまった。子爵も立ち止まって、心配そうにルビアを見下ろす。


 (…………話が、通じてない?)


 スッと背筋が寒くなった。


 「あ、あの、お父様。わたくしは、今すぐ救助のための人手を被災地に送らなくていいのかと聞いているのです。あと、食料や毛布などの救援物資も。例年のように各町からの報告を待っていたのでは遅すぎます! 

 さっきの揺れで、倒壊した家屋の下敷きになったり、火災が発生して巻き込まれたりしている人がいるかもしれないんですよ? 地割れや地滑りに巻き込まれたとか。それに、本格的な冬が来る前に避難所を開設して、家を失くした人たちの生活を保証してあげないと!」


 訴えが響いていないのは、困ったように眉を下げる表情で分かった。


 「うーん……。そういうのは、町長がやるんじゃないかな。どこに何があってどんな人が住んでいるのかということは、私よりも彼らの方が知っているからね」


 それはそうだろう。それはそうだろうけれど!


 「では、ではお父様は何もなさらないおつもりですかっ? 救助も救援も……お父様は領主でしょう! なのに、何もするつもりがないというのですかっ⁉」



 「そう……だね。今までしたことはないし、誰かがそうしたという話も聞いたことがないからね」



 それが限界だった。


 「~~~~わたくし、ちょっと見回りにいってきますわ!」


 「えっ⁉ ちょ、ちょっと待ちなさい、ルビア!」


 子爵の制止を振り切って、ルビアは厩舎まで駆けると愛馬に乗って飛び出した。


 (領主は知事みたいなもんやろ? 一部の市にしか被害が出てへんからって、知事が何もしてへんなんてありえへんやろ! 情報収集して、場合によっては自衛隊に連絡とか、国に補助金の申請とか、なんか、なんかやっとったやろ!)


 神崎アカネは、ボランティア活動に参加したことはない。薄情なことに、テレビを見て大変だと言うだけの人間だった。自身が被災したことも、即死した大災害以外にない。


 だが、ルビア=S=トゥルニエは、将来領主としてこの地を治めなければならない人間だ。そんな人間が、無関心ではいけないだろう。


 (ぶっちゃけ、ろくに知識も経験もないから怖い。うまくやれるかも分からんし。けど)


 いつも持ち歩いている杖を握りしめた。


 この世界でしか使えない、この世界だからこそ使える力。


 (魔法がある。治癒魔法はさすがにまだ使えんけど、それ以外でなら……絶対、役に立てる!)


 不安を押し殺し、魔法で華麗に人助けする自分の姿を少しだけ夢想しながら、ルビアは馬を走らせ続けた。



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