何故、『黄色い顔』はシャーロック・ホームズを史上最高の名探偵たらしめたか?

白兎追

シャーロック・ホームズについて

 かつて19世紀末のロンドンにて、作家コナン・ドイルの産み出した名探偵シャーロック・ホームズ。彼がミステリー小説界、名探偵界における最高ブランドであることに異論のある人はいないだろう。サッカー界のレアル・マドリード。野球界のニューヨーク・ヤンキース。ハリウッドにおけるマリリン・モンロー。

 鹿撃ち帽にパイプのイメージ。「あなた、〇〇から来ましたね」、「何、簡単な推理だよ」の様式美と化したセリフ。間抜けな警察官に常識人の相棒といった名探偵のステレオタイプの確立。初出から100年経った現代においても、リメイクされた映像作品が大ヒットとなるほど、シャーロック・ホームズはただの娯楽作品や一登場人物の枠を飛び越え、一つの文化として君臨するまでになっている。

 ではそのシャーロック・ホームズが活躍する作品の中で、一番有名なものは何か?

 おそらくメジャーなところとしては、『まだらの紐』や『赤毛連盟』といったところだろう。短編で読みやすく、ミステリー初心者にもわかりやすいオチやトリックが使われている。

 一方、『まだらの紐』をはじめいくつかの作品には科学的ミスや、シリーズとしてみた場合の辻褄の合わない点がある。そのため、通は『恐怖の谷』や『四つの署名』を挙げたりもする。これらの作品は重厚な二部構成の長編で、当時のイギリスの歴史や文化にも触れられる。

 確かにこれらの作品では、シャーロック・ホームズの魅力、切れ味鋭い推理力やアクション、娯楽作品としての軽快かつ妙味のある面白さが詰め込まれている。

 しかし、本当にシャーロック・ホームズを史上最高のミステリー小説シリーズ、名探偵たらしめているのは、こういった作品ではない。もちろん『ギリシャ語通訳事件』や『曲がった男』、『技師の親指』でもない。

 それには殺人もなければ、暗号もない。人も死なない。ただ夫と妻、母と娘が出てくるだけである。そんな『黄色い顔』こそ、シャーロック・ホームズシリーズ史上最高の作品であり、シャーロック・ホームズを史上最高の名探偵へと押し上げたのである。

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