第61話 魔法の言葉
『銀朱の蒼穹』の傘下組織となった『銀朱の蒼穹・弐式』と『銀朱の蒼穹・参式』は極力共同狩りを行っていた。
既に『参式』となった獣人達三十六名は、ソラにより『経験値アップ③』を取得。メイン職能は全員が『獣人』という種族職能で中級職能なので、サブ職能を全員『武闘家』にして、体術のスキルを更に獲得するようにした。
レベルが常に1に戻っても、スモールボアくらいなら余裕で倒せるほどの身体能力があるので、スモールボアから肉集めは以前よりも遥かに捗っていた。
『弐式』はまだ四人しかいないが、ソラによる教育により、戦い方は既に歴戦の戦士そのものだった。
『参式』リーダーのカシアはそんなメイリ達の連携に興味を持ち、メイリのアドバイスを受け、どんどん上達していった。
『参式』発足から三か月。
すっかり街の風物詩となっている獣人族は、誰にでも優しく多くの人々から愛されている。
そして、とある日の事。
「やあ」
カシアが親しげに話しかける。
「あ! 今日も凄かったですね。カシアさん」
「ふふっ、これもソラくんのおかげさ」
「…………ですね」
「ふふっ、君はまだ迷っているのかい?」
「まよっ……ている訳ではないんですけど……」
「……けど? そろそろその先の言葉を聞かせて欲しいな」
カシアは彼に飲み物を渡し、くっつくほどの距離で隣に座った。
「………………」
「………………」
暫く沈黙が続いた。
既にこういうやり取りをしたのは数回。
その度に彼は逃げるように去っていった。
しかし、本日は違った。
彼が逃げずにその場に居座っているからだ。
「…………カシアさん」
「ん?」
「…………実は、僕…………ソラさんに酷い事を言ってしまって…………」
「なるほど…………理由を聞いてもいいかい?」
「はい…………」
そして、彼はカシアに、以前あった事の全てを伝えた。
更には、双子の妹との間にあった事も話した。
「……そうか。悪いけどさ……悪いのは全部ルリくんだね」
「…………はい」
「それでいつも俯いているのかい?」
「…………はい……僕がここにいられるのは、ルナのおかげなんです……」
「ルナちゃんを守りたい一心が、返って周りを見れなくなり、自ら拒絶してしまった…………うん。その気持ちは私もよくわかるよ」
「えっ? カシアさんも?」
「ああ、とても恥ずかしい話、私はソラくんに出会うまで、人族は全員が残酷非道な存在だとばかり思っていたよ。もしあのままならルリくんやルナちゃんもそういう目で見ていたと思う。それは今考えてみれば、とても恥ずかしい話だよ。昔の自分に言い聞かせてあげたいね、人族は良い人ばかりだよ、ってね」
「…………カシアさんにもそういう時があったんですね、意外です」
「ふふっ、私だって何でも知っている訳ではなかったからね。でも今はとても幸せさ」
「……カシアさんは凄いです。だから幸せになれたんですね……」
「ん~それは少しだけ違うかな?」
「少しだけ……違う?」
「私は魔法の言葉を知ってしまったんだよ。それを口にする事で幸せになれる事を知った。だから毎日頑張れるし、これからも頑張りたい」
「魔法の言葉……」
「ふふっ、ルリくんも知りたい?」
「はい! 知りたいです!」
「では一つだけ約束してくれたら教えてあげる」
「何でもします! 教えてください!」
そんなルリくんを見て微笑んだ彼女は、彼の耳元で何かを呟いた。
それを聞いた彼は大きく驚くが、何かを決心したかのように大きく頷いた。
食事時間が終わり、メイド隊は片付けに戻り、獣人達はそれぞれ休みに戻ったり、遊んだりしていた。
その中、食事を終えたルナとルリだったが、ルリを一人にしないようにと、ルナは常にタイミングを見てから片付けに参加していた。
いつもなら直ぐに部屋に戻るルリだが、何故かその日は食堂に居残った。
それを心配そうに見つめるルナ。
そこにソラが近づいて来た。
「やあ、ルナちゃん、ルリくん」
赤い瞳が噓偽り一つない笑顔で二人を見つめた。
勇気を出して、ソラの顔を覗くルリ。
その顔は、忘れていたいつの日かの自分達を見てくれる
ソラはそのままルナの頭を優しく撫でる。
気持ちよさそうに嬉しくなるルナを見て、ルリは決心したように立ち上がった。
「ん? ルリくん? どうしたの?」
キョトンとしてるソラに、ルリはカシアから教わった魔法の言葉を必死に口にしようと頑張った。
「あ、あの! そ、ソラさん!」
「どうしたの?」
「い、いつも! あ、ありがとうございます!」
ルリがカシアから教わった魔法の言葉。
それは『感謝』を伝える言葉だった。
「ありがとう」って伝えれば、「ありがとう」って返って来る。
それこそが信頼の証であり、カシアは人族を信じられるようになった言葉だとルリに教えてあげた。
それを口にするのが、どれほど怖いものか、ルリはそう思っていた。
もし何も返って来なかったら? という考えが頭をよぎる。
しかし、カシアから「それでも、伝えた者にしか、返事は返ってこない」と言われ、ルリは覚悟を決めた。
一度は拒絶した自分だけど、ルナを、双子の妹を守りたい一心だったからこそ、周りが全く見えていなかった。
落ち着いて、余裕が生まれて初めてソラの素晴らしさを実感し始めた。
そして、ルリの中で生まれたのは、ソラに対する『憧れ』だった。
自分もああなりたい。
そんな人にいつまでも顔を背けていたくはなかった。
精一杯のルリなりの気持ちだった。
そして、
「ルリくんに感謝されるなんて……すっごく嬉しいな、うん。こちらこそありがとうね? ルリくん」
眩しい笑顔のソラがルリには太陽のように見えた。
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