第47話 被害者

 契約を終えた俺達は、ゲシリアン子爵邸を後にする。


 来る時は馬車だったが、帰りは歩きだ。


 それほど遠い訳ではないので、問題はないが…………違う問題が起きた。


「……みんな、そのまま前を向いて聞いて」


 歩いて帰る道中、フィリアが小さい声で話した。


「今、付けられてる。相手は多分一人。少し出来る・・・人。あの裏路地に入ろう」


 フィリアに言われ、俺達は自然に裏路地に入った。


 入った瞬間、フィリアがその場から消える。


 俺達も裏路地を奥まで歩き続けた。


 どうやら追いかけて来る人もずっと追いかけてくるようだ。


 相手の気配が裏路地に入った瞬間。



「動かないで」



 フィリアの冷たい声が裏路地に響いた。


 その声に俺達もすぐに戻る。


 そこには、フィリアの双剣で相手の首と胴体を剣で威圧している男がいて両手を上に上げている。見た目は若い青年って感じで、身体も鍛えているように見える。


 俺は男の前に立った。


「どうして僕達を狙ったんですか?」


「…………俺はトーマス。お前達に忠告・・しに来た……」


「忠告……ですか?」


「ああ。この裏路地なら誰も聞く人もいまい…………」


 男は一つ、大きく深呼吸をする。


 敵意は感じないので、戦いに来た訳ではなさそうだ。


「俺はとあるパーティーを組んでいたんだ……この街でもそれなりに有名になっていた頃、あいつの依頼が来たんだ……」


 あいつ、と言った時に怒りの感情が垣間見える。


「……ゲシリアン子爵ですね?」


「そうだ。あいつから山賊を討伐してくれと依頼された。金貨も申し分なく、寧ろ多いくらいで俺達のパーティーは何の疑いもなくその依頼を受け入れた……それがだとも知らずにな」


 ミリシャさんからゲシリアン子爵の素性を聞き、今日会った時の言動を見れば、どっちが信用出来るかは明確だ。


 そして、彼は更に続けた。


「俺達は山賊のアジトを見つけて乗り込んだ。十分な準備も終えたんだが……あいつらの方が数段上だった。俺達パーティーは全滅……俺は………………彼女の犠牲によって、その場から逃げられたんだが、冒険者ギルドに助けを呼びに行って帰った時には既に遅かった……俺は大事な仲間も彼女も亡くし、あの子爵から依頼失敗と烙印を押され、冒険者もやれなくなった…………暫く自暴自棄になっていたが、その時、俺は見てしまったんだ」


「見てしまった?」


「ああ、俺達が戦った山賊のリーダーが、闇夜に紛れて子爵邸に入って行ったんだ。偶然ではあったが、その日から数日間見張っているとまたもやあの男が入って行った。やはりあの時の山賊に間違いはなかったんだ」


 子爵と山賊が繋がっている事に間違いなさそうだ。


「何故あの子爵が山賊と繋がっていたか……あの子爵の噂を色々調べてみたら、どうやらゲスい・・・事をやっている事が分かった。あの時、俺らのパーティーを狙ったのは…………恐らく俺の彼女を捕まえるためだっただろう…………」


 男の声は悔しさでいっぱいだった。


 その悔しい感情が俺にも伝わって来る。


 あの子爵がフィリアやミリシャさん、アムダ姉さん、イロラ姉さんを嘗め回すかのように見つめる目に寒気を覚えている。


 それは俺だけじゃなくて、全員思っているはずだ。


「……分かりました。ご忠告ありがとうございます」


 フィリアが剣を引いた。


「このまま逃げた方がいい! あいつは――――」


「いえ、俺達は既に契約を受けていますし、何なら初依頼ですから断れないです」


「くっ! あの屋敷から出るって事はそうだろう……だが」


「大丈夫です。あの子爵の噂は既に聞いています。もしもの時の対策も考えていますから」


「っ!? まさか……戦うというのか……?」


「ええ。俺も守りたい彼女が、仲間がいますから」


 まだ時間は三日もある。


 その三日間を使って、対策を練ろうと思う。



「ま、待ってくれ! 俺にも手伝わせてくれないか!」



 去ろうとする俺達に、男が声をあげた。


「お、俺は……ソニアを守れなかった! それが……悔しい……だから、あの子の二の舞を作りたくないんだ! 復讐したい気持ちがないと言えば嘘になるが…………俺に出来る事なら何でもする! どうか俺も連れてってくれないか! これでもそれなりに戦える! おとりに使ってくれても構わない!」


 男の目には大きな涙が溢れていた。


 悔しさ、哀しさ、虚しさ、絶望。


 負の感情が溢れているけど、俺達を見つめる目は小さな希望で燃えていた。


「いいですよ。俺達にも人手は必要ですから。トーマスさん。貴方なら信頼出来そうですので、仲間に入ってください」


「ああ! ありがとう! 絶対、役に立つと約束する!」


 涙でぐちゃぐちゃな顔だったが、希望に溢れた笑顔のトーマスさんと握手を交わした。




 彼が子爵の刺客なのかも知れないと頭をよぎった瞬間もあった。


 それでも全滅したパーティーの事を思っていた表情は、嘘で作れるモノではないと思う。


 だから、彼を信頼して子爵に立ち向かおうと決めた。



 そのまま帰り、みんなで作戦会議を開いて、三日間の予定を決めた。


 四日後の対山賊の日まで、俺達の懸命な準備が始まった。

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