11.デビルズエインフェリア_01
悪魔の姿のまま、両手と両足に橙色の闘気を込め、半身の構えを取る。人間相手には、プレクトの家族相手には殺してしまいそうで危なくて試せなかった悪魔の力と闘気の同時使用。今のアタシの全力だ。
自分の両足と両拳、その上で橙色にゆらりと燃える闘気を見て思う。
(これをヴァルキリー達にぶつけてみたい。ちょっとだけ、ちょっとぶつけるだけ、死なない程度に)
悪魔の力のみでもとりあえず思いっきりぶん殴ればヴァルキリーは容易に吹き飛ぶ。昨日手刀を喰らわせてそれは体験済みだ。これに闘気を上乗せした時、どの程度の威力になるか。勿論最後は喰っておきたいので過剰に痛めつけるつもりはなく、ある程度手加減はするつもりだ。ただ手加減の具合がわからない。
そしてそんなアタシの前に都合よく降り立ってきてくれる3体のヴァルキリー達。漆黒の兜の隙間から水色の綺麗な髪を靡かせ、彼女達は長い槍を構えて綺麗に横一列に並ぶ。そして3体で口を揃えて言うのだ。
「「「日高・千歳。貴女を不死者と……」」」
(律儀な事で、だけど隙だらけっ!)
アタシはヴァルキリー達が前口上を言い始めたのを見て即座に行動に入る。
-トンッ!-
闘気を纏った両足で大地を思い切り踏み込む。アタシは風を切って宙を舞い、猫科の大型肉食獣の如く前方のヴァルキリー達に飛びかかった。
「ヒャッハァァアァッッッー!!!」
-バヒュウゥッ!-
-ガシィッッ!-
「「がっ!?」」
愉快痛快、世紀末の荒くれみたいな笑い声を上げるアタシ。まだ前口上の途中なヴァルキリー達、その右と中央のヴァルキリー両名の首をそれぞれ左右の手で鷲掴みにする。音を置き去りにする程のアタシのスピードに彼女らは反応する暇など無い。そして間髪入れずに彼女達の首を掴んだまま宙へ振り上げて、
-ブゥゥンッ!-
「だっりゃああああっっ!!」
地面へ思いっきり叩きつけた。
-ドガァァァッッッ!!!-
「「ぎゃっっっ!?」」
踏まれた猫みたいな悲鳴を上げるヴァルキリー達。彼女らを叩きつけた衝撃で地面が大きく凹みヒビ割れる。アタシの思惑通り、彼女達の黒い翼はこの一撃で無残にも滅茶苦茶に折れて使い物にならなくなった。そして彼女達の身に付けていた鎧の部品と武器が当然のように方々に散っていく。相変わらずの飴細工みたいな脆い鎧は叩きつけた衝撃でベコベコだ。
-ブツンッ-
(ん?)
そして叩きつけた後にヴァルキリー達の身体から、一瞬おかしな感触が伝わってきた。糸を無理やり引っ張って千切ったような、微かな感触。微か過ぎてアタシはその感触をスルーしてしまう。
「これでもう飛べないっしょぉっ!?って昨日より鎧柔らかくないっ!?もっと良い鎧買ってもらったらどうなのさぁっ!?」
一撃でもうぐったりしているヴァルキリー達。彼女達の首を掴んだまま持ち上げ、虚ろな目をしている右のヴァルキリーの顔前に自分の顔を近付けてガンを飛ばし恫喝する。
昨日より柔らかく感じる理由は簡単だ。昨日と違って今日のアタシは悪魔化に加え短めの爪で全力握りが可能、さらに極めつけは両手に両足にゆらゆらと橙色に光る闘気付き。アタシは腹いせも兼ねてワザと分かった上で相手を罵ったのだ。
(ヴァルキリー達には悪いけど腹いせできて超スーッとするね)
昨日は3回地面に叩きつけて、さらにヴァルキリーの右腕を握り絞った辺りで同じような状態になったが、今日はただの一撃で同じ状態まで持って行けた。悪魔化と闘気、同時使用での威力の底上げはかなり強力な組み合わせなようだ。と言ってもアタシの闘気はまだまだ未熟。キートリーは闘気を身体中自由に移動させて防御しつつ攻撃にも使っていた。アタシはただ手足に集めた闘気を力任せにぶつけてるだけ、まだまだ使いこなすには精進が必要らしい。
この一撃で満足し、冷静になったアタシは改めて左右のヴァルキリーの顔を見る。
(あっ、これはオーバーキルですね。ごめんなさい、マジごめんなさい)
冷や汗が滝のように流れた。アタシの自分ルール、ただ殺すのはダメ、に思いっきり引っ掛かっている。アタシに首を掴まれたままの2体のヴァルキリー達は虚ろな目で口を半開きにしたままだらりとアタシの手に垂れ下がっていた。糸の切れた人形、と言う表現がまさにそのまま当てはまる。
(ヤバイ、これ早くしないと喰う前に消える)
ヴァルキリーは致命傷を受けると光になって消える。昨日、キートリーとフライアがヴァルキリーを倒した時はそうだったし、アタシが喰ったヴァルキリーも光になって消えた。少なくともアタシの認識ではそうだ。
(うおおおー!すっげー!闘気やべーじゃん、一撃じゃん!)
アタシの意識の中でプレクトが驚嘆の声を上げている。
(あはは……そうだね一撃だね)
無邪気に喜ぶプレクトを余所に、アタシは改めて闘気の取り扱いに注意しようと心に誓う。
-バサッ-
左に居たアタシの不意打ちを逃れたヴァルキリーが、今さら飛びあがり空に退避する。
「あっ?まあ逃げるよね、ははは……」
アタシは空に逃げたヴァルキリーを見上げ苦笑いしつつさもありなんと納得する。アタシの両手でぐったりしている2体のヴァルキリーを見ておいて、まだ真正面から来るほど相手もアホじゃない。
(空に逃げられたら追いかけられないんだよねえ。いや困った困った。とりあえず隠れよ)
と、上空のヴァルキリーの死角になりそうな木の裏に退避したアタシ。
「さぁて、ヴァルキリーさん達、消えちゃう前に食べちゃうからねぇ~?」
舌なめずりするアタシ。ヴァルキリーが美味しいのは昨日堪能したから知っている。メープルシロップみたいな甘い味だ。
アタシに首を掴まれているヴァルキリー2体は死んでるんじゃないだろうかと言うくらいぐったりしている。まあアタシに言わせりゃどうぞご自由に喰ってくださいと言っているようなものなので、消える前に早めに喰ってしまいたい。
それじゃあとアタシはヴァルキリーを掴んでいる手から吸精を開始するのだが、
「あれっ?昨日のアタシって、どうやってヴァルキリー食べたっけ?」
アタシの頭の上に疑問符が幾つか浮かんでは消える。両手から吸精をしているが、命の入ってくる感触がない。ストローで中身が空になった紙パック飲料を吸い続けているような感覚。どうにもこのままでは吸えないようだ。それで昨日どうやってヴァルキリーを喰ったかを思い出してみる。
(確か、ゴブリンの魂を送り込んだんだっけ?送り込んだっていうか入っちゃったって方が正しいけど)
昨日は掴んだ拍子にポロリとヴァルキリーの中にゴブリンの魂が入り込んだ。アタシそれを思い出して両手をグッグッと軽く握ったり、掴んでいるヴァルキリーごと手を左右にぶんぶんと振ってみたりしたが、魂は入って行く様子は無い。
(なんで入って行かない?何がダメなんだろ?昨日と違うところがある?)
アタシは不思議に思い、自分の身体をキョロキョロと見て昨日との相違点を探す。
(昨日と違うところ~、翼を生やしていないから?爪を伸ばしていないから?んんん?……あっ)
爪を見たところで、両手が橙色にゆらゆらと燃えていることに気づく。
「これだぁ!」
両手を覆う闘気が壁となり、注入しようとする魂を阻害しているのかもしれない。なのでとりあえず右手の闘気を一旦抑えるアタシ。
「右手の闘気を解除、って、あっ?」
(((イマダー!)))
すると右手の闘気が収まるや否や、アタシの中のゴブリンの魂達がヴァルキリーの中に入ろうとアタシの右手に待ってましたと言わんばかりに殺到する。
「ちょっ、ちょっとぉ!?みんなで行くつもり!?」
(((ノリコメー!)))
右手を通ってヴァルキリーの身体に元気に突撃していくゴブリンの魂達。プレクト以外の全ての魂、元ゴブリンなヴァルキリーの魂を先頭に、アタシの中に居たゴブリンの魂と言う魂が挙ってヴァルキリーの中になだれ込んでいく。そのなだれ込むゴブリンの魂の中に、ひと際大きい魂が紛れ込んでいるのが見えた。英雄弓ゴブリンの魂だ。
「キミも行くのぉ!?」
(チョッ!?オ前ラ!?押スナ!バカッ!)
どうも彼は行くつもりはなかったらしい。だが彼ごと巻き込んで濁流のごとく流れていくゴブリンの魂達。普通サイズのゴブリンだけじゃなく、ホブゴブリンの魂やゴブリン幼体の魂まで丸ごと流れていく。数十体のゴブリンの魂が一斉に動いたため、近くにいた英雄弓ゴブリンの魂は哀れにも引きずり込まれてヴァルキリーの中へ入ってしまった。
そんな訳でアタシの中にいたゴブリンの魂は洗いざらい全部、右手で握っているヴァルキリーの中に入ってしまっていた。今アタシの中に居る魂はプレクト一人だけである。
「えっと……ちょっと手、放そうかな……」
-ボトッ-
大量のゴブリンの魂を注ぎ込まれたヴァルキリーがどうなるか、アタシは急に不安になってきたので、右手のヴァルキリーを地面に下ろし、手を離す。
すると手放したヴァルキリーが間も無く、不可思議な動きをし出した。
-ドクンッドクンッ-
(なあ千歳、なんか波打ってるんだけど?)
プレクトの言う通り、ゴブリンの魂を注ぎ込まれたヴァルキリーの身体は、不気味なほどにビックンビックンと跳ねている。自分でやっておいてなんだが、自分で不安になってきた。
「大丈夫、だといい、なぁ?」
軽く動揺し、瞬きが早くなるアタシ。なんの根拠も無いが、大丈夫だと思いたい。そもそもゴブリンの魂を全部入れるつもりはなかったのだ。アタシ的には、1体だけ入って貰ってヴァルキリーを喰えれば良かったのだ。こんな訳の分からない状態にするつもりはなかった。アタシにとっては想定外も良いところである。
(なあ、なんか色変わって来てない?)
プレクトが足元で打ち上げられた海老のように跳ねるヴァルキリーを見て言う。確かに鎧の色が漆黒からなんとなく、ゴブリン色と言うか、緑色に変わってきている。髪の色も元の水色から茶色へと変色していた。
「変わって来てる、ねぇ……」
さて、この不気味に跳ねるヴァルキリーをどうしたものかと見つめていたところ、上空から鋭い風切り音が聞こえてきた。
-ヒュッ-
「あっ!やばっ!?」
アタシの頭を掠める白く輝く矢。咄嗟に躱して飛んできた矢の方向から死角になるよう移動してまた木の陰に隠れるアタシ。足元のヴァルキリーの観察に夢中になり、空へ退避したヴァルキリーの事を忘れていた。隠れる前に一瞬見上げた上空のヴァルキリーは、既に例の無限に自動に矢を補給するロングボウを構えてアタシを狙っていた。因みにもう一体の、アタシの左手で首を掴みっぱなしのヴァルキリーは全く動かない。手を離すと消えてしまいそうだったので、とりあえず首を握ったままにしておく。
(足元の緑のヴァルキリーは一旦放っておくとして、上空のヴァルキリーどうしよ。あの弓がねえ、厄介なんだよねえ)
(なあ、千歳って飛べないの?飛んで殴っちゃえば良くね?)
アタシが上空のヴァルキリーを警戒していると、プレクトが飛べないのかと聞いてくる。有翼人なプレクト的には飛べるのが当たり前なんだろうが、人間がそんな簡単に飛べるなら飛行機は発明されてない。
(いや、アタシは飛べないよ。背中に翼が生えてる訳でも無い、し、んんんっ?)
アタシはプレクトにそう言ってから、途中で自分に翼が有ったことを思い出す。地上で走る分には風の抵抗を受けて邪魔だからと今は引っ込めているのだが、生やそう思えば今すぐ生やせるハズだ。
(あいや、翼なら有ったわ、完全に忘れてた。えっと、こう)
アタシは翼を生やすイメージをする。すると、肩甲骨の辺りが熱くなり、皮膚を突き破って骨が丸ごと出て行くようなちょっと気持ち悪い感覚があった。
-バサッ-
そしてアタシの背中からニョキっと蝙蝠っぽい翼が生える。
(そう、これこれ。でも翼はあるんだけどさ、飛び方がわからなくて。そもそもこれで飛べるのかもわかんないんだけど)
アタシは翼を広げて閉じて、翼の様子をプレクトに見せる。背筋を使って翼の開閉をしているが、正直これを繰り返してアタシのような重量級の身体が空を飛べるとは思えない。
(おっ、いい翼じゃーん。俺多分飛べるからちょっと千歳の身体貸してよ)
アタシの翼を見て褒めつつも、おもちゃでも借りる子供のようなノリで身体を貸してくれと言ってくるプレクト。確かに彼は有翼人なので空の飛び方は慣れたものなのかもしれないが、アタシの無駄に重い身体で空を飛べるのかは疑問だし、ついでに身体を貸すのはまだ抵抗が有る。また暴走されたら大変だ。
(えー、飛べんの?大丈夫?)
(大丈夫大丈夫、飛べる飛べる、余裕余裕)
(ねえ、アタシの身体使ってまた暴走したりしないよね?)
(しないしない、それに危ないと思ったらすぐに身体返すから)
(ほんとぉ?)
アタシはまだ若干抵抗があるが、プレクトはやたら自信満々に答えてくる。ここで押問答していても自体は好転しない。アタシはせっかくだから彼に賭けてみることにする。
(じゃあ、ほら、ちょっとだけね)
アタシは上空のヴァルキリーを警戒しつつ、プレクトに身体の主導権を渡した。するとプレクトは元気よく背中の翼を動かし、その場で羽ばたいて見せる。
-バサッ!バサバサッ!-
「おおっ、ちょっと勝手は違うけど、イケる、イケるよこれ!」
アタシの身体で元気よく翼を羽ばたかせているプレクト。背筋をクイっと動かすごとに翼が元気よくバッサバッサと動いている。彼曰く飛べそうらしい。
(じゃあ飛んで見てくれる?上のヴァルキリーの矢に気を付けて、あれ連射速度凄いから。あと、掴んでるヴァルキリーは離していいよ、飛ぶのに邪魔でしょ?多分話したら消えるけど放っておいていいから)
「おっけー!じゃあこの女の人を置いて……」
プレクトはやる気十分な返事をしつつ、アタシの忠告を聞いて左手で掴んでいたヴァルキリーを地面に降ろした。
-ボトッ-
プレクトによって地面に降ろされたヴァルキリー。ぐったりとしたまま瞳孔が開きっぱなしで、率直に言えば死んでいるのだが、
(あれ?ヴァルキリーが消えない?なんで?おっかしいな?)
どうも消える様子が無い。致命傷を受けたヴァルキリーは光となって消えるハズなのだが、彼女の身体は変わらず残り続けている。
(何か条件があるのかな?)
アタシは昨日との違いを考えようとしたが、アタシの身体の主導権を握っているプレクトの動きがアタシの考えを中断させた。
「行っくぜぇ!」
張り切り全開のプレクトが掛け声と共に軽く地面を蹴って空へ飛び上がった。
-トンッ-
-バサバサバサッ!-
彼はアタシの翼を使い、あっさりと見事に風に乗って見せる。眼下には夕闇に照らされる森の木々が見えた。
(おー、流石有翼人。飛んでる飛べてる)
消えなかったヴァルキリーの事は一旦忘れ、頭の中でプレクトの飛行っぷりに感嘆の声を上げるアタシ。自分の重量級の身体が空に浮かぶとは思っていなかった。
「へっへー!千歳の翼いいじゃん!ご機嫌だぜ!」
プレクトは調子に乗ってぐるんぐるんと空中で回って見せる。即座に勝手の違うアタシの翼を使いこなして見せる辺り、彼の飛行のセンスは抜群なのかもしれない。
が、敵さんがそんな油断しっぱなしのアタシとプレクトを放っておく訳もなく。
-ヒュッ-
「ってうわっ!」
アタシ達と高度を合わせたらしいヴァルキリー。彼女のロングボウから2射目の矢が放たれた。空に障害物は無く、隠れるところはない。身体を捻って矢を躱して見せたプレクトだったが、
-ヒュッ-
すかさず3射目も飛んでくる。相変わらずの連射速度だ。
「っとっととと!?」
プレクトは身体を捻り飛ぶ方向を変えてひらりと躱して見せる。だがこの調子ではいつか当たってしまうだろう。反撃をするかもう一度隠れるかしなければ状況は改善しない。
-ヒュッ-
待ったなしの4射目。
「うひゃあっ!なんだあれっ!?」
(だから連射速度ヤバいって言ったでしょーが!)
ヴァルキリーの弓矢の連射速度に驚いているプレクト。ヴァルキリーの弓矢は魔法か魔術かは知らないが、矢が勝手に補充されて勝手に装填される特別製だ、そんな無茶苦茶な代物なんだからしょうがない。
とは言え、対処する方はしょうがないでは済ませられない。避けるたびに高度も下がってきているので、プレクトに提案する。
(何かヴァルキリーに向けて攻撃出来そう?ダメならなら一旦下りて木に隠れよ?)
プレクトがアタシの提案に答える暇もなく、
-ヒュッ-
容赦のない5射目。
「ちょっと無理!躱すので精一杯だこれ!」
必死に飛び回り矢を躱すプレクトだったが、ヴァルキリーの狙いも次第に定まってきている。
(飛行パターンを読まれ始めてる、そろそろヤバいかも)
そうアタシは危惧するが、肝心のプレクトは躱すので精一杯でアタシの提案も聞けていない。
-ヒュッ-
そして6射目。
「やべっ!」
(当たるっ!?)
ヴァルキリーに見事に飛行パターンを読まれ、矢の置き撃ちをされてしまうアタシ達。方向転換をしようにも飛ぶ進路に近すぎて躱しきれそうにない。アタシは咄嗟に自分の身体の主導権をプレクトから取返し、両腕に闘気を込めて身体を防御する。
完全に当たると思い、昨日と同じく腕を貫き腕の焼ける白く輝く矢の感覚を覚悟していたアタシだったが、
-ヒュンッ-
-バチィッ!-
完全に直撃コースを飛んでいたヴァルキリーの矢に、全くの別方向から飛んできた矢が衝突した。アタシの目の前で電気の弾けるような音と共に地面に叩き落とされていくヴァルキリーの矢。
「えっ?何?っておわぁっ!?」
アタシは何が起きたのか動きを止めて状況を確認しようとしたが、ここは上空。そしてプレクトから身体の主導権を返してもらったアタシだが、まだまだ飛行経験の浅いアタシは無意識に翼を畳んでいたらしく、一瞬の浮遊感の後真っ逆さまに森の中へ落ちていく。
「だあああっ!?」
-バキッ!-
-ボキンッ!-
落ちるついでに引っ掛かる森の木の枝。そんなものがアタシの体重を支え切れるはずもなく、音を立てて折れて行く枝達。
-ドシャッ!-
アタシはモロに顔面から地面に落ちた。だが落ちる際に引っ掛かった木の枝が落下速度を緩和してくれたおかげか、アタシの身体には傷一つ無い。無駄に丈夫な悪魔の身体のせいも多分にあると思われるけど。とは言え顔から落ちたのだ、痛い物は痛いのだ。
「痛ぅー!?ペッ!ペッ!あーもう、咄嗟に翼畳んじゃったよ。こりゃ飛び方の練習もしなくちゃねえ……」
アタシは頭を上げて口の中に入った土を吐き出しつつ、顔に付いた土を手で払う。
(千歳大丈夫?)
アタシに身体の主導権を返したプレクトはアタシの中でアタシを心配してくれている。
「多分大丈夫……じゃなくて!今のは何!?今の矢は!?」
プレクトに返事をしつつ、アタシはさっきの横からの矢の意味を確認するため、すぐに跳び起きる。
(別方向から来た矢が、ヴァルキリーの矢を撃ち落とした?ように見えた。誰がそんな真似を?)
空中でアタシを狙っていたヴァルキリーの矢は真正面からではなく、全くの別方向から来た矢と衝突した。一瞬でよく確認できていないが、別方向から来た矢も白く輝いていたようが気がする。あの矢を持っているのは今のところヴァルキリー以外知らない。
と、今この瞬間にも地面に落ちたアタシに追撃の矢が飛んできてもおかしくないのだが、アタシを狙っているハズのヴァルキリーからは矢が飛んできていない。不思議に思って空を見上げていると、木々の隙間から上空の黒いヴァルキリーが何者かに向けて弓を射ち続けているのがちらりと見えた。
(何?ヴァルキリーがアタシ以外の誰かと戦ってる?誰?空にもう一人居る?誰かがヴァルキリーと戦ってる?どういうこと?)
不可解な状況に首を傾げながら、落ち着いて気配を探ってみるアタシ。すると。
(上空に2体、誰かが飛んでヴァルキリーと戦ってる。でもおかしい、地上に誰もいない?地上にはゴブリンの魂を入れたヴァルキリーが転がっているハズなんだけど)
上空のヴァルキリーは誰かと戦い続けている。アタシは上空を警戒しつつ、この隙に2体のヴァルキリーを叩きつけた元の場所に戻った。すると、左手で掴んだ方のヴァルキリーは消えずに残ったままだったが、もう1体、右手で掴み、ゴブリンの魂を注ぎ込んだ方のヴァルキリーが地上に見当たらない。
(プレクト、ゴブリンの魂入れた方って、色変わった後どうなったっけ?アタシ見てなかったんだけど)
(ごめん千歳、俺も見てない)
アタシはゴブリンの魂を入れたヴァルキリーが緑色に変色し出した辺りで上空のヴァルキリーに狙われたため、そこから緑色のヴァルキリーから目を離して確認していなかった。プレクトにも聞いてみるが、彼もどうやら見ていなかったらしい。
アタシは状況がわからないまま空を見上げた。そこに見えた光景。
「緑色の鎧のヴァルキリーが、黒いヴァルキリーと戦ってる?」
空中では黒い翼をはためかせた緑の鎧のヴァルキリーがロングボウを構え、同じく空中を飛んでいる漆黒の鎧に黒い翼のヴァルキリーに向けて矢を放っていた。
(なあ、あれさっきのゴブリン入れたヴァルキリーだよな?)
「うん、なんでヴァルキリー同士で戦ってんだろ?……仲間割れ?」
ゴブリンの魂を入れ込んだ緑色のヴァルキリー、彼女が空を飛んで黒いヴァルキリーと戦っている。アタシはプレクトと一緒に疑問符を浮かべた。アタシに言わせりゃ仲間割れ、オードゥスルスの操り人形であるヴァルキリーが仲間割れする意味が分からない。とは言えこのまま突っ立っていても状況は分からない訳で。アタシは緑のヴァルキリーの正体を確かめるため、危険を承知で彼女の近く目掛け、高くジャンプした。
-トンッ!-
-ヒュウッ-
そして空中で背筋をクイっと動かして翼を目一杯広げる。
-バサッ!-
(飛べないけどパラシュートの代わりくらいにはなるでしょ!)
風を受けるアタシの翼、風圧で空に向かって引っ張られるアタシの背中。だがこのままでは直ぐに地面に落ちる。なのでアタシは背筋を動かし必死に翼で羽ばたいた。
-バサッバサッバサッ!-
(ちょっとはマシになったか!?)
上昇する気配は全くなかったが、ある程度は落ちるスピードが緩和される。
そしてゆっくり落ちつつ近くの緑のヴァルキリーをよく見てみた。
(黒い翼に緑色の鎧、茶色い髪に、目が黄土色の白目だけの……だけの……)
(なあ千歳、これもしかして……)
特徴的な目に見覚えがあった。どこで見たか?昨日と今日、連日森の中と周りで沢山見ている。プレクトも見覚えがあったらしい。それでアタシとプレクトは緑のヴァルキリーの正体に気づき、同時に叫ぶ。
「こいつゴブリンだ!!」
(こいつゴブリンだ!!)
ゆっくり落下しつつ緑のヴァルキリー指を差して叫ぶアタシ。アタシの意識の中でプレクトも同じく叫ぶ。緑のヴァルキリーの正体、それはアタシが注ぎ込んだ大量のゴブリンの魂によって、身体が変質したゴブリンの集合体だった。
「今頃気づいたのカ?遅ぇんだヨ!」
落下中のアタシを一瞥し、遠方の黒いヴァルキリーと弓で射撃戦を続けながらゴブリン訛りの混じった言葉を掛けてくる緑のヴァルキリー。この不遜な態度、アタシがヴァルキリーの中に居れたゴブリンの魂の中で、アタシに対してこの態度を取ってくるゴブリンと言えば、
「えっ?その感じ、もしかして中身弓ゴブリンだったりする!?」
「そうだヨ!見りゃわかんだろうヨ!」
弓を撃ち続けながらも黄土色の白目の視線をチラリとこちらに向けて、さも当然のように告げてくる緑ヴァルキリーin英雄弓ゴブリン。勿論ゴブリンの見た目なんてぱっと見で分かる訳もなく。さらに外見は完全にヴァルキリー、違いは目だけ。
「分かるかぁぁっ!!」
(分かる訳ねえー!!)
そんな彼相手に、アタシとプレクトは一緒になって抗議の声を上げたのだった。
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