09.突撃、ゴブリンが昼ごはん_02

 アタシは魔眼で催眠を掛けたゴブゴブくんを右脇に抱え、彼の誘導に従ってゴブリンの洞穴を目指す。

 そしてそのまま5キロ近く走った頃、


 -ヒュンッ-


 突然聞こえてくる風切り音。


(矢!?)


 全力で走るアタシの頭目掛け、木々の間から矢が飛んできた。


 -パシッ-


 アタシは走りながら飛んできた矢を左手で掴んで止める。


(走ってるアタシを正確に狙ってきた!?)


 アタシを狙った矢は、全力疾走中のアタシの頭を確実に狙いに来ていた。昨日の黒いヴァルキリーの矢に比べれば威力は無いし、光っててアタシの身体を焼くような感覚もないので脅威自体は少ないのだが、その狙いの正確性には目を見張るものがある。


(弓ゴブリンか!)


 アタシは思いだす。昨日のアタシを散々追い詰めた相手、弓ゴブリンだ。連射は早くないし威力も控えめ、だけど兎に角矢の狙いが正確で、油断していると急所を狙われる。昨日アタシを狙っていたヤツと同じ個体かはわからないけど、注意しておく必要がある。

 アタシは一旦足を止め、近くの木に身を隠した。


(放っておきたいところだけど、捕まってる女性を助けてからコイツに狙われるのは面倒、今のうちに仕留めておくか)


 女性を救出後に弓ゴブリンに付け狙われるのは御免である。アタシは兎も角、衰弱した女性を狙われたらマズイ。そう判断したアタシは、右脇に抱えたゴブゴブくんを下ろし、弓ゴブリンを始末することを決断する。


「ゴブゴブくん、キミはそこで待ってて」

「ハイ」


 アタシはゴブゴブくんを木の陰に待たせ、周囲の気配を確認する。


(くっそー、生意気に気配消しやがって)


 弓ゴブリンの気配を探ってみたものの、どこにいるか分からない。周りを目で確認しても、ここは森の中、木だらけで隠れられるところでいっぱい。しかも相手は天然迷彩な緑色の肌のゴブリンだ。悪魔の目を持ってしても見つけるのは容易い事ではない。じゃあと、気配を探ってみても、相手は完全に気配を消している。どこかに潜んでいることは確かなのだが。

 そしてアタシはなんとなく掴んでいた矢の矢じりをよく見てみた。すると何か異様な雰囲気を感じる。


(これ、もしかして毒が塗ってある?)


 ぱっと見はただの矢じりだが、アタシの悪魔の目は矢じりに塗られた毒の存在を見逃さなかった。


(昨日は結局最後に倒れる前に1本喰らっただけだったけど、ガッツリ毒塗ってあんじゃんこれ。もしかしてゴブリンってみんな毒矢を使うの?パヤージュが歩けなかったのってこの毒の影響もあった感じ?……アタシ、昨日何本矢撃たれたっけ?よく砂浜まで持ったもんだ)


 パヤージュが歩けなくなる毒となると、神経毒、つまり麻痺とか痺れ毒とか言うやつだろう。昨日のパヤージュが居た救助隊がゴブリンに壊滅させられたと言う話から、即効性もあると見ていい。


(毒で麻痺させてしまえば、殺すなり嬲るなり自由、と。ひえぇぇ)


 矢じりの毒をマジマジと見る。1歩間違えればアタシも村で麻痺させられていたかもしれない。パヤージュのようにゴブリンの性の捌け口にされる自分を想像し、ゾクリと背筋に冷たいものが走った。


(昨日のアタシは毒が回る前に気絶したからなぁ……、運が良いやら悪いやら。さて、このまま生身の身体を射たれて毒るのは御免被りたい。完全に変身しちゃおう)


 手と目だけ悪魔化している今の中間形態では危険と判断したアタシは、全身悪魔化の完全体になる事を決めた。悪魔の身体になって皮膚を強化してしまえば毒矢は刺さらない。そもそも悪魔に毒が効くかって問題もあるが。

 変身する前に、アタシは目を瞑りながら首のチョーカーを触ってマースの事を想い、彼から勇気を貰う。


(アタシにはマースがついてるから大丈夫、マースがいるから大丈夫、マースがいるから……大丈夫!よしっ!)


 マースから勇気を貰ったアタシ。目を開け、持っていた矢を地面に落とし、腹部と口に手を当てる。そして魔力を流すイメージをする。


(変われ!アタシ!)


 で、変身するイメージを浮かべてしまってから、ちょっと変身にいろいろ注文を付けたくなった。昨日と全く同じく悪魔化してしまうとまたサティさんに髪を切って貰わなければならない。


(ちょっと待てアタシ!髪伸びるのとか翼生えるのとかいらないんだけど!あと角も!アレ痛いから角いらないんだけど!って!あっ!?)


 自分の変身イメージに注文を付けている最中に、アタシの変身は始まってしまう。


 -バチッ-

 -メキメキ-


「んくっ!?」


 頭の軋む痛みにアタシは仰け反る。痛みと共にアタシの頭蓋骨がメキメキを音を立て角が生えた。アタシの手以外の部分も一気に青くなっていく。そして背中に、翼は生えなかった。髪が、黒色から金色に変わる。色が変わっただけで、長さは変わらず。さらに黒装束の隙間から見える身体の黒い模様。


(角要らないのに、痛いって言ってんでしょーが。でも翼の大きさと髪の長さは調整効いたっぽい)


 背中と髪の長さを手で触って確認するアタシ。背中は翼無しのツルツル状態、髪は貞子みたいに伸びずに動きやすいショートボブのまま。角以外は調整が効くようだ。


(おお、いいじゃん!髪伸びるの嫌だったんだよね、邪魔だし。翼もあっても飛べる訳でないからそっちも邪魔だった。無しに出来るならこれでいいや)


 翼無しの金髪ショートボブの悪魔となったアタシは、木に隠れつつ改めて弓ゴブリンの気配を探る。


(いる、多分、あっちの木の裏。隠れてる)


 アタシは100メートル先の木の裏、そこに弓ゴブリンの気配を感知した。人間体の時より悪魔化した時の方が気配を読むのが上手くなっている。人間体のままではどこにいるのかさっぱりわからなかったが、今は完全に気配を消しているつもりの弓ゴブリンの気配を察知できている。


(この身体面白いかも、見た目はアレだけど。これで爪の長さも変えられた最高なんだけど?)


 アタシは段々と自分の悪魔の身体を気に入り始めた。今度は長く伸びてる爪の長さが変えられないかイメージしてみる。するとにゅっと爪が縮んだ。


(いいじゃん!これで拳が握れる!やっぱりグーだよ、グー!これで悪魔化したままじゃんけんだって出来る)


 両手の爪が縮み、自然な握り拳が作れるようになった。両手で指を開いて閉じてとグーとパーを繰り返す。伸びる爪の使いどころもあるだろうが、アタシ的にはやはり拳の方が戦いやすい。


(さーて、それじゃ狙撃手が場所移動する前に詰めますかね)


 潜伏先が100メートル先なら走ればすぐだ。アタシは自分の気配を消しつつ、なるべく音を立てずに隠れている弓ゴブリンの木へ近づこうとする。

 そして軽く地面を蹴った。


 -トンッ-


 接近中、相手の弓ゴブリンは動きを見せない。近づくアタシに気付いていないようだ。それもそうだ、だって1~2秒で100メートル詰めたんだもの。気づく訳がない。アタシはアタシで、自分で走っておいて、


(100メートルってこんなに短かったっけ?)


 ってなってる。

 そのまま、まんまと弓ゴブリンの背後に近づいたアタシ。


 -ブワッ-


 アタシの移動によって少し強めの風が吹いた。そして弓ゴブリンはまだ気付いていないと思って話しかけようとする。


「や……」

「チィィィッ!?」


 彼はアタシの接近に気付いていた。


 -ヒュンッ!-

 -パシッ-


 振り向きざまに一瞬でアタシの身体目掛け矢を放つ弓ゴブリン。射たれた矢を右手で掴んで止めるアタシ。


(風で気付いた?アタシが近づくのを気付いてた?どっちかな?どっちにしても早いっ)


 アタシは相手の即座の行動に感心しつつ、相手の出方を見る。


「クソッ!?」


 -ザッ!-


 弓ゴブリンはそのままアタシから一目散に逃げ出した。状況が劣勢と見れば、即座に逃げる決断が出来るのは有能な証だと聞いたことがある。この決断の速さからして、コイツは間違いなく有能なゴブリンなんだろう。


 -トンッ-


「いい判断してる」


 が、アタシは逃げる弓ゴブリンの目の前に両手を組んで立ちはだかる。アタシと弓ゴブリンには、どんなに判断が早くても覆せないくらい絶望的なスピード差がある。全速の新幹線と小学生の徒競走くらいのスピード差だ。それこそ100メートル先から攻撃を仕掛けた時点でこの弓ゴブリンは詰んでいた。もっとも、アタシが中間形態で走っていた時にはそんなスピードは出せていなかったので、この完全体のアタシのスピードを想像しろと言うのが無理があるのだが。そもそもアタシ自身もまだよくわかってないのこの身体。


「ウオッ!?コノォッ!」


 弓ゴブリンが即座に弓を捨て、腰に付けていたナイフでアタシに切り掛かってくる。アタシは右手に持っていた矢を投げ捨て、彼が切りつけてきたナイフを右親指と人差し指で摘まんで止めた。


「ナニッ!?ウオオオッッ!」


 -ババッ-


 ナイフを止められた弓ゴブリンは、すぐさま左手で地面の砂を掴み、そのままアタシの顔に向かって砂を投げ、目つぶしを仕掛けてきた。

 アタシは右手でナイフを摘まんだまま、左手で砂から顔を守る。


「おおっ?」


 弓ゴブリンの投げた砂はアタシの目には入らなかったものの、アタシは左手で目を守る事になり、一時的に自分の左手で視覚を遮ることになる。弓ゴブリンはアタシの視界が塞がれた一瞬の間に、背中の矢筒から矢を取り出し、手で矢を握ってアタシの腹に矢じりを突き立てた。


「クラエェッ!」


 -パキンッ-


「ナッ……!?」


 彼の突き立てた矢の矢じりは、アタシの腹筋に弾かれた。金属音と共にポッキリ折れる矢じり。驚愕の声を上げて止まる弓ゴブリンの動き。


(うわっあっぶな。完全体になってなかったら負けてたかもしれないなこれ)


 矢じりを弾いた自分の腹筋を見つつ、彼の執念に冷や汗を垂らすアタシ。中間形態の素の腹なら、この矢はアタシの腹に深々と刺さっていただろう。念のため完全体になっておいて助かった。ただ刺されるだけならまだしも、矢には即効性の麻痺毒が塗ってある。一度毒で麻痺してしまえば、あとは殺すなり嬲るなり好きにされて終わり。危うく二日連続でゴブリンに負けるところだった。

 アタシは右手で摘まんでいたナイフを投げ捨て、少し屈んでから、動きが止まった弓ゴブリンの片腕を掴む。


「グオッ!?コ、コノッ!?クソッ!!離セ!!離セェェッ!!」


 暴れる弓ゴブリン。彼の執念には頭が下がるが、腕を掴んでしまえばもうアタシの勝ちだ。力の差は歴然としている。

 そのまま両手で弓ゴブリンの両腕をがっしりと掴んだアタシ。もう勝負は決まったも同然。


(勝った)


「ほら、もう逃げられないよ?」


 屈んだまま弓ゴブリンに目線を合せ、彼に向けて真顔で挑発するアタシ。


「ペッ!」


 -べとっ-


 完全に勝ち誇っていたアタシの顔に目掛け、弓ゴブリンの唾が吐きかけられた。飛んできた唾にアタシは咄嗟に右目を閉じた。ドロリと瞼の上を伝う弓ゴブリンの唾。


「……良い根性してる」


 アタシは右目の瞼を閉じたまま、弓ゴブリンに賞賛と皮肉、両方を込めた言葉を送る。


「ザマアミロッ!」


 アタシに腕を掴まれながらも舌をベロリと出しアタシを挑発してくる弓ゴブリン。アタシの顔に唾を吐きかけて、してやったり、一矢報いた、と言ったところだろう。


「あはははっ」


 アタシは軽く笑った。アタシの中にゾクゾクと倒錯的な感情が湧き上がってくる。彼のこの行動はアタシを極度に興奮させた。

 彼の判断の速さ、執念、機転の良さ、そして最早負けが確定しているこの状況でも相手にも一泡吹かせてやろうと言うこの根性。素直に感服してしまう。


(欲しい、この子欲しい)


 身体が興奮し身震いする。アタシは彼を


「んふっ♥」


 アタシは舌を長くベロンと伸ばし、彼の吐きかけた右瞼の唾を舐めとり、口に運ぶ。口内に広がるゴブリン臭、思わず吐きそうになるほどな強烈な悪臭、それにすら思わず薄っすらと笑みを浮かべるアタシ。


(すっごい臭い、ゴブリンの臭い、ゴブリンの味)


「ナ……ナンダッオマエッ!?」


 流石の弓ゴブリンも、アタシのこの行動には理解が追い付かなかったようだ。だから教えてあげた。


「キミの事、気に入っちゃったの。アタシのモノになってよ」

「フザケルナッ!誰ガテメェノモノナンカニナルカッ!クソッ、放セッ!クソッ!クソッ!」


 アタシに両腕を掴れながらも、彼は力の限り暴れる。絶対に諦めない、最期まで抵抗すると言う力強い意志を感じた。アタシは益々燃え上がる。


「あっは♥アタシ益々キミの事気に入っちゃったんだけど?。ほら、言う事聞いて♥」


 -キィィーン-


 アタシは彼の目を見て魔眼を発動させた。熱くなるアタシの目、ゴブゴブくんを服従させたさっきよりも、ずっと強く魔眼を発動させ、彼を屈服させて服従させるつもりだ。


「ガッ……!?コ、コノッ……!?」


 魔眼を発動させたアタシから目線を外せなくなる弓ゴブリン。次第に暴れる身体からも力が抜けていき、彼の目から光が消えていく。だがそれでも彼は抵抗の意思を緩めなかった。


「オッ、オレ、ハ……オレハ……オレハァッッッ!!」


 -キンッ-


 彼の目に光が戻り、また暴れ出す。


「クソッタレッ!離セェェェッ!!」

「んなっ!?魔眼に耐えた!?なんで!?アタシが未熟だから!?」


 また暴れ出した彼を見て、アタシは驚きの声を上げざるを得ない。

 弓ゴブリンに掛けた魔眼、現時点でアタシが出来る最高の威力で掛けた魔眼だったが、アタシの予想を超え、彼は耐えきってしまった。アタシの魔眼が未熟なのは弁解のしようも無いが、だからと言って一介のゴブリンに耐えられるとは思っていなかった。だからこそアタシはさらに燃え上がる。


(凄い、この子スゴイ、スゴイスゴイスゴイ、絶対欲しい、食べたい、食べたい食べたい食べたい)


 アタシは彼に対する食欲を抑えきれない。興奮しきったアタシは、顔を紅潮させ、涎をダラリと垂らす。そしてアタシに両手を掴れ暴れている彼の顔と身体をじっくりと見る。


(この子どうみてもゴブリンだよね?)


 小さい身体、緑の肌、ほとんど褌一丁みたいな粗末な服、醜悪な顔、汚い歯並び、どこを見ているのか分からない瞳の無い黄土色?な白目だけの目、そして彼の全身から漂う悪臭。


(なんかカッコよく見えてきた。もしかしたら彼はゴブリン界のイケメンってやつなのかも?)


 まともな精神をしていればこんな生き物をカッコイイとは思わないし、喰いたいとも思わないだろう。だけど今のアタシはまともじゃない。

 彼の内面に惹かれたアタシは、じゅるりと舌なめずりした後、


「もう喰う、食べちゃう、食べちゃうから!」


 -ガブリッ-


 大きく口を開け、彼の緑色の首筋に噛みついた。


「グアッ!?」


 噛みつかれた痛みに悲鳴を上げる弓ゴブリン。アタシは彼の左首筋に噛みつきながら、左手は彼の腕を掴んだまま、右手を離し、貫手を作って彼の腹にそっと当てた。

 そして思いっきり、


 -ブズゥッ-


 彼の腹に手を突き入れた。


「ガアッ!?グアアアアッ!?」

「ふーっ!ふーっ!ふーっ!」


 彼の首筋と腹から流れる緑色の血。興奮し、噛みついたまま荒い鼻息で呼吸するアタシ。アタシは右の貫手から吸精を開始する。


 -ギュウゥゥン!-


「ガッ!?ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ♥」

「ふーっ!ふーっ!」


 -ブチィッ!-

 -ブシャアアアッ!-


 彼の首の肉を食い千切り、アタシは千切った彼の頸動脈からの緑色の噴水を顔いっぱいに浴びる。そしてアタシの右手から流れ込んでくる彼の命。


(ほんのり甘くて、美味しい)


 彼の味は、青汁がベースではあるが、ほんのりまろやかさと甘みがある、青汁の豆乳ミックス味と言った感じだ。ごくごく飲めて美味しい。さっき喰ったゴブリン達とはベースは同じなものの、味がまるで違う。同じ種族でも、個人によってこうも味に違いが出ると言うのは良い発見だった。

 彼の命の味はとてもアタシの好みに合うものだった。だが一つ不満をあげるなら、彼にはサティさんほどの吸精耐性も生命力も無いという事。吸い始めて10秒と立たないうちに、段々とミイラ化し、啜れる命の量も僅かとなってしまっている。それでも並みのゴブリンに比べれば大分多い量の命を吸っている。


(ああ、なんて短い。こんなに美味しいのに、もっと飲みたいのに)


「ア゛……ア゛……」


 まだ僅かに意識のある彼に向かって、アタシは左手を彼の頬に優しく当てて、最期の時を知らせる。


「貴方の命、もっと吸いたかった。最期はいっぱい気持ちいいので終わろうね?行くよ?ほらっ!」


 アタシは彼の最期の為に全力で命を吸い上げる。


 -ギュウゥゥゥゥゥン!!-


「ア゛バ~~~ッッッ♥♥♥」


 -ベコッ!-


 弓ゴブリンが最期に大きな嬌声を上げる。そしてペットボトルを押しつぶしたかのような大きな音と共に彼の身体が骨と皮だけになった。


「ごちそうさまでした」


 食後の挨拶をしつつ、抜け殻となった彼の身体から手を引き抜き、顔中の彼の緑色の血を長く伸ばした舌で舐めとるアタシ。とても美味しかったけど、満腹とは言い難い。もっともっと彼を食べたかった。

 アタシは自分の頭の中を覗いて、喰ったハズの弓ゴブリンの彼の魂を探してみる。そうすると、なんか他の魂に比べやたら大きい魂が見えた。十中八九、彼の魂だろう。


(ねえねえ、こっち来て)

(フンッ)


 凄く不満げだが、渋々アタシの意識に寄ってくる弓ゴブリンの魂。アタシは彼の魂をマジマジと観察する。するとある事に気づいた。


(あれ、貴方、もしかしてあの村に居た……?)

(ハッ、ソレガドウシタ?)


 彼は、パヤージュを助けたゴブリンの村でアタシを狙っていた弓ゴブリンの一人だった。更に魂を見ていると気づく。


(砂浜で、アタシの肩を射ち抜いたのも……?)

(俺ダ。良イ悲鳴ダッタゼ?仲間共ニ腸ヲブチ破ラレテ行クテメエノ悲鳴ハヨォ?ケケケッ)


 そう言ってアタシを馬鹿にするように意地悪く笑う弓ゴブリン。

 砂浜でアタシに致命傷を負わせたゴブリン達の一人でもあったらしい。さてアタシは気絶した後、悪魔化して周りのゴブリン丸ごと喰ったはずだったが、何故この弓ゴブリンはここまで生き残っていたのだろう?それを聞いてみる。


(アタシ、あの後周りのゴブリン全部喰っちゃったと思うんだけど、キミはなんで今まで生きてたの?)

(バカカ?危ネエト思ッタラ逃ゲルニ決マッテンダロ?)


 至極当然だが、それを一瞬で判断出来る辺り、やっぱり彼は有能である。

 だが、そうなると今回、既に危険だと分かっているアタシに矢を放った理由がわからない。なので聞く。


(ねえ、なんでアタシが危険と分かっていながら、今日アタシに攻撃を仕掛けてきたの?)

(巣ニ外敵ガ近ヅイテ来タラ攻撃スルニ決マッテルダロ。バカジャネエノ)

(なるほど)


 彼は巣を守るため、危険と分かっていながらアタシに向かってきたらしい。ゴブリンでありながら仲間を守ると言うのは初めて聞いたかもしれない。アタシのイメージでは仲間を放ってでも自分だけは生き残る、そう言うイメージだったからだ。この点から考えても彼は間違いなくゴブリンの英雄だ。彼の命がけの行動にアタシは敬意を表する。


(やっぱり気に入った。今度ヴァルキリー見つけたら魂入れてあげるからね)

(ハッ?何ッテンダ?)


 アタシの提案に不可解な表情をして返答する弓ゴブリン。彼はアタシに囚われた魂がどういう扱いをされるか知らないから当然の反応だ。だがアタシは本気である。ヴァルキリーの中に彼の魂を入れてもう一度喰う、一つの魂で二度美味しい。ある意味、牛とかが消化のためにやってる反芻に近いのかもしれない。


(あと巣の仲間は全員ちゃんと食べるからね)

(クソッタレ!死ネ!)


 酷い罵倒を頂いたアタシだが、彼の事はとても気に入っている。アタシの魔眼に耐えた精神力、あれは見事だった。アタシの貧弱なメンタルと交換して欲しいくらいだ。全く従順ではない彼だが、魂を潰すつもりもさらさらない。ただ彼の守ろうとしたものは悪いけど全部頂いてしまうつもりだ。


(アタシに喰われたらみんなアタシの中でまた会えるんだからいいよね?)

(良イ訳ネエダロ!地獄ニ落チロ!)


 アタシの意識に向かって全力で悪態を吐く弓ゴブリン。さて、彼は地獄に落ちろとアタシに言っているが、死ねばどっちもオードゥスルスと言う化け物に魂を喰われると言うこの世界に、天国と地獄の区分けはあるのか怪しいものだ。


(この世界そのものが地獄みたいなモンじゃない?戻ってていいよ)

(死ネッ!死ネッ!)


 アタシの問いに罵倒で返しながら彼の魂は奥へに引っ込んでいった。


 意識を外の世界に戻したアタシ。木の陰に置き去りにしたゴブゴブくんのところまで戻り、ゴブゴブくんを回収する。


「さてゴブゴブくん、キミ達の洞穴がそろそろらしいね。教えてくれるかな?」

「ハイ、アッチデス」


 アタシはゴブゴブくんの指差す方角に向けて、歩を進めた。

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