起.2

「ふぅ〜、腹がキツい……」


「行儀悪いよ、兄さん」


 満腹になった腹を抑えて机につっ伏す俺に、ため息を吐きながら空になった食器を台所へと運んでいた。

 ただ、どことなく顔が青白くなっていた。


 帰宅後、テーブルを埋め尽くすほどの料理を並べて出迎えてくれた母と共に、3人で食卓を囲んだ。

 種類もそうだが量も多く、食べ盛りの筈なんだが、平らげた瞬間こうなった。


 弟だけは、苦しいながらも余力はまだあるようで、空いた食器を運んでいた。

 本当、よく出来た弟だよ。


「さて、俺も手伝いますか……」


「アル、苦しいならまだ休んでなさい。

 アデル、貴方も気分が悪いなら無理に動かなくていいのよ」


「ううん、大丈夫だから手伝うよ。

 ご飯を食べてそのままダラケてたら、豚になっちゃいそうだから」


「おい。

 それは暗に、俺を豚って揶揄してないか?」


「私としては、それくらい太って欲しいわ。

 同じ歳の子と比べて、アルは小さいし、細いから」


 病気ではなさそうだけど。と頬に手を当て、こちらを心配するのは俺とアデルの母――メティス・アルカーナ。

 俺や弟の黒い髪と瞳は、母の血を色濃く受け継いでいるからだった。


 因みに、父は赤茶色の瞳と髪をしている。

 俺も弟も母譲りの黒色のために、落ち込んではいたが。

 目元や鼻元などの身体的特徴が所々父に似ている為、手のひらを返したように喜んだそうだ。


「そういや、親父は……元気かな……」


「そんな神妙そうに言わないでよ……。

 お土産を楽しみにしてろよ〜って、昨日の昼に手を振りながら都に行ったんじゃないか」


「あの人は元々ハンターだったんだから、ちょっとやそっとで死なないわよ。

 それに、息子たちももう独り立ち出来そうだし、復帰しようかなって言ってたわ」


 でも、アルの事は心配してたわねー。っと再び俺の体について心配しだした。

 確かに、この世界の住民は男女関係なく、体ががっちりしている人が多い。


 俺が160後半の痩せ型なのに対し、同い年の友人は180越えのガッチガチの体格をした奴が大半。

 そんな周りの奴らを見ていたら、両親が心配するのも無理ないのかもしれないが、俺からしたら周りのヤツらが異常なのである。


 まぁ、適応というか……逆境を跳ね返せる為の肉体が必要だったのかもしれない。


 別に、この世界の生活レベルが過酷……という訳では無い。

 水道も電気も通っておらず、不便と感じざるを得なかったが、別に苦になることは無かった。


 それでは問題は何かと言えば、この世界には魔物――いやモンスターと呼ぶべき怪物がいる。


 ファンタジー世界のような、スライムやゴブリン、オークといったものでは無い。

 どちらかと言えば、モ〇〇ンのような――熊や狼のような動物がより凶暴となった姿に、地竜や翼竜といった恐竜に近い姿のモンスターが蔓延っていた。


 だが、何の対抗策も無いわけじゃない。


 モンスターを狩る者……ハンターと呼ばれる人たちの手によって、この厳しい世界でも人類は繁栄を許されている。

 ハンターとは、倒したモンスターを剣や弓、鎧などの武具に加工し、再びモンスターを狩る狩人の通称だ。


 得られるものも大きい職だが、リスクも大きい。

 いくら良い武具を纏っていても、人はモンスターに比べて体力でも力でも劣っている。

 その力関係が変わることは無く、油断や慢心などしていれば易々と殺られてしまう。


 だからこそ、人は考え住処を工夫することで、この厳しい環境の中でも暮らすことができていた。


 ある国は、城壁を構えてモンスターの侵入を防ぎ、人々に安寧を与え。

 ある国は、モンスターでは暮らせない僻地に街を築き、独自の文化を発展させている。

 どちらかというと、この村は二番目の部類に入るだろう。


 隅に覆いやられる程に人は弱くとも、絶望することなく文明を発展し、命を積み重ねてきた。

 それがこの世界の実情。

 逞しいく、誇らしいと思う反面。どうしても生きにくさを拭いきれなかった。


「魔法が使えたら……な」


「……まだそんな事言ってんの、兄さん?

 いい加減現実を見なよ」


「いや、必ずある筈なんだって!」


「まぁ、そんな力があるなら魅力的ね。

 何も無いところから火や水を生み出したり、体に負った傷も瞬く間に治るんだものね」


 憧れるわー。と言う母の顔は、少し寂しそうだった。

 その視線には、そんなものは存在しないのよと、咎めるような意味が含まれているような気がした。


「……アル。

 貴方は、もうすぐしたら独り立ちするんでしょう?

 夢は持っていてもいいと思うけど、それにのめり込み過ぎたら、あっという間に呑まれちゃうわ。

 厳しい事を言うようだけど、いい加減現実を見なさい」


「……そ、れは」


 その視線に、何も言うことが出来ず視線を逸らした。

 俺だけが知っている知識で、俺以外は知らない知識。

 実際に見せられれば良かったのだろうが、今の俺にはそんなことは出来なかった。


 何も言えず、重苦しい雰囲気が流れていると、思わぬ所から援護射撃がきた。


「母さん、それくらいにしようよ。

 兄さんが言う力を信じる訳じゃないけど、僕達はこの国の外を知らない。

 だから、もし……仮に……万に一つの確率で兄さんの言っていた力が――」


「おい!待て、アデル!

 俺を援護するフリして、さりげなく貶してるだろぉ!!

 なんで、そんな前置きを置くんだよ!!

 そこは断言してくれても良いだろぉ!?」


「……庇ってるんだから、遮らないでよ。

 そもそも、僕も半信半疑だし。

 それに、具体的な全体像が掴めてる兄さんに比べて、僕にはその全体像が掴めないんだから、仕方ないよね?」


「いや、そこは涙ぐましい兄弟の絆的な――」


「……そんなものないよ」


「冷たい目で見ながらキッパリ否定してんじゃねぇよ!」


 ふん。という馬鹿にするような息を吐きながら、上から見下ろされる。

 こいつ、本当に可愛くねぇぇえええ!!


 唇をかみ締め、中指を立てそうなのを我慢している俺と、そんな俺を涼しい顔で眺めるアデル。

 兄弟喧嘩を始めそうになっているところに、母はため息を吐くと、こちらへと近づいて俺の頭に手を置いた。


「母さん?」


「別に貴方を否定するわけじゃいのよ、アル。

 もう一度言うけど、夢を持って生きるのは良い事なのよ。

 ただ、それにばかり執着しすぎたら。

 いつかそれが壊れた時、貴方まで壊れてしまいそうだから……」


「母さん……」


「例え、虚言癖の奇人だとか、村一番の問題児、キテレツ嘘八百と言われても。

 大事な息子には変わりないんだから」


「…………」


 どうしよう。

 ここは、涙を流すべき感動の場面なんだろうが、お袋の言葉のせいで涙が引っ込んだわ。


 弟の毒舌も母に影響されたんじゃないだろうか。

 本当、この親にしてこの子あり、な状態だよ。

 ……なら、俺は親父に似ているということなんだろうな。


 俺が静かにドン引きしてる中、それに気が付かず頭を撫でる母と、それを見て肩を震わせる弟。

 収拾つかないから、早く親父帰って来ねぇかなー。と思った直後、


『もしもし、メルさん?今大丈夫かい?

 ちょっと急用があるんだけど!開けて貰えねぇかな!』


 ドンドン、と重く響くノックと共に、それに負けず劣らずの野太い声が響いた。

 家族3人で目を合わせて首を傾げながら、「は〜い」と母が応答するように扉を開けた。


「家族団欒の途中に申し訳なっ……、ん?

 何か妙な空気が――」


「気にしなくていいよ、ランズのおっさん。

 それより急用って?」


「おっと、いけねぇ!

 良く聞いてくれよ、メルさん!アル!アデル!

 都行きの荷台に載せる荷物を入れ忘れたみたいで、今からそれを届けに行こうと思ってんだけど……」


「「「だけど?」」」


「お前ら、道中の護衛を頼まれちゃくれないか?」


「あらあら〜」


「「……はっ!?」」

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