第18話 バベル

「こんなダンジョン内に城壁があるだと?」


 あまりにも予想外な建造物をみた俺は、それが幻覚でないか疑い目を凝らしてしまう。


「城壁の上に人がいるわ」


 シーラも警戒しているのか、俺に身体を寄せてくる。


「まさか、投獄された犯罪者がダンジョン内で生き延びていたのか?」


 ここに来るまで恐ろしいモンスターと遭遇してきた。城壁を守っている人間はそれなりの実力を持っていると見るべきか……。


 俺は引き返すべきか悩むのだが、既に城壁の上にいる人間に見られている。

 もし追いかけてきたら、背を向けたことを追及されるだろう。それよりもこのダンジョンの秘密を知るチャンス。多少の危険を冒してでも進むべきだろうか?


 俺はシーラと意見を交わすと、城壁へと近づいて行った。


「ようこそ、バベルへ」


 中から数名の兵士が出てきて俺たちを取り囲む。

 全員が統一した鎧を身に着けていることから統率された一団なのだということははっきりした。


「あなた方は外の世界から来られたのですよね?」


「ええ、そちらの言う【外の世界】が扉の外のことならあっていますよ」


 どうやら、突然襲い掛かってくるつもりはないようだ。


「あの……」


「なんでしょうか?」


 シーラが恐る恐る後ろから口を挟む。


「ここって、深淵ダンジョンの中なんですよね? バベルって……?」


「外の世界の方々からそう呼ばれているのは知っています、ですが我々にとってここは生まれ育った国、バベルでありそれ以上でもそれ以下でもありません」


 兵士の言葉に俺とシーラはお互いの顔を見合わせる。

 帰還率ゼロの最難関ダンジョンの内部に、まさか人間が住んでいて国を興しているなんて思いもよらなかった。


「早速ではありますが、壁内へと案内いたします」


 浮足立つ俺たちが案内の兵士について歩くと、その周囲を他の兵士たちが囲みながらついてきた。


「それでは、こちらのゲートを一人ずつ潜ってください」


 そこには明らかに何かありそうな魔導具らしきゲートがあった。


 魔法陣が刻み込まれており、潜ることで魔法が発動するタイプのようだ。


「こ、こんな風に囲まれて、よくわからない魔導具を潜れって……。もう少し説明があるべきではないかしら?」


 シーラは不安そうに魔導具を見ると声を荒げた。


「申し訳ありません、ですが今は何も説明することができません」


 シーラの言葉を聞いた兵士は素直に頭を下げる。俺は【大賢者のサークレット】を使いこの魔導具が何なのかを調べた。


「シーラ」


「ピートからも何とか言ってよ」


「俺たちにとっては無害な物だから大丈夫だ」


「えっ?」


 俺の言葉に驚いたシーラは一瞬あっけにとらわれる。


「……ピートがそう断言するなら」


 彼女は渋々ゲートを潜った。すると、上に飾られていた宝玉が青く光る。


「問題ありませんね、それでは次の魔道士の方どうぞ」


 兵士に言われて俺もゲートを潜る。結果は、当然の青だった。


「御協力ありがとうございます。それと無礼を働き誠に申し訳ありませんでした」


 兵士一同が頭を下げる。その態度にシーラは困惑すると……。


「け、結局これなんだったの?」


 潜ったことであからさまに態度が変わったのが気になったのだろう。


「これは、潜った人間が犯罪を犯していないか判定する魔導具だ」


 俺がシーラに伝えると、兵士が驚いた。


「その通りです、良くおわかりになりましたね?」


「外の世界でも同様の研究があってね、一度同じようなものを見たことがあるんだ」


 本当はそんなものは存在しない。大賢者のサークレットで元々存在している魔導具としての知識を引き出しただけだった。


「それならそうと言ってくれたらいいのに……」


 シーラは俺と兵士を恨めしそうに睨みつけた。


「ははは、申し訳ありません。それを言ってしまうとゲートを潜るのを拒否したり強行突破しようとする人間もおりますので」


「もしかして、過去にそのような事件が?」


 その言葉でピンときたので俺は確認をした。


「ええ、大分昔は荒くれてはいても悪い人物ではない者たちがこの門を訪れていたのですが、ここ数十年ほどになりますが、各門に外の世界から凶悪な人間が現れるようになったのです」


 それは恐らく、深淵ダンジョンの攻略を各国が諦め、犯罪者を入れ始めたころのことだろう。


「バベルの内部は秩序が保たれております。もし犯罪者を野放しにしてしまえば、安心した生活を送ることができません」


「そ、それって……。この中に国があるってことでしょうか?」


 その言葉に兵士は頷いてみせた。


「あなた方は判定の結果、犯罪者ではないと確認が取れました。これから壁内へとご案内いたします。そこで我々が用意した宿に滞在していただいたのち、城へと案内いたします」


 犯罪者だった時の処遇についてはあえて語るつもりはないのだろう。兵士は淡々とそう答えた。


「ねぇ、どうする。ピート?」


 眉根を寄せ、難しそうな顔をする。

 これまで二人で生き残るために深淵ダンジョンの秘密を探ろうと歩いてきたが、急に国が現れて保護してくれるという。

 いきなり目の前で崖に橋が架かったかのように肩透かしを食って戸惑っているのだ。


「どうもこうも、俺たちが犯罪者じゃないと証明されている。それほど悪い扱いにはならないだろう」


 俺はともかく、シーラにとってはこの方が最善だろう。

 壁の外は危険なモンスターがうようよしている。あのまま旅をしていたらどこかで不覚を取っていた可能性は高い。

 話を聞く限り、壁の中は安全のようだ。それなら内部の様子を見てみるのはありだろう。


 俺たちの答えが出たところで兵士が話し掛けてきた。


「それでは、まず身分証明書を発行いたします。それとバベルで使えるお金ですね」


 そう言うと一枚のカードが渡された。俺たちが罪人か判定した魔導具から排出されたものだ。


「こちらの身分証明書はバベルのあらゆる施設で利用することができます。能力に応じて階級がありますので、後日その辺について別な者から説明をさせていただきますね」


 長い通路を歩き扉へと到着する。兵士が四人かかりで扉を押し、光が外から差し込むと……。


「ようこそ、選ばれし神の子が住む国バベルへ」


 そこには外では見たこともないような美しい街並みが広がっているのだった。

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