第72話 襲撃者

 


  ☆ □ ☆ □ ☆


  喧騒を右から左へと聞き流しながら、男は手紙に目を通しながら歩く。


「……めんどくせぇ」


  そうボヤきつつ、自分の頭を荒々しく撫でる。


「なんだって、ワシにこんなことを頼むんじゃ……」


  手紙の字面を追っていると、そこでドンッと何者かにぶつかった。


「なんじゃいおどれ、どこに目ぇつけとんじゃ!」


  ほとんど条件反射で掴みかかると、目の前には胡散臭そうな男が脂汗をかきながら両手を軽く上げていた。


「なんじゃい、奴隷商のドロヤか」


  小さく舌打ちをすると、掴んでいた手を離す。そして手紙をぐしゃぐしゃに丸めると、片手に隠すように握った。


「お、お久しぶりです。グズヤ様」


  脂汗を拭きながら、にこやかに話しかけてくるドロヤに対して、ふんっと鼻を鳴らすグズヤ。


「ドロヤが王都にいるなんて珍しいじゃねえの。儲かる金策でもあるんか?」


  下卑た笑みを浮かべながら、そう威圧的に聞くとドロヤは勢いよく首を横に振った。


「い、いえ。ただ、ちょっとした私用です」

「私用?」


  眉を顰めてそう問い返す。

  ドロヤはもう少し遠い街を拠点にしていたはずだ。それなのに、わざわざ王都まで来てただの私用だというのは、違和感がある。


「ええ、まあ……」


  気まずそうにしているものの、聞いて欲しそうにチラチラと細い目を薄く開けて視線を送ってきている。

  儲かる金策でもなければ興味は無いものの、悪名高いドロヤの王都まで来るほどの私用というのは少しばかり気にはなる。

  数秒ほど悩んだ後、一瞬だけ握りしめている拳に視線をやり、口を開いた。


「ほう。その私用というのは一体」

「いやー、それはですね……」


  ドロヤが言うには、昔自分を襲い、奴隷を奪っていった賊が王都に来ているという情報を得たというのがわざわざ王都まで来た理由らしい。焦らした割には、面白みもなんともない話だったが念の為深く聞いてみることにした。


「指名手配とかでもしとんのか?」

「ええ。これです」


  ガサゴソと革製の鞄の中身を漁って、一枚の上等な紙を取り出した。


「盗賊はこんな感じの顔です」


  紙に描かれていたのは、グズヤにとってここ最近見覚えのある男の顔。


「ほう……この男が……」

「ええ。情報を提供してくだされば金貨50枚。捕まえたのであれば、金貨1000枚払うつもりです」


  明確な報酬の話となり、ピクリとグズヤの眉が動く。金貨1000枚となれば、貴族といえどもそこそこの収入となる。

 

「ほう……」


  ニヤリと、グズヤの口角が知らず知らずのうちに吊り上がる。


「ん? つーか、奴隷の娘の保護も入れねえのか?」

 

  ふと気になり、そう尋ねるとドロヤは大仰に首を横に振ってみせた。


「いえいえ。私が入手した情報ですと、その者は奴隷の扱いが大層悪く、おそらくは死んでいると思われますので」

「それはまあ、ご愁傷さまです」

「まあ、奴隷自体は代わりはいくらでもいるので。ただ、盗賊がのさばっている現状が許せないんですよ!」


  鼻息を荒くしてそう宣言するドロヤを、グズヤは冷めた目で眺める。彼の本心はどうでもいいが、指名手配をしているということ自体はグズヤにとってとても興味深かった。


「ま、なんか見たら教えてやるよ」

「ありがとうございます。お願い致します」


  深々と礼をしてくるドロヤに軽く手を振り、手配書片手に歩き出す。


  ドロヤから見えなくなったであろうそのタイミングで手配書をちらりと見ると、グズヤはにぃっと笑みを浮かべるのだった。


  ☆ □ ☆ □ ☆


「歩き疲れたよー、ねえー……」


  後ろから聞こえてくる泣き言を聞き流しながら、あたしは薄暗い道を進んでいく。


「ねえー……」

「うるせえ。 黙って歩きな」

「うぅー……」


  ピシャリと言ってやると、セシルは何度か唸ったあと諦めたのか大人しくなった。

  歩き初めて数十分。ここいらで休憩するのも必要か。


「はあー……。そろそろ休憩するか」

「おー、いいねいいね! 休憩しよう!!」


  嬉々として蜘蛛の巣やら落ち葉やらがある床に寝そべるセシル。その姿に、さすがのあたしもちょっと引く。これはあたし以外も思ったことのようで、少し離れた位置から引き気味の声音が聞こえてきた。


「そんなとこで寝そべって、恥とかねーんでございやがるんですか?」

「うぇあ!? うわっ、汚っ! ちょっ、早く言ってよ!!」

「そんぐらい自分で気づきやがれ」


  はあ……とため息を吐きつつ、適当なところに屈もうとすると足を勢いよく何かにぶつけてしまった。


「痛ぁ……」

「そっちはそっちで何やってやがるんですか……」


  リナの呆れたような声に、うるせえよと返してやる。こっちはあんまり見えねえんだよ。そう内心で呟きつつ、その場にしゃがみこんでふぅっと息を吐きだした。


「結構歩きやがりましたが、まだ進みやがんのか?」

「一応、行き止まりか出口かまでな。どうせ、今日が最後だしちょうどいいだろ?」

「ボクとしては早めに終わるに超したことは……いや、なんでもないです」


  セシルは調子よく何か言いかけたが、こちらが視線を向けるとすぐに意気消沈してしまう。


「ま、あたしとしても早く終わるに越したことはないな」

「あ、ですよねー! うんうん、ボクもそう思うよ」


  調子づくセシルを無視して、これからの予定を考え込む。

  とりあえずは、今のところではあるが予定通りに進んでいる。懸念事項もあらかたクリアしたし、あとはなるようになるだろう。……あとの問題は、この先に吉岡がいるのかどうかといった問題と、不確定要素であるリナの存在ぐらいだろうからな。


「……よし、そろそろ行くか」

「ええー!? もうちょっと休まない?」

「ダメだ。多分そろそろ、準決勝は終わってる頃合いだろうし、ここでモタモタしてたら日が暮れるぞ」

「ま、そりゃそーですよね」

「うぅー……」


  呻きながら立ち上がるセシル。うわっ、汚いな……本当に……。若干引きつつも、ここではどうしようもないと割り切ることにする。


「ほら、さっさと行くぞ」


  振り返ることなくさっさと進むと、慌てたようにパタパタとした足音が後ろについてくる。


「おし、それじゃあ少しばかりペースを上げて――」


  そこであたしの頭から鈍い音が聞こえてきた。激痛と共に全身から力が抜けて、地面に倒れ込む。それに続いて何かを殴る音、そして倒れる音がそれぞれ二回ずつ。

  薄ら開けた目で見上げると、そこには息を荒くした青年が三人いた。その青年たちは三人とも鉄の棒を持っており、それらには真っ赤な血がべっとりと付着していた。


  次第に瞼が重くなり、徐々に意識が落ちていく。


「――ら、誰――」

「知ら――」

「――する――」


  意識が落ちるその瞬間、興奮した青年たちの声が途切れ途切れに聞こえてくるのだった。

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