第49話 偽物と亡霊
「な、なんかごめんね? 馴れ馴れしかったよね」
愛想笑いを浮かべながら、そう言う三十号。
俺は一度深く息を吸い吐くと多少気分は楽になった。そして、ゆっくりと立ち上がり三十号を見据える。
「……強引に振り払ったことについては悪かった。ごめんなさい」
四十五度を意識して、頭を下げる。相手はなんであれ、善意でやったことに対する仕打ちがあれなら、悪いのは全面的に俺だ。
「いいよいいよ、気にしなくて。三十も気にしてないし」
困ったように笑いながら、しきりに手を横に振る。
「そうか……それなら許されたと判断する」
これで一応筋は通した。困惑した表情の三十号をできるだけ冷たい視線を向ける。
「えーと、三十、なにかしちゃったかな?」
ああ、本当に気持ちが悪い。 彼女……そう、前魔王と同じ顔で同じ声で三十号が話す度に、言い知れぬ不快感を覚える。
「腹割って話そうじゃねぇの、亡霊」
三十号はそれを聞くと、それの顔からすうっと感情が抜け落ちた。
「……あんたがそう言うならそうするわ、偽物」
どかっと勢いよく近くにあった椅子へと座り込む。俺は亡霊に近づくと、見下ろすような位置へと立った。
「お前は何者だ」
「あら、何を今更。亡霊って言ってる時点でわかってるじゃない。神崎 砂糖の幽霊……これが一番近い答えかしら」
なんてことないように言い切りやがった。
「……前魔王は数年前に死んだはずだ」
「けど、ここは死者が跋扈する空間。常識で考えない方がいいわ、ここは外とは違うから」
「ってか、この状況はなんなんだよ」
「だから言ったじゃない。百人の死者が生者と死者を狩る空間よ」
さっぱりわからん。
「要は、生者でも死者でもいいから一人殺せば一ポイント。それプラスどれだけ生き残ったかでポイントが加算される」
「ゲームかよ……というか、ポイントって何に使うんだ?」
「ポイントを貯めると好きなもの買って貰えるんですって。要望が多いのは食べ物類らしいわ」
ペラペラと喋るが、これ言っても大丈夫なやつなんだろうか。俺としてはどうでもいいが。
「つーか、それだけのために人を殺すのか……」
自分で言うのもなんだが、そんな簡単に人を殺せるものなのだろうか。俺は、強い憎悪により人を殺すのには抵抗はない。だが、彼ら彼女らは見た感じそうでも無い。それだけの事をして、報酬が食べ物だなんて――。
「三十たちは暇なんだよ。ここ、することないし」
「そんなにか」
「そう、そんなに。こうやって街に出るのなんて、滅多にない。その間は、何も無い空間で生きていくの。食べ物なんてものはもちろんないわ」
つまるところ、それだけ食べ物は貴重なのか……。
「……というか、それだったらこの街のもん奪えばいいじゃねぇか」
「死者はこの街のものを持ち帰れないのよ」
「なるほど……」
亡霊にピシャリと言われると、続く言葉がない。いい案だと思ったんだけどなぁ……。
「じゃあ、次は三十の質問に答えなさい」
「答えられる範囲なら」
質問に答えてもらった以上、こちらもできる限り答えるのが筋だろう。
「偽物、あんたはなんなの?」
お前もか。
「わかりません」
「じゃあ、あの人に成り代わって何をしようとしてるの?」
「特には」
「どうしてそうなったのか、わかる?」
「わかりません」
「……いつから成り代わったとかは?」
「わかりません」
勢いよく立ち上がると、俺に掴みかかってきた。
「わかんないわかんないわかんない全然使えない!!」
「は、ちょっと、離せ……!」
「自分のことぐらい把握しなさいよー!!」
頬を上気させてガクガクと揺らしてくる。俺はなんとか落ち着かせようと両肩を掴んだ。
「ちょっと落ち着いて! ね!?」
「――!」
ドンっと突き飛ばされて床へ転がる。亡霊の方を見やると、ふーっふーっと荒い息を吐きながらこちらを睨みつけてきていた。
「落ち着い……ましたか?」
思わず敬語になってしまう。……なんという屈辱。
亡霊は額を押さえると、細く長い息を吐き出して気持ちを落ち着かせる。そして、今度はしっかりと俺の目を見据えながら質問してきた。
「それじゃあ最後に、アーロゲンドは今何しているかわかる?」
「あー、……アーロゲンドって誰?」
アーロゲンドアーロゲンド……分からん、そんな勇気のある知り合いがいない……。
「いや、アーロゲンド・カレッジ。三十……砂糖を殺した魔族よ。それすらも知らないの?」
「あっ、魔王か! 魔王呼びが定着して本名忘れてた!!」
そういえばそんな名前してたような気がする。覚えてないけど。
「あれ、今魔王やってんだ」
「あー、まあ」
自分を殺したやつが、自分の跡を継いでるなんてあまりいい気分ではないだろう。超不本意ではあるが、フォローでも……。
「ま、そうなるでしょうねぇ」
「えーっと……ん? あれ、あんまり動じてない?」
「そんなに気にすることでもないでしょう。まあ、変なこと考えなければ良い魔王になるんじゃない」
そんなどうでもいいように……。いや、本当にどうでもいいのかもしれない。彼女は亡霊。生前の彼女とは別人かもしれないのだから。
「……じゃあ、俺もう行くわ。亡霊なんかに構ってる暇ないし」
変に話し込んでしまったが、さっさとレイたちと合流した方がいいだろう。
そう思い、雑に手を振り立ち去ろうとする。
「……ねぇ、最後にもう一つ聞いてもいい?」
「さっき最後って言ってただろうが」
最後って言いながらもう一二個用事があるのってあるあるだけどよぉ……。
「で、なに?」
仕方ないなぁとため息を吐きつつ、振り返る。だが、振り返った先にいつになく真剣な亡霊の姿があって、ちょっとだけ後ずさる。
「……あんたの目的はなにかあるの?」
「はあ?」
そんなもん、シオとか名乗ってたやつの言ってたように前魔王が死んだ理由をだな……。と、話そうと口を開きかけたが、言葉を発することは無かった。
「人に与えられたものではなく、自分なりの目標」
「……ぇ」
そう言われてとりあえず考えてみる。しかし、何も出てこなかった。何も無く、ただただぽっかりと胸の辺りが空いているような虚無感。
「……やっぱり無いのね」
「そ、そうだけど、別に誰も彼もが目標持って生きてるわけじゃないじゃん!」
亡霊の憐れむような目。
それが、無性に腹が立って思わず言い返してしまう。スルーすればよかった。気にしなかったら良かった。けれど、それが出来なかった。
「あんたは、それでいいの?」
「いつかきっと見つかるだろ、だから問題な――!」
俺の言葉を遮るように、顔を思いっきりぶん殴られる。グーで。パーではなく、グーで。
数メートルほど吹っ飛んで、椅子とかにぶつかって床に足がついた。
「何すんだ……てめぇ……!」
「……ふざけたこと言ってるからでしょ」
肩を震わせ、キッとこちらを睨みつけてくる。その態度が、更に俺の神経を逆撫でする。
「ふざけたことって何がだよ!」
「いつかなんて来るわけない! きっとなんてあるわけないじゃない!」
「はあ?」
「あんたがそんなんだったら、何も変わらない。あんたの目標はなんだったの!?」
ああ、そうか。そういうことか。やっぱりこいつも、俺を真人と重ねてみてるんだ。
「そいつの目標なんて知ったことか! 俺は俺だ、他の誰でもない! 他人の目標なんて受け継ぐかよ!」
言ってやった、言ってやった。ずっと言えなかった。八代に会ったときも、セシルに会った時も、初めてナツミさんに会った時も言えなかったことがようやく――!
だが、近づいてきた亡霊にもう一度殴られる。グーで。
「じゃあ、なんでサトウと名乗った! 何かあるんじゃないの!? 感傷に浸りたいなら別でやれ! そうじゃないならはっきりと言いなさい!!」
――ああ。
亡霊が怒る度に、俺の心は急激に冷めていく。死んだやつよりも、俺の方がよっぽど冷めてるなんて皮肉な話しだ。
「……! わかった、今決めた」
「……なにを」
俺を突き飛ばし、こちらに指をさしてきて宣言する。……嫌な予感しかしないんだが。
「ここから出たければ三十を倒しなさい!」
こいつ何言ってんの。
しらーっとした視線で亡霊を見る。
「ポイントとやらを稼ぎたいなら、他所で――」
「違う、そうじゃない。三十は、そうやって意味もなく成り代わっていられるのが心底嫌なの」
知っている。
何が言いたいと、今度は冷めた視線を彼女に向ける。
「だから証明して。偽物が、生きる意味を」
支離滅裂な言い草。感情的になりすぎて、言っていることは意味わかんないし、乗ってやる義理もない。ここは、レイたちのためにも断って逃げるのが良い。それに面倒そうだし。けれど――
「――いいぜ。その挑戦、乗ってやるよ」
――その時、何かが変わるような気がした。
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