第45話 六号と九号


 ☆ □ ☆ □ ☆


「分かれるよ!」

「了解っ!」


 レイとセシルは、逃げ回っている途中でばっと二手に分かれる。戦力を分散させることで、心理的負担も減らせるはずだ。


「あれー? クー、二つに別れちゃった」

「ロー、こういう時は直感でどちらを追うか決めるが吉だよ」


 そう話していたかと思うと、突然二人は立ち止まり、「「むむむむ」」と何かを受信するかのように人差し指を額に当てていた。


「よし、ロー決めた!」

「クーも決めた」


 そう言うと、少女たちは走り出した。

 ……セシルの方へ。


「なんでぇぇぇぇぇ!?」

「あれ、ローも一緒?」

「うん、ローとクーやっぱり似てるー!」


 顔を見合わせてにへへと笑い合う六号と九号。


「え、なにこれ、めっちゃ可愛い……! やばい、逃げなきゃ行けないのにもっと見ていたい欲が……!!」


 さっきまでの泣き叫んでいた姿はどこへやら、少女たちの姿をガン見して、走り続けるセシルの姿がそこにあった。


「えー、うそー、めちゃ可愛いんだけど。仲良し姉妹とか、まじやばい……ぶぎゃ」


 語彙力を感じられない褒め言葉を言っていると、勢いよく壁に激突してしまった。


「うぇ……ここに壁……というか家があるなんて……!」

「ちゃんす、クー」

「そうだね、ロー」


 大きく飛び上がり、二人はセシルに向かって武器を振るう。


「『蜘蛛』」


 地面から生えてきた縄が、六号と九号の足に絡みつき、二人を宙吊りにする。


「ほら、さっさと逃げるよ」

「……なんでボクばっかり狙われるのさ」

「……そういう成分が分泌されてるんじゃないかな」

「うそ!?」


 ただの偶然なのだろうけど、彼女は不幸な出来事に遭遇する回数が多すぎる。単純に運が悪いんだろうなぁと、レイはそう思った。

 レイたちはすぐに動き出す。六号と九号は既に縄を引きちぎって、こちらへと追いかけてきていた。


「これほんとに大丈夫!?」

「大丈夫大丈夫、死ぬ時は一緒だから」

「全然大丈夫じゃなくない!?」


 レイは走り回りながら、脳内で自分たちの立ち位置を俯瞰する。


「一……二……三……今!」

「うぇ、今!?」


 レイはくるりと振り返ると、六号たちと相対する。それに続いて、セシルも振り返り、武器を構えた。


「ふふーん、降参しちゃったのかな」

「ロー、これは抵抗する気。油断しちゃダメ」


 慌てず、焦らず、互いに互いの隙を探る時間が過ぎる。そして、先に動いたのは間に耐えかねた六号だった。


「ロー、もう行く!」


 ざりっと地面を踏みつけて、こちらに飛びかかろうとしてきた。しかし、それを見てレイはボソリと呟いた。


「『血塗れの舞踏会』」


 ナイフが二人の周りに出現し、切っ先が二人のたっている場所へと収束する。そして、ほぼ同じタイミングで六号と九号に向けて放たれた。


「むむむ……やっぱりスキルって謎だ」

「行くよ」

「えっ、あっ、うん!」


 セシルはナイフが飛んでいくのをぼーっと眺めていると、レイの声ではっと我に返る。

 捕まえることが出来そうなら、今のうちに捕まえておいた方がいい。そういう判断なのだろう。


「クー、大丈夫」

「大丈夫。ローは?」

「だいじょぶー」


 二人とも、四方八方から飛んでくるナイフを完璧に捌ききっている。

 そこへ、レイとセシルは飛び込んだ。


「せいっ!」

「うおりゃ!」


 罠が終わるタイミングで入り、確実に捉えたと思って小刀を振ったのだが、二つの小刀は綺麗に空ぶった。


「はやっ!?」


 レイとセシルは背後に気配を感じとり、レイは前へ大きく跳び、セシルはかがみ込む。


「おりゃ」

「とう」


 気の抜けたかけ声とは裏腹に、棍棒は地面を砕き鉈は風を切った。


「うぉーるみーあっぷは終わりました」

「ロー、それを言うならウォーミングアップ」


 よく分からない造語を言い出す六号と、それを窘める九号。次の瞬間には、その二人の姿は視界から消えていた。


「――っ!」


 直感で横へ跳ぶ。すると、さっきまでいた場所へ棍棒を振る六号の姿を視界で捉えた。そして、こちらに走り寄ってくる九号は視界の端に映った。


「好きを見せるとは、甘いよ、お姉ちゃん」


 鉈をレイの首の位置に合わせて振るわれた攻撃は、突然レイが下に引っ張られたため空振りに終わる。


「うわっと……!」

「ふっふっふ、これで恩は返したよ」


 ドヤ顔でそう言うセシルがおかしくて、少しばかり笑ってしまう。しかし、すぐに笑いを引っ込めると、立ち上がった。


「まあ、しょうがないか。それより、相手に集中しないと」

「うー、分かってるよぉ」


 相手をしっかりと見て、攻撃を避ける。動きから、やはりレイとセシルの二人だけでは真正面から勝てそうにない。


「だから、なんとかしてスキルを……!」


 条件としては、『蜘蛛』と『血塗れの舞踏会』をそれぞれ一回ずつ発動させられれば発動させることが出来る。

 棍棒が迫ってくるのを、小刀で受け止める。刃物と木製の武器という差があるはずなのに、棍棒は鉄のように硬い。


「どりゃあああ!!」

「……む」


 六号の背後から、セシルが襲いかかった。それを察知した六号は、ぱっと棍棒を離すと、その場を離脱する。


「うわっとと……」


 さっきまであった押し返す力がなくなり、バランスを崩す。


「大丈夫?」

「うん、だいじょう――セシルっ!」


 安心させるためにセシルの方へ顔を向けると、セシルの後ろに鉈を構える九号の姿があった。


「へ……?」


 セシルを押しのけ、レイは振られた鉈を小刀で受け止める。結構力強い……!

 押されまいと踏ん張ると、あちら側は動かまいと踏ん張る。


「クー!」


 慌てたように叫んだ六号が、ざりっと地面を踏みつけると、勢いをつけてこちらに突撃してきた。


「……『血塗れの舞踏会』」


 ボソリと呟くと、レイや六号、九号の周りにナイフが生成される。セシルはギリギリ攻撃範囲に入っていないようなので、大丈夫だろう。


「よっ、と!」


 宙に浮くナイフに気を取られている隙に、小刀を手放しその場に屈む。すると、拮抗していた力を失った鉈は、勢いよく弧を描くように振られた。

 そしてレイはそれを視界の端で見ながら、落とした小刀を拾うとその場から離脱する。


「もー! またー!!」


 文句を言いつつも、それらのナイフをするりするりと回避しながら、地面に落ちた棍棒を回収する六号。やはり予想通り、彼女たちには生半可な攻撃は通用しない。


「あと一回……」


 残るは、『蜘蛛』のみ。あの行動を取らせるように誘導することが出来るだろうか。


「レイっ!」


 グイッと横に引っ張られる。

 そのすぐあと、レイの横を銀色の閃光が通り過ぎた。


「むー! さっきから避けられてばっかー!!」

「クー、落ち着くのです。ほら、急いては始祖をほにゃららって言葉があるんだし!」

「それを言うなら、急いては事を仕損じるだよ」


 楽しそうに話す二人を見て、セシルは恍惚の笑みを浮かべていた。


「えっと、どうしたの?」


 それを見て、若干引き気味にそう尋ねるレイ。


「えっ、いやっ、なんでもないよ!?」


 じーっと見つめると、ささっと視線を逸らされてしまう。


「ロー、もう一回行こう」

「うん!」


 言って、彼女たちはレイとセシルの下へ駆け寄ってくる。もしも、これが戦闘中でなければ、可愛い子がじゃれついてきたようにしか見えない。しかし、実際は違う。明確な、殺意を彼女たちは持っている。


「……よし」


 小声で呟き、自分に喝を入れる。

 これまでの六号と九号の動きを分析し、どうすればあの行動をとるのかを考える。

 動きは大袈裟だが、本当に危ない時は最小限の動きで回避する。九号は、少しばかり六号の動きを真似てしまう癖がある。

 このことから、隙を見せれば、六号は大きめな動きを入れて攻撃してくるだろうと予想される。そして、六号がそう動くとなると、共にこちらに向かってきている九号も一緒に。

 となると、この状況での最適解は――。


「セシル、伏せてっ!」

「……へっ?」


 セシルを引っ張って、体を小さく縮こまらせる。

 あちら側に動けば避けられて、後ろに下がればスピードを上げてくる。横に動けば大きく横に武器を振るうだけ。今、この瞬間、あの行動を誘導させるにはこれが一番だと思う。


「行くよー! クー!」

「分かった! ロー!」


 二人同時に飛び上がると、こちらに向けて武器を振るってきた。そう、それを待っていた。


「『蜘蛛』!」

「ぬわっ!」

「きゃあ!」


 縄が足に絡まって宙で体勢を崩しているが、即座に縄を切断、またはブチ切った。


「びっくりしたー!」

「三回目はもう効かないんだから!」


 これで、条件は整った。あとは、発動させるだけ。

 レイはふーっと細く息を吐き出すと、しっかりと六号と九号の姿を見据えた。


「『鋼蜘蛛』」


『蜘蛛』の上位互換。

 チェーンが生成され、それはまるで生きているかのように六号と九号の四肢へと巻きついた。


「これ、結構ピンチなんじゃ!」

「ぐぬぬぬっ……ロー、これ引きちぎるの無理っぽい」


 二人は体をモゾモゾと動かし、しばらくの間どうにか抜け出そうとしていたみたいだが、次第に諦めたように大人しくなった。

 こうして、六号と九号はレイとセシルペアにより無力化されたのだった。


 ――けれど、まだまだ悪夢は終わらない。

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