第43話 彼女たちの戦い
☆ □ ☆ □ ☆
「落ち着いて! 落ち着いて移動してくださーい!」
「ちょっ、君ら、押さない走らないしっかり歩いて戻っちゃダメって言葉知らないの!?」
何度も何度も呼びかけるが、効果があるようには思えない。セシルの奇声が聞こえるので、おそらくあちらも上手くいってないのだろう。
「落ち着いてくださいまし! 騎士の指示に従って行動してください!!」
「お嬢様ー! お嬢様も早くお逃げになってください!!」
「ここは我々に任せてください!!」
カトリーヌ嬢も呼びかけているが、この人混みだ。あまり効果は乏しくない。
連れ戻しに来たメイドのマリアや戻ってきたダミアンは、カトリーヌ嬢に屋敷へ移動するよう説得しているが、そちらも効果は乏しくない。
「ナツミさん、大丈夫かな」
未だ戻ってこない彼女の姿を思い浮かべ、しかしすぐに首を振って打ち消した。
彼女は自分よりも強い。だからきっと大丈夫だろう、と。
「みんな! 騙されちゃいけねぇ! こいつらは今襲ってきてる連中と共謀して俺たちを殺す気なんだ!!」
一際大きな男の声が、辺りに響いた。そして、それに続いて女性の声が聞こえてくる。
「そうよ! きっと、屋敷へ言ったら殺されちゃうんだわ!!」
それは、ぽつりと水たまりに落ちた水滴のように、少しずつ波紋を広げていく。
「おいおい、それは本当なのか」
「いやいやまさか」
「いやでも、あいつらはいきなり出てきたって噂だし、領主様と繋がっていても」
「まさか、領主様は魔王軍の手先なのか!?」
ざわざわと、少しずつ不安が広がっていく。それを打ち消すように、カトリーヌ嬢は大きな声を張り上げた。
「皆さん! 私たちは魔王軍の手先ではございません! どうか、悪い噂に流されることのないよう――」
「それじゃあ俺がほら吹いてるって言うのかよ!」
「私が嘘をついてるって言うんですか!」
彼女の声を遮って、先ほど一際大きな声を上げた男と女が非難する。
「い、いえ、そういう訳では……」
カトリーヌ嬢がそう言いかけた瞬間、甲高い悲鳴が遮った。
「きゃああああ!!」
なんだなんだと、その場にいるほとんどがそちらに視線を向ける。
「あれー? ローたち、見られてる?」
「ローが可愛いからだよー」
「ふふーん、照れるー」
ほのぼのとしたやり取りとは裏腹に、少女たちの服には至る所に血がべっとりとついていた。そして、自分をローと呼称する少女の手には、金髪の女の首が握られていた。
「んー? みんなー、ローの手を見てるようなー」
「ロー、七お姉ちゃんを見てるんだよー」
「七おねーちゃん? ああ、これかー」
はてと首を傾げ、手に持っているそれを見ると、納得したかのように何度もこくこくと頷くローこと六号。
「みんな欲しいー?」
六号の問いに、答える者は誰一人としていない。それを見た彼女は、むーっと頬を膨らませ。
「無視しないでよー! もー!!」
地団駄を踏みながら、七号の首を地面に叩きつける。ベチャッと音がして、少しの距離を転がった。
そして、場はシーンと静まり返った。
「いやー!!」
「どけよ! 早く逃げないと!!」
「でもどこ行くのよ!?」
「屋敷に行かないと!」
「でもお屋敷に行ったら殺されちゃうわ!!」
「集会所だ! 集会所に逃げ込め!!」
一気に悲鳴やら絶叫やらが混ざって、阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった。
屋敷へと向かうものももちろん居たが、それ以上にさっき浮かんだ疑惑が拭いきれず、集会所へと向かうものが大半を占めていた。
「皆さん! 屋敷に! 屋敷へ避難してください!!」
カトリーヌ嬢が大声をあげるが、もうほとんど聞いていない。
「もしかして鬼ごっこー?」
「クー、鬼ごっこ好きー!」
二人の少女が楽しそうに逃げる人たちを追いかける。ローは近くにいた女性を棍棒で殴りつけた。クーは近くにいた男の首を掻っ切った。
片方は顔の形が変形するまで殴りつけられ、もう片方は奇声をあげながら絶命する。
「いやぁぁぁぁ!!」
「早く行け! 早く行けよ! 頼むからさぁ!!」
恐怖に駆られた人々が、我先に逃げ出そうと人を押しのけ前へ行こうとする。
「クー、いっぱいいっぱい遊べるよ!」
「ロー、たくさん遊んでくれる人がいるね!」
騎士が止めに入る。だが、騎士たちは数分も経たずに殺されてしまう。
人が死ぬ度に、人々の不安や恐怖心が煽られ、正常な判断を下せなくなる。
「……ダミアン、マリア、私、集会所の方へ行ってきますわ」
「お嬢様!?」
「あちらに逃げた者共は放っておいて、お嬢様は早く屋敷へ逃げましょう!」
マリアとダミアンの言葉に、いいえと首を横に振る。
「もしかしたら集会所の方は被害が少ないのかもしれませんわ。ですから、集会所がどうなっているのかを見て、避難するよう指示を出します」
「ですから! お嬢様がしなくとも……!」
「騎士の方々は市民の誘導、賊の捕縛、討伐に死力を尽くしております。これ以上は、彼らに負担は強いられません!」
鋭い声で、そう言い放つ彼女の瞳には、固い決意の色があった。
「領民を導くのは領主の務め。例え私が子供だからといって、この異常事態に指をくわえて待ってるなんて出来ませんわ!」
はっきりと言い放つ彼女だが、声は微かに震えている。こんな状況の中、まだ十歳そこらの少女が怖くないはずがないのだ。
それでも、彼女は逃げることなく立ち向かう。領主の娘としての責任感と、正義感によって。
「レイさん、セシルさん、貴女方は屋敷へ逃げておいてください。ここまでして頂き、ありがとうございました」
ぴょこっと頭を下げてくるカトリーヌ嬢。それを見て、レイとセシルは互いに顔を見合わせる。
「ボクら、ついて行かなくていいの?」
「はい。これ以上、ご迷惑をおかけする訳には行きませんから」
そう言うと、「それでは」と言って大半の人が流れて行った方へ走り出した。ダミアンとマリアはレイとセシルの方へ軽く頭を下げると、彼女を追っていってしまった。
「……ねぇ、どうする?」
「いやー、ほら、どうするって言われても……」
セシルは、ちらと騎士たちが少女二人に圧倒される光景を見ながら、言葉を濁す。
「あんな小さい子が、あんなに頑張ってるんだから」
「やるしかないってか! でも、ボクらだよ!? なんか、あの二人めっちゃ強そうだよ!」
そう言うセシルを宥めるように、レイは彼女の肩へ手を乗せる。
「ここで逃げたら……女が廃るよ」
「そんな熱血系じゃなくない!? ボクら!」
「まあ、それは冗談だとしてー」
きらりと妖しく瞳を輝かせ、ペロリと親指を舐めるとこう言い放った。
「ここで逃げるのは、なーんか癪なんだよねぇ」
捕まった彼と、まだ帰ってきていない彼女の姿を思い浮かべながら。
☆ □ ☆ □ ☆
「すごい人の数ですわね……!」
集会所へと辿り着くと、そこは人で溢れかえっていた。そして、前の台の上にあぐらをかいて座っている女性の姿があった。
「すみません、通してくださいまし」
人混みをかき分け、前へと進む。そして数分後、ようやく一番前に来ることができたカトリーヌ嬢は、台の上に座る女性へと声をかける。
「すみません。ここの代表の方というのは貴女ですか?」
「うん、そうだよ。そういうあなたは領主様のお嬢様かな?」
「はい、私の名はヴィリニュス・ド・カトリーヌでございます。ここが安全だという話を耳にしたのですが、その根拠を確認しに来ました」
丁寧な礼をして、ここに来た目的を告げる。すると、女性は「うん」とにこやかに頷くと、ゆっくりと立ち上がり、手を広げ、声を高々に話し出した。
「さて、役者が揃ったようだ。これから、私とカトリーヌお嬢様のどちらが正しいか、判断してもらう!」
彼女はそう宣言する。それに対し、困惑する人々。そして何より、困惑しているのはカトリーヌ嬢だった。
「どういうことですの……?」
「だから、君は今から、自分の正しさを証明しなくてはいけないんだよ」
戸惑うカトリーヌ嬢に、女は小さな声で今の状況を教える。
「いえ、私はここが安全だと聞いたのでその確認に来ただけでして……」
手を後ろで組んで、カトリーヌ嬢はそう説明する。しかし、女はにこやかな笑顔を浮かべると、楽しそうに話を続ける。
「うん、それ真っ赤な嘘」
「はい?」
「ここが安全だってのは、なんの確証もないし、なんなら、話し合いで今はここを襲わないよう頼んだだけだから、別に安全って訳でもない」
なんでもない事かのように、そんなことをさらりと言う。
「あと、屋敷へ言ったら殺されるってのも、私が広めた嘘」
「そんな……! それでは、まるで貴女はこの街を滅ぼそうとしているかのようではないですか!」
「ふふっ、そうだよ」
可笑しそうに、小さく笑う。
「私は、この街の人間全員を皆殺しにしに来た一員だからね」
驚きで固まるカトリーヌ嬢。その姿をスっと目を細めて見つめると、感情の抜け落ちたかのような声で、最後にそっと付け加えた。
「さあ、君の
そうして、集会所では四号とカトリーヌ嬢による話し合いが始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます