第22話情報収集


「えー、お集まりの皆々様。皆さまのおかげで無事、この都市を守ることが出来ました」


ミルカンディアの酒場にて、屈強な男が前に出て、乾杯の音頭をとっていた。


「んじゃまあ、社交辞令もこの辺にして……野郎ども! 飲んで食って騒ぎまくれ!!」

「「「「うおおおおぉぉ!!」」」」


騒ぎまくる冒険者どもプラスセシルを横目に、運ばれてきた料理を黙々と食べる。

カラッと揚げという名前の料理らしく、まんま唐揚げである。……いやもう唐揚げでいいじゃん。なんでここまで名前と見た目似せてんのに、別物感出してんだよ。


「……サトウさん、どうしたんですか。変な顔して」

「いや、この世の不可解な出来事に頭を悩ませていただけだ」

「何言ってるのか分からないけど、しょうもないことだってことは分かりました」


真面目っぽい顔で言ってみたが、サラリと流されてしまった。……解せぬ。


「それで、どうだったんですか? えーっと、トウドウジ ナツミさん? という人とは」

「ああ。ちょっと言い争いになって、聞く予定だったこと聞きそびれた」

「は?」


興味なさげに聞いてきたので、簡単に今日あった出来事を話すと、ものすごい顔でこちらを見てきた。

え、なに。怖い。その目やめて、なんか俺がダメなやつみたいに思えるから。


「なんで言い争いになるんですかねぇ」

「……まあ、ほら、あれだ。女心は複雑って言いますし」

「サトウさんって、女心を語れるほど理解していないですよね」

「あっ、はい。すみません」


ピシャリと言われて、思わず謝ってしまった。

……なんか今日のレイ厳しくないか。


「まあ、明日会ってくれるみたいだし、ここに来た目的への道が完全に閉ざされたわけじゃないから」


なんとか言い募ると、はあ、と一つため息を吐くと、仕方ないとばかりに口を開いた。


「では、明日は私たちも同伴します」

「え、なんで?」

「サトウさんに任せると、また言い争いになってしまう可能性があるからに決まってるじゃないですか」


ジト目で責め立てられると、なんだか不味いことをしてしまったような気分になる。……いやまあ、実際に不味いことをしてしまったのだが。


「とりあえず、明日は私たちも――」

「おうおう、お前らもこっち来いよ!」


レイの言葉を遮って、金髪の男が割り込んできた。

俺達二人の怪訝そうな視線を気にせず、ケラケラと笑いながら話し出した。


「ほら、あんたは確か……魔王軍のリーダー格のやつを足止めしてくれてたんだろ?」

「はあ……まあ……」


距離近いな……。

男がズイズイッと近づいてくるたびに、その分後ろへ下がる。


「いやー、俺らほかの魔族やら魔物やらで手一杯でさー、あんたがこなかったら、どーっなってたか……」

「つっても、戦況が不利になったから引いたって感じじゃなかっただろ」

「あー、いや、基本的にあいつらは攻めてきてからあんぐらい経ったら、引いてくんだよ。まあ、最後まで戦い続けるやつもいるけど」


頭を掻きながら教えてくれる情報に、首を傾げる。

……不利になったから、なら分かるが時間が経ったら引くってことは、なにか別の目的があるのでは……。



「負傷した冒険者に紛れて魔族が潜入した形跡も、門へと注意を向けて防壁に穴を開けている痕跡もなかった」

「それだと本格的に分からんな。人間を攻撃することのノルマが出来たぐらいしか思い浮かばんぞ」

「ノルマか! 確かにその可能性もあるわな。はた迷惑なノルマだな!」


何がおかしいのか、腹を抱えて笑い出す金髪の男。

……ってか、自然と話してたけど、こいつ初対面なうえに名前も知らないんだけど。……え、誰……。


「はーっ! いやー、久しぶりに笑ったわ」

「そこまで笑うことか……?」

「いやだってよ、魔王軍にノルマとか、そんなん人間が働いてんのと変わらねえじゃん!」

「ああ……なるほど」


そういうことかと、納得する。

確かに、人間側からしたら魔王軍なんて気まぐれに人間を襲っているような連中という認識だよな。

実際、書類仕事だってあるし、残業も有給もある。人を襲うことのノルマとかはなかったが、どれだけ攻め入り、占拠することに成功したかとかの実績の競争とかあったような気がする。


ただ、そんな風になったのはここ最近で、昔は部署だの担当とかがなく、全てが前魔王と幹部の連中の管轄だったので、ノルマだの競争だのはなかったような気がする。


やはり魔王軍のその辺の印象は、前魔王時代の印象が強いらしい。前魔王時代が強烈すぎたのか、今の魔王の存在感が薄いのか。どちらにせよ、今の印象を変えない限り、魔王の魔族と人間が和平交渉だなんていう夢物語はいつまで経っても実現しないだろう。


「おーい、聞いてる?」

「――ん、ああ、すまん。ちょっと考え事していた」

「ほーん。で、どうするよ? あっちに行って俺らと飲まねえか?」


人の良さそうな笑みを浮かべて、そう尋ねてくる。


「いや、騒がしいのはちょっとな。誘い自体は嬉しいが、気持ちだけ受け取っとくよ」


無難な言い回しで誘いを断る。

……おい、レイ。なんだその信じられないものを見るかのような目は。

そんなにいい感じに断った俺が信じられねぇのか。なんでだよ、普段の行いか? ならしょうがねぇか。


「そうか。なら、俺と飲もうぜ。おっちゃーん! こっちに酒二本持ってきてー!」

「あいよー」


なんか勝手に決めて、勝手に隣に座られて、勝手に注文されたのだが。え、なに、こいつ。距離近すぎない? もしかして俺とこいつ友達だったの?


「ええ……なに。初対面だよね?」

「あー、名前言ってなかったな。俺はアンドレ。好きに呼んでくれても構わねぇぜ」


ぱっと手を差し出してくるアンドレ。

初対面にもかかわらずこの距離感。しかも、それなのに困惑はあれどこちら側に不快感はない。

……たまに見るコミュニケーション能力が異様に高いタイプの人間だ。


「……サトウだ。よろしく、アレ」

「アレ!?」


差し出された手を握ると、名前を名乗る。

そして、好きに呼んでもいいと言われたので、すでに忘れかけている名前の文字をなんとかひねり出し、あだ名っぽく呼んだ。

だが、何故か驚いたように固まってしまった。


「……サトウさん、もうちょいまともな名前付けてあげましょうよ」

「いや、こいつの名前忘れてしまったんだよ」


俺がそう言うと、レイは呆れたようにため息を吐いて、記憶を探るように視線をさまよわせてから、口を開いた。


「アン……なんとかさんだったような……」

「アンドレだよ! 四文字じゃん! え、なんで忘れんの!?」

「まあいいじゃねえか。アンなんとかさん」

「自分でつけた割にはいい名前だと思うんですが、アンなんとかさん」

「せめてなんとかを外してくれないか!?」


レイがつけてくれたあだ名に何が不満なのか、涙目で変更を訴えかけてくるアンなんとかさん。


「……まあ、いいですよ、アンさん。あっ、ちなみに私の名前はレイです」

「なんか女っぽい呼び名なんだよなぁ……。よろしくー、レイちゃん」

「あれー、誰がちゃん付けしていいって言いましたか? さん付けしてください」

「あっ、はい。レイさん」


こんなにもすぐに馴染んでいるアンさんに、軽く戦慄を覚えてしまう。


「はいよー、カースタス二本」


頼んでいた酒こと、カースタスが運ばれてきた。


「んじゃ、レイさん、サトウさん、飲みますか!」

「あー、レイは酒ダメだから」

「了解っす!」

「えー、私、別に飲んでもいい年頃なんだけど?」

「ばっかお前。こーいうのは、二十歳までは我慢すべきなの」


確か脳が小さくなるとか聞いたことがあるような気がする。


「……はーい」


微妙に納得してなさそうだが、渋々と返事をしてちびちびと水を飲み始めるレイ。

そして、ああそうだと思い出し、アンさんに声をかける。


「そういえば、アンさん」

「なんだ? サトウさん」


不思議そうにこちらに顔を向けてくるアンさん。


「お前何歳?」

「17っすけど」

「じゃあ俺の方が先輩だな。敬えよ」

「なんかいきなり上からだな……」

「具体的に言うと、さん付けしろよ」

「既に添付済みなんですが……」


どうやら、今どきは礼儀について学ばないらしい。ここは、先輩である俺が教えてやらねば……! (使命感)


「俺のことはサトウさんさんと呼べ。敬称はいくらあっても困らないからな」

「太陽ですか、君は」

「なるほど、サトウさんさん」

「……ここにはバカしかいないんですかね」


うむ、聞き分けの良い奴は嫌いではない。多分、明日には呼び方変えろとか言うだろうが、今はこれでいい。


「あー、そいやアンさん。あんたを見込んで聞きたいんだが」

「おん? なんっすか」


少しだけ声音に真剣味を帯びさせて、酒を呷っているアンさんに声をかける。

アンさんは、酒を一気に飲み干すと、俺に向き合うように体の向きを変えて聞く体勢をとってくれた。


「あー、その、知らないなら知らないでいいんだけどよ」

「おう」

「紫色の髪をした、短髪の女の子って知ってるか?」


明日、ナツミさんに再度会いに行く。

ただ、今日の会合を経て、彼女があの日から罪の意識に苛まれていることがわかった。そして、そんな彼女の力になりたいと思った。

だから、何かしら、なんでもいいから情報が欲しい。

あの日から、どんな立場で生きてきたか。今、どんな立場にいるのか。


今回聞きに来たこととは関係ないことは知っている。

けれども、彼女の助けになりたいと思ったから。

知りたいことを聞くだけじゃなく、あの日から彼女を蝕んでいる罪の意識を少しでもやわらげればと願ったから。


だから、彼女のことを知りたい。

知って、彼女の力になりたい。


アンさんも真剣味の帯びた眼差しでこちらを見て、そして口を開いた。


「紫色の髪をした女の子っていえば、ちょっと心当たりあるな。ナツミちゃんって名前の子なんだが――」

「――ちゃん付けすんな、さん付けにしろ。ぶっ殺すぞ」


今日一、低い声が出た気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る