第20話疑似死者蘇生
「それで、なんの用なんだ?」
この場所の説明を一切しないまま、俺に説明を求めてきた。
「いや、ここの説明はないのか」
「……? 見てわからねぇのか?」
不思議そうに首を傾げて問いかけてくる。
ぐるりと180度辺りを見回してみる。……うん、わからん。
「……ほんとに分からないのか?」
信じられないとばかりに聞いてくるので、少しだけ申し訳なく感じてしまい、小さく首を振る。
すると、ナツミさんは呆れたようにため息を吐いた。
「はあ……。ここはな、いわゆるクローンを作る……いわば、疑似死者蘇生の研究をしているところだ」
クローン。
その単語を聞いて、なぜ彼女がわかっている前提で話していたのか、ここはどんな目的で存在しているのかが一気に理解した。
「……まだ続けてたのか」
少しだけ非難するかのように声を発したが、彼女には全くと言っていいほど効果がない。
先程と一切表情を変えず、淡々と説明をしてくる。
「別にあの二人のためってわけじゃない。というか、死者蘇生なんて、死んだやつの意志を取り入れてねぇんだ。完全に自分のためだろ」
そんなことを話す彼女に、そういうことでは無いと首を振って否定する。
「違う、そうじゃない。まだ、囚われてんのかってことだ」
そう言うと、彼女の目が変わった。
ずっと無機質だった瞳の奥に、燃えるような激情が見えたように気がした。
「囚われてんのかってなんだ。それは、お前も一緒だろう」
非難するような、そんな声音で俺を責め立てるナツミさんの瞳には、嫌悪の色が滲み出ていた。
「サトウって名前もそうだ。忘れないようにとか思ってんだろ。そうやって、妄執に囚われてんのはお前もだろ」
サトウと名乗った理由は、戒めか、自己の確立か、もしくはその両方か。
けれど、少なくとも名前に、形に囚われているのは変わらない。
「……さっきは、どーでもいいって言ってただろ」
「あたしはお前が過去に執着しようがどうだっていいっつったんだよ。今のお前が好ましいなんて、言った覚えはない」
ああそうだ、これも予想していた。理由を推測し、仕方がないと思ってはくれるだろうが、好ましく思ってもらえるなんて考えていない。
「……なら、俺はどうするべきなんだ」
きっと、どんな答えが返ってきたとしても、俺は納得することはないだろう。それなのに、そんな情けないセリフが口から溢れ出した。
「過去を忘れて、のうのうと生きていくのが正解なのかよ……!」
ギリっと奥歯をかみ締めて、拳を強く握りしめる。
あまりに強く握ったものだから、手からぽたぽたと、血が流れ落ちていた。
「忘れていいわけ、ないだろ」
ナツミさんは悔いるように顔を歪めて、震える唇から言葉を発した。
「忘れていいはずがない。あたしらが、赦されるわけがない」
ナツミさんはまるで泣いているかのように、声を絞り出す。
一番、罪の意識を覚えているのは彼女だってことはわかっている。自分の存在が、彼女の罪の意識を加速させているということも。
「……最近じゃあ、自分がおかしくなっていくのを感じるんだ」
数多くある中の、一つの培養器に手のひらを当て、ぽつりぽつりと語り出した。
「命を作る実験。例え失敗作でも、少しだけ自我というものが芽生えることもあるんだ。だけど、すぐに壊れてしまう」
失敗の結果が、昔の実験と変わらないのであれば、体が少しずつ崩れていくのだろう。辺りには肉片が欠片のように飛び散る光景が目に浮かぶ。
「成功と呼べるものは、一体のみ。しかもそれも完全ではない」
知っている。
そんな簡単に成功するものでは無いから。完全に成功させるには必要なものがある。それは、完璧に再現することが不可能なもの――記憶だ。
「今のところ、完全な完成品を作れる可能性があるのは一体……笑えるだろ?」
ハハッと壊れたような笑いを漏らす彼女の瞳には、一切の光が宿っていなかった。
「命を弄び、壊し、分析して、それなのに大した進歩がない」
完全なる記憶。知識として蓄えられるその前から、どんなものを見て、どんな感情を抱いたのか、それら全てが分からないと、完全な完成品は作れない。
だからこそ、天才と称された彼女でさえも、疑似蘇生装置、クローンの作成を上手くいくビジョンを見ることが出来ないのだ。
「……でもな、今辞めたら、今まで弄んできた命が無駄になる。だから、過去に縋りながらだろうが、始めたからにはちゃんと終わらせないといけないんだ……!」
ナツミさんは、嫌悪に染った瞳で、キッとこちらを睨みつけてくる。
「だからお前とは違う……! あたしは、お前みたいに、ただ過去に縋り付いているだけじゃない……!!」
確かにそうだ。俺は、自覚せず、無意識に、無意味に、過去に縋っていた。
だが、今は、何かを変えたいと思ってここに来た。
しかし、それを言うことは出来ない。今言うと、俺を怒りの捌け口にすることで、ようやく自分を保っている彼女が、壊れてしまうような気がしたから。
不意に、遠くから金属が鳴り響く甲高い音が聞こえたような気がした。
それを聞くとナツミさんは、はっと我に返ったかのように目を大きく広げると、自分を落ち着かせるように深呼吸した。
「……最近、魔王軍がよく攻めてくるんだ」
震える声ながらも、努めて冷静にそう教えてくれる。
「……お前の連れの二人のことが心配なら、行ってきたらどうだ」
ナツミさんは、しっしっと追い払うように手を振ってくる。
「俺は、お前にあることを聞きに来たんだ」
「悪いが、今は聞く気がない。この流れで、素直に聞ける自信が無いんだ。……またに、してくれないか」
それもそうかと思い、こくりと頷きを返す。
すると、ナツミさんはなにやら机の引き出しをゴソゴソと何かを探し出すと、丸まった紙を投げつけてきた。
「……これ、地図。基本的に、東の門あたりに攻めてくる」
「おう、ありがとう。……なんか俺も防衛戦に参加する流れになってるけど」
どれだけ情緒が不安定でも、その辺の気配りは忘れないらしい。俺はありがたく地図を受け止めると、中身をパッと見た。
「……んじゃあ、またな」
これ以上は、ここにいるべきではないだろうと思い、小さく手を振る。
「……ああ、気をつけて」
むすっとしながらも、手を振り返してくれる様子に、思わず昔を思い出して微笑が漏れてしまう。それをバレないように手で覆い隠すと、たっと研究所から飛び出した。
都市全体に水が行き渡るようにするための、地下空間なので、街の至る所に出入口があるらしい。俺は、地図の指し示す方向と同じ方向へと流れる水を見つけると、それに沿って走り出した。
――真っ暗闇の中を走りながら、先程のことを思い返す。
昔と違い、不安定さが目立つ東堂寺 夏海。
言っている言葉も、支離滅裂な部分がある。
そんな不安定な精神状態をなんとかしないと不味いと、直感的に理解する。
壊れてしまうような、潰れてしまいそうな彼女に、自分は何をしてやれるのだろうか。
考える、考える、考える。
けれど、何も思いつかない。
そうしているうちに、真っ暗で何も見えなかった目に、外の眩い光が入り込んできた。
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