第4話招いていない客

 赤い髪が風に吹かれて深紅の瞳が垣間見える。その瞳は、猛禽類を想起させるような目だった。


「久しぶりだなァ」

「……いきなり押しかけてきてどうした。お茶……は、ねぇから水でも飲むか?」


 挑発的に笑ってみせると、シモンの背後に控えていた騎士が何人か一歩前に出ようとしてシモンに止められていた。


「おい、やめとけ」

「ですが……!」

「命令だ」

「くっ……!」


 渋々といった風に下がる数名の騎士。シモンは一度舌打ちをすると、こちらへ視線を戻してきた。


「おいおい、部下の躾はしっかりしとけよ」

「けっ。部下を持ったことがねェやつがよく言うよ」


 忌々しげにこちらを睨みつけてくる。……怖い怖い。


「んで、何の用だ。昔話でもしに来たのか?」

「なわけねぇだろ、ボケがァ」


 ま、だろうな。少なくとも、シモンとこうやって語り合うような話などない。


「じゃあなんの用だよ。俺は見ての通り忙しくてね。これから二度寝しようと考えてたところなんだよ」

「めちゃくちゃ暇じゃねェか」


 空気を和ませようとしたんだけどなぁ。まあ、無理だろうけど。

 シモンは俺を見据えると、鎌をこちらへ向けてきた。


「貴様には今、防衛塔爆破の犯人の疑いがかかっている。大人しくついてくりゃァ、痛い思いはしなくて済むぜ」


 防衛塔爆破……? 防衛塔っつったらあれか。魔族の国の首都を囲む結界を張っているところか。あそこ爆発したのか。

 ほーんと興味なさげに呟いていると、苛立ちの混じった声音が聞こえてくる。


「……テメェが疑われてんだぞ? もう少し動揺とかはねェのか」


 その言葉にはっと我に返る。そうだ、俺疑われてんじゃん。


「なんでだよ、俺はもうあんたらと関わりのない一般市民だぜ? わざわざ防衛塔を爆発させるわけねぇだろ」


 俺が心外だとばかりに文句を言ってやる。


「あのなァ、テメェは解雇された腹いせに爆発系統の魔術をしかけたんじゃないかって疑われてんだよ」


 懇切丁寧に教えてくれるが、分からないとばかりに首を横に振った。


「証拠を出せ、証拠を。どうせ見つからんだろうがな」

「なんで犯人がいいそうなセリフ言ってんだよ……」


 げんなりとそう呟くシモン。

 ちなみに、俺にはアリバイがあるんだぞとか、殺人鬼と一緒の部屋にいられるかとかのセリフもあるぞ。……二つ目のは死ぬやつのセリフだな。


「ま、とりあえず、俺はそれに協力するつもりは無い。というか、あそこを出たのは一年半も前だ。どこで何したかなんて覚えてねぇよ」


 なんか退職金出なくて苛立ってたのは覚えてるけど。それ以外はさっぱりだ。

 シモンはそれを聞くと、「そうか」とだけ呟き、片手を軽くあげる。それを合図に、シモンの背後にいた騎士が続々と俺を囲み始めた。


「なら、強制的に連行するしかねェな」

「おいおい、俺を力づくで連れていこうってか? お前、俺の実力を忘れたのかよ」


 ニヤリと嫌な笑みを浮かべながら、そう問いかけると、何言ってんだこいつと言っているかのような視線を向けてきた。


「実力も何も、テメェは俺とどっこいどっこいだろうが。俺を相手にしながら、こいつらの相手は出来ねェだろ?」


 ああ、なるほど。つまり、数の暴力というわけか。言い換えると絆の力。やっぱりものは言いようだな。


「そういう訳じゃねぇよ……。ほら、これを見やがれ」


 上に着たものを脱ぎ捨てて、上半身を露出する。それを見たシモンは、なっ……と声を詰まらせた。


「テメェ……それは……!」

「ご明察。爆弾だよ、取っておきのな」


 筒に火薬が詰まった爆弾。そしてそれを起動するためのボタン。このボタンを押すと、爆弾が爆発してここら一帯が吹き飛ぶ。


「さっさと出ていけ。さもないと、これ、爆発させっぞ」


 爆破の容疑がかけられてる俺が、爆弾で脅迫するとかこれもう犯人じゃね? と、そんな疑問が湧き上がってきたが、頭を振って意識を切り替える。


「貴方だって無傷じゃ済まないはず。そんなはったりに私たちには通用しませんよ!」

「よせ」


 一人の騎士が、俺の方へ指をさしながら近づいてくるのを、シモンの低い声が止めた。


「あいつはそういうことを平然とする男だ。下手に刺激するな」


 信じられないとばかりに目を向けてくる騎士に向かって、一つ優しく頷きを返す。もし怪しい動きがあったらすぐ爆発する。……レイがちゃんと逃げたかを確認できないので、そう簡単には爆破しないが。


「わかったわかった。今日はこの辺で勘弁してやるよ。だから落ち着け、な?」


 必死に俺をなだめながら、周りにいる騎士たちに目配せをするシモン。どうやら、まだなにかするつもりらしい。この場合は、不意打ちで一斉に飛びかかるのが無難か。

 そう思い、警戒レベルを一段階上げる。


 ジリジリと後ずさるシモンたち。仕掛けてくるとしたら、そろそろか……。

 ガタッとなにかの音がしたのを合図に、直線上に俺へ飛びかかってくるシモン。そのシモンに、飛びつく黒い影がひとつあった。


「逃げてください! 早く!!」

「なっ……!」


 ここから見えるのは、華奢な体に薄く青みがかった黒髪。だが、それだけでそれが誰なのか即座に判別できた。だが、それと同時になぜという疑問が湧き上がってくるが、それは頭を振ってすぐに振り払う。


「レイ!」

「なんだァ、こいつは……ぐふっ」


 レイに気を取られていたシモンに飛び蹴りをくらわせる。すると、シモンの体は宙に浮いて壁へと激突した。


「痛ェなァ……」


 壁は、壊れてシモンの体と壁の穴の隙間から外が見える。シモンは飛び散る木片を鬱陶しそうに振り払いながら、立ち上がる。

 そんな悠長なシモンの行動を無視して、レイの体を抱き上げると、ちょうど立っているところの横の壁に設置されていた電気のボタンを、ぶん殴る。


「「「っ……!!」」」


 小さく呻き声を上げながら、騎士たちがバタバタと倒れていく。そんな中、苦悶の表情を浮かべながらもなんとか立ち上がる人物がいた。


「まあ、お前はそう簡単に倒れちゃくれねぇよな」

「なんでテメェは家ん中に電気流してんだよ、頭おかしいんじゃねぇか」

「お前らみたいな奴らを追い払うためだよ」

「ケッ……用意がいいようで……」


 苦々しげに笑うシモンを見ながら、俺は勝利の笑みを浮かべるのだった。


 ☆ ☆ ☆


「ねぇ、あの人たち何者なの?」


 その日の夜。

 かなりの数の騎士たちを運んでいくシモンから奪い取った食材から作った料理を食べていると、レイが神妙な面持ちで問いかけてきた。

 ……さて、どう答えるか……。

 俺は数秒考え込むが、上手い言い訳が思いつかないので正直に言うことにした。


「……魔王軍の連中だよ。防衛塔が爆破されたから、やったのは俺なんじゃないかって聞きに来た」

「……なんで、魔王軍の人と関わりがあるの?」


 ……こればっかりはどう答えるべきか簡単に決めることが出来ない。元関係者、下っ端、魔族。どれもこれも俺を表す一部ではあるが、全てではない。しかも、それをまとめて説明するのは面倒でもあり、またこの事実は彼女との関係性が変わってしまう恐れもある。

 何も言わずに、黙り込んでいると、なにか察したのか、「……そ」とだけ呟いて俯いた。


「……悪いが、今はまだ言えない」


 彼女に伝える、的確な言葉が見つからないから。


「……まあ、別に隠し事の十や二十あるだろうし、気にしてないから」

「それはちょっと多くありませんかね……」


 ツッコミを入れると、「女の子ってそんなもんだよ」と返ってくる。きっと、彼女なりに気遣ってくれたのだろう。だが、そんな彼女に俺は聞きたいことがあった。質問に答えなかった手前、聞きづらかったが、あの時に感じた違和感についてどうしても確かめたかった。


「なんであの時、飛び出したりしたんだ……?」


 彼女の性格なら、あそこは既に逃げ出しているだろうと考えていた。頭の回る彼女なら、自分がその場にいても何も出来ないことは分かっていたはずだから。だからこそ、俺は躊躇いもなく爆弾のボタンを押そうとしたのだ。


「んー……、何でだろうねぇ……。無意識だったからよくわかんないや」


 えへへっと笑うレイの笑顔には、少しだけ影があった。しかし、それも一瞬のことですぐにいつもの飄々とした笑顔を浮かべた。


「私の答えも分からないで。さあ、さっさと食べちゃおう」


 言うや否や、いつも以上のペースで料理を口へ運んでいく。それにつられて、俺もいつも以上のペースて料理を口に運ぶ。久しぶりの肉なんだ、しっかり味あわないと……。

 料理を口に運びながら、影のあるレイの笑顔を思い浮かべる。その時、どこかで俺は、何かを間違えてしまったような、そんな嫌な予感を感じていた。


 ――嫌な予感は当たるもので。その日の深夜、突然目が覚めて部屋から出ると、そこにはレイの姿はなく、一つの書き置きだけが残されていた。


『今までお世話になりました。私はもうここから出ることにします。本当にありがとうございました。レイより』


 と。

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