第2話盗賊と奴隷少女

 薄く青みがかった瞳がこちらを捉える。

 数秒の沈黙。だが、その数秒で様々な考えが脳裏に過ぎる。一番思い浮かんだのはやはり――泣き叫び暴れられるという想像だった。

 しかし――。


「……えっとー、どちら様ですかー? おや、もしや私の買い手がもう既にいたんですか……!?」


 一瞬だけ怪訝そうな顔をしたものの、すぐに冗談めかして話しかけてきた。


「いや、お前の買い手ではない」

「おや、そうなんですか。……となると、騎士様? いやでも、騎士様がこんなにボロっちぃ服着てますかね……」


 むむむっと唸りながら考え込む少女。

 ……今、サラっと失礼なこと言われた気がするけど気のせい? うん、気のせいだな。そういうことにしておこう。


「……俺は盗賊で、この竜車を襲った」

「なるほど。それで、取り残されたのが私、と。あれ? これ結構ピンチだったりします?」


 ……こいつ、どこからこんな余裕が出てくるんだ。

 世間知らずなのか、余程の阿呆なのか。どちらにしても、一般的な奴隷の態度のそれではない。


「もしそうだったらどうする」

「いやー、特に私持ってるものないしなー。……あっ、靴舐めまでならしますよ?」

「しなくていい……」


 強がっているわけでもなく、この少女の元々の性格なのだろう。きっと。


「ここからは好きに生きるといい。お前の身柄には俺はこれっぽっちも興味が無い」


 奴隷という立場的に、なにかの人質に取れる訳でもない。それになにより、俺は魔王軍をとうの昔に辞めた。そういうことをする必要はなくなったのだ。

 シッシッと手で追い払うと、少女はいやー、と困ったように頬をかいた。


「それが行くあてもないんですよ。もしよかったら、貴方についていってもいいですか?」

「え、なんで」

「一番安全そうだからです」

「……は?」


 俺は元はとはいえ魔王軍に所属していたことがある。ならば、そこらの一般人の方が自分より安全かは安全だろう。だから、俺についてくるべきではない。そう思い、断ろうと思った。しかし――。


「……お前の目は節穴だな」

「そうですかね?」

「……まあ、勝手にすればいい」


 そう言い、荷台から降りる。言ったあとで、何故こんなことを言ったのか首を捻る。俺は確かに断るつもりだった。それなのに、ついてくることを遠回しに許可するようなことを言った。

 明らかにいつもの自分とは違う行動に、思い悩む。けれど、そうしながらも身体は歩調を緩めて自分の家に向かっていた。


 ――少女が追いやすいように、ゆっくりと。


 ☆ ☆ ☆


 ――彼女と出会って、およそ半年の月日が流れた。

 彼女はレイと名乗り、しばらくの間家に住むこととなった。


「もうけもうけ」


 襲った行者が持っていた食料を袋に詰めて、ニヤニヤと笑いながら帰路についていた。


「……はあ。もう少しまともな手段で手に入れようとか思わないんですか……」


 やれやれと呆れるレイを横目に、これまでのことを思い浮かべる。

 まず、何が作動するのか分からないボタンやらレバーは不用意に触らないこと。しばらくしたら、自分からこの家を出ること。……そして、嘘をつかないことの三つを約束させた。

 だが、俺は彼女に約束させたもののうち一つを破っている。自分が、人間ではないことを明かしていない。

 聞かれていないこともあるし、いつかは出ていくのだし、問題はないと判断したからだ。


「すっかり染まっちゃって」


 頭を振って思考を切り替える。そして、しみじみと感慨深く呟いた。

 すると、レイはそれを聞いてムッとした視線を向けてきた。


「それ、サトウさんが言います? 私をこんなにしたの、あなたじゃないですか」

「おい、言い方。ただ単に、自分の飯は自分で用意しろって言っただけだろ」

「いや、それがこんな犯罪ギリギリどころか、やっちゃいけないラインを飛び越えたみたいな方法だなんて想像もつきませんよ」


 やはり甘ちゃんだな。

 俺は、幼い子供に言い聞かせるように優しい眼差しを向けながら口を開く。


「あのな、この世は弱肉強食なんだ。強いやつが勝つ、それだけだ」

「そんなこと言ってると、いつか足元すくわれちゃいますよー」


 不意に、遠くで鈴の音がした。チラと視線を交わすと、ひとつ頷く。


「真っ直ぐでいいんですよね?」

「そういう気分だしな」


 言い終わるや否やどちらからともなく走り出す。続いて、こちら側へと向かってくる足音が大量に聞こえてきた。


「あらー、結構来てますね」

「最近の騎士様とやらは暇なのか? こんな辺境の地にこんだけ来るとか」

「まあ、私がいた奴隷商って結構大きいところだから。それに、こんだけ長い間盗賊を同じところで続けてるんな、 有名にもなるよね」


 少しずつ、追ってくる足音は大きくなっていた。……流石にレイと一緒だと、追いつかれるよな。


「よっ……と」


 閃光弾を取り出すと、フラグを抜いて後ろへ放り投げる。数瞬後、何人もの呻き声が背後から聞こえてきた。


「うーん、これで少しは減ったよな」

「とはいっても、焼け石に水だろうけどね」


 疲れてきたのか、息が乱れてきたレイ。だが、レイは道中の大木の前を通り過ぎる瞬間、ナイフを取り出してロープを切った。


「な、なんだこれは!?」

「この体勢きっつ……痛いっ!!」

「誰かー!!」


 後ろをチラと見てみると、そこには巨大な網に引っかかっている鎧を着た男たちがいた。


「さっすがー」

「しっかり仕込みもしといたからねー」


 軽く褒め称えると、得意げにそう返ってくる。

 あれは、レイが仕掛けた罠だ。魔法や魔術を一切使わない原初的な罠。だからこそ、日頃から魔法や魔術に対する訓練を行っているはずである彼らにはとても効果的なのだろう。

 ただ、素材がただの蔦なのですぐに抜け出す者が現れるだろう。そう思い、俺は速度を緩めることなく足を前へと送る。


「この生活がいつまで続くことが出来るかが心配だなー」

「ま、いつかは終わるだろうよ。盗賊なんて、リスク高い仕事を一生続けることなんてそうそうできないだろうし」


 突然変なことを言い出したレイに、適当に返す。ただ、一生続けることは出来ないことは予想がつく。だからこそ、彼女は早いうちに追い出すべきなのだろうと、頭の中では考えていた。


「……ま、そうだよねー」


 一瞬だけ暗い顔をしたかと思うと、いつの間にやらいつもの飄々とした態度に戻っていた。


 俺はそんな彼女の表情を横目で見つつも、何も言わずにただただ足を前へと進める。無言で、何も考えずに、考えないようにしながら。


「もう追ってきていないみたいだねー」


 しばらく無言の時間が続いた。けれど、不意にレイが口を開いてその沈黙を破った。


「……そうだな」


 しかし、俺はそれに対して素っ気ない反応しか示せなかった。単純に、考え事をしていたせいで反応が遅れてしまったからだ。だが、レイはそんなこと気にしてないかのような態度で一度振り返ると、すぐさま、うん、と頷いた。


「どうした?」

「少し確認をね。気づかないうちにつけられてましたーとか、笑えないから」


 そう言いながらも、ケラケラと笑うレイ。どうやら、現実に起こると笑えないが、想像だと笑えるらしい。


「じゃっ、さっさと帰るか」

「……そうだねー」


 自分の家へと、駆け足で向かっていく。

 木でできた1階建ての家は、周りの風景と見事に合わさっているように見える。

 自分ももう一度だけ、背後を振り返る。それは、ただただ静かな森の風景が広がるだけで。


 ――こちらを追いかける足音も気配も、感じ取れなかった。

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