第16話 曇天にわずかな光

 



 迫る殺気を警戒するフウカは、シルキィを守るように前に立ち、敵の襲撃に備えた。


 そしてドス、ドス、と大げさな足音を立てながら、二人の前に現れたのは――アングラズだった。


 彼は握った拳を叩きつけて、壁を破壊した。


 そして俯き、その場で深呼吸を二度繰り返す。




「な……なに……?」


「わからん」




 戸惑うシルキィとフウカ。


 アングラズは最後にもう一度「ふうぅぅぅ」と大きく息を吐き出すと、顔を上げ口を開く。




「闇市の商人から話は聞いたぞ!」


「ひゃ、ひゃいっ!?」


「事件に使われた凶器を買ったのは、青い髪の男――お前と同じパーティに参加してたクリドーって男だってな」


「あ、それ聞いたんだ……」


「ならばなぜ殺気を消さない」


「脱獄の件も化物を押し付けた件も納得してねえからだよ! だが凶器の件も筋が通っちまった以上、ここでてめえらを裁く理由も無くなった!」


「濡れ衣は晴れたってこと……?」


「とりあえず、な!」




 威嚇するように声を荒らげるアングラズに、シルキィは思わず「ひんっ」と声をあげた。




「シルキィを無駄に怯えさせるな」


「わかってるよ、ただの俺の頭ん中もぐちゃぐちゃになってんだよ。闇市で居場所を聞いて追いかけてきてみりゃ、何だよこの惨状は。外にまで血の匂いが流れてきてんだ、殺気立ちもするだろうが!」




 見渡す限りの、血、血、血。


 本来なら真っ先に突っ込むべき部分だ。


 すると、玄関でアングラズに強引に押しのけられたクラリッサが、彼を追って部屋までやってくる。




「ちょっとぉ、何なのこの男――」


「クラリッサさん、来ちゃだめ!」




 慌てて止めるシルキィだったが、もう遅かった。


 クラリッサはその光景と、漂う死の匂いに、思わず「う……」と口を押さえて慌てて外に走り去った。




「一つ確認するが、これをやったのはお前じゃないという証拠はあるか、オーグリス」




 アングラズはクラリッサのことを気にもとめず、フウカを問い詰める。


 彼女は堂々と答えた。




「当然だ。残された痕跡から、私の同族が彼らを喰った可能性は高い。しかし死体の状態から、死後3日は経っている」


「そっか、その頃にはまだ、フウカは牢屋の中にいるから……」


「……わかった。お前の言葉には筋が通ってる、ひとまず信じてやるよ。とりあえず外に出るぞ、ここで話すのも気分が悪ぃ」




 おそらく、アングラズも死体を見てフウカと同じことを感じたのだろう。




「とりあえず、シルキィの疑いは完全に晴れたようだ」


「よかった……って言いたいところだけど、まだ何も解決してない感じがするよ」




 シルキィは部屋から出てもなお、現場の様子が目に焼き付いている。


 しばらくは夢に出そうな程度にはトラウマになっていた。




 ◇◇◇




 家の外に出たシルキィ、フウカ、アングラズの三人は、お互いの情報を交換することにした。


 イニティで起きている事件がただの殺人ではないというのは、すでに共通認識のようだ。




「じゃあファムさんとルーシュさんが、私のために動いてくれたんですか!?」




 アングラズから、詰め所で話したというファムとルーシュのことを聞いて、シルキィは思わず笑顔になった。


 つられて、それを横で見ていたフウカも頬を緩める。




「ペンダントの件についてはな。今頃クリドーってやつを追いかけてるはずだ」


「これでクリドーが捕まれば、サミーのことは一件落着だな」




 クラリッサはまだ気分が優れないのか、少し離れた場所でしゃがみこんでいたが、サミーの名前に反応してちらりと三人のほうを見た。




「クリドーってやつの、金目当ての犯行だったってわけだ」


「依頼人はわかってないの?」


「ああ、偽名らしいからな」


「だがクリドーは具体的に行動に出た、まさかいたずらを信じて、人を殺めるほど愚かではないだろう」


「実際、あのペンダントには価値があるらしいからな」


「私たちは、呪われたペンダントだって聞いたけど……」


「呪い? 何だそりゃ」


「闇市の商人が言うには、過去の持ち主は全員死んでるんだって」


「その話も含めて、何か情報を得られないかと私たちはここにやってきたんだ」


「そしたら噂話通りに商人が死んでたってことか」




 アングラズは指の関節をパキパキと鳴らしながら、険しい表情で語りだす。




「あのペンダントは今、領主のギュオールが持ってる。俺らが保管してたものをなぜか持ち出したらしい」


「そんな人がどうして……」


「わからん。ただ俺も、あのペンダントは普通じゃないと思ってる。ファムって女が言うには、あれは床に落ちてたらしい。クリドーだって厳重に保管してただろうにな。そして俺が見たときも同じだった、本来入っているはずの袋からひとりでに出てきて、床に落ちてたんだ」


「まるで自分の意思で動いているようだな」


「そんなっ、ペンダントが? 怨念が染み付いてるって本当だったってこと?」


「動いてるだけじゃねえ。俺は“声”も聞いた。カワだのマユだの、わけわかんねえことを言ったあと、何人もの声が重なって『たすけて』ってな」


「……それって」




 シルキィは、血の気が引いていくのを感じた。


 ぐらりと体が揺れ、倒れそうになったところをフウカが抱きかかえる。




「大丈夫か、シルキィ」


「あ……うん、ありがとう……でも……」


「何か知ってるのか?」




 何かに耐えるように歯を食いしばりながら、無言でうなずくシルキィ。




「マユ・クロカワ。それが私の本名だから」


「つまり、ペンダントが呼んでたのはお前ってことか? ただの冒険者じゃなかったのかよ」


「私は2年前、遠い場所からアザルドに連れてこられて、実験台として使われた人間の一人なんだ」


「そりゃあ……まるでオーグリスだな」


「知っているのか、私たちのことを」


「元軍人だ、話ぐらいは聞いたことがある。で、それとペンダントがどう関わってくるんだ?」


「みんなが助けてくれたおかげで、私は一人だけ施設から逃げ出せたんだ。でも残りの何十人かは、みんなそこに残って……たぶん、実験の道具にされた。アングラズさんが戦った、あの顔が赤い化物、いたよね」




 シルキィが伝えようとしていることに気づき、アングラズの眉間にシワが寄る。


 いくら彼女にいい感情を抱いていない彼でも、そればかりは困惑せずにはいられなかった。




「あの赤いぶよぶよが人間の成れの果てだって言うのかよ!」


「たぶん、あの赤いペンダントの中身・・と同じだと思う。施設で“何か”されて、生きたまま、あんな姿に……っ」




 耐えきれず、シルキィはフウカの肩に顔を埋めた。


 フウカは彼女の体を抱き寄せ、背中をさする。


 アングラズは頭を抱えてため息をついた。




「お前らが意気投合した理由が解せなかったが、アザルド軍の被害者同士、共感しあってたってことか」


「元アザルド軍には理解できないか?」


「いや、俺もあいつらのクズっぷりはよく知ってる。だからイニティに来たんだしな」




 彼には、武術だけで軍の上まで上り詰められるだけの実力がある。


 だがそういった技術は、往々にして愚直な精神の元に宿る。


 そしてそんな人間は、決まって幹部と反りが合わないものだ。


 オーグリスを含めた、軍が行っている研究にしたってそうである。


 それに『非人道的だ』と反感を抱くような人間では、そう長くはあの組織にいられない。




「そうか、だからあのペンダントは助けを求めるようなことを言ってたのか。そして、それを欲しがる人間は――」


「実験の存在を知っている、ということになるな」




 クリドーの依頼主、そしてギュオール。


 今のところ、明確にペンダントを欲しがっているのはその二者だ。




「ギュオールがクリドーに依頼を出すなんて回りくどいことをするとは思えねえ。いや、それ以前につい最近までこの街にペンダントがあることすら知らなかったはずだ」


「領主とアザルド軍の関係はどうだ?」


「良かったら俺みたいな人間は雇わねえよ」


「そうか……ならば、クリドーが受けた依頼を出したのはアザルド軍の関係者だろう。軍との仲が悪いイニティ領主に回収を頼むわけにもいかないからな」




 オーグリスを作ったり、シルキィたちを拉致して研究に使おうとしたのはアザルド軍だ。


 つまり、宿で遭遇したあの赤い化物――彼らを使っているのは、軍である。


 最初は秘密裏にペンダントを回収しようとしていたに違いない。


 そのために、過去の持ち主たちを全員順番に始末して証拠を隠滅しつつ、現在の持ち主に辿り着こうとした。


 しかし運悪く、軍との関係が悪いイニティでペンダントが発見されてしまったのである。


 しかも運命のいたずらにより、それはシルキィの手に渡ってしまい、最終的にギュオールが回収することになった。


 結果、彼らは強硬手段に出るしかなくなったのだ。




「思い返してみりゃ、ギュオールのやつがオーグリスを捕獲してもすぐに処刑しなかったのは、アザルド軍への対抗手段にするためだったのか」


「だ、だったら……交渉次第では、私たちを保護してくれる、のかな」




 シルキィの顔はまだ青ざめていたが、まっすぐにアングラズの目を見ている。


 強い意思を感じさせる眼差しだった。




「ギュオールは善人じゃねえ。利害が一致しなかったからアザルド軍を嫌ってるだけだ」


「敵の敵は味方じゃない、だよね。でも敵よりは、味方にできる可能性は高い」




 果たして“味方”という言葉が適切なのかはわからない。


 アングラズのように“利害の一致”というのが正しいのだろう。


 だが言葉の違いなど些細なことだ。


 シルキィだってわかっている、伊達にこの荒んだ世界で2年も旅をしてきていないのだから。




「ギュオールに会わせてほしい」




 フウカも同じようにアングラズを見つめ、目で訴えかける。


 疑いは晴れたとはいえ、元殺人犯。


 そしてもうひとりは人を食わない人喰い鬼。


 普通に考えれば合わせる理由はない。


 だが――それこそ利害の一致と言うべきなのだろう、アングラズもギュオールを問いただしたい気分だった。


 何を隠してやがる、と。




「いいだろう、ついてきな」




 シルキィとフウカは、ここでクラリッサと別れ、アングラズと共にギュオールの屋敷へ向かった。



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