第65話

「お前、モーリアのダンジョン探索に失敗したのか?」


 迷宮都市に戻って来たのは二日後。

 ギルドには寄らずに地下街の教会へ行くと、人の顔を見て神父が憎まれ口をほざく。

 こう話すってことは、俺たちの事は何も聞いていないんだろうな。

 

 事故死に見せかけたりとか、そういうのも一切やってないのかあの兄弟は。


「まぁ失敗っちゃあ失敗? でも成功とも言える」

「はぁ? んまぁいいけど。それよかお前、そっちの彼は? おい、なんか育ちの良さそうな坊ちゃんじゃないか?」


 後半は小声だ。

 ひと目で育ちのいいお坊ちゃんだと見抜くとは、良い目を持っている。

 いや、アレスからお坊ちゃん臭が駄々洩れしているだけか。


「詳しく話すのは面倒くさい」


 俺がそう言うと、アレスが前に出た。


「地下街の教会……あなたがエルヴィン司祭か」

「アレス、神父のこと知ってるのか?」

「私も一応、冒険者ギルドに登録している身だからね。英雄と呼ばれるような人物のことは、聞いて知っているよ」

「いや、ただの生臭坊主だぜ。これ」

「生臭坊主だなんて、恥ずかしいこと言うなよリヴァ」


 褒めてねえっての。


「で、アレス君はどこのお貴族様かな?」

「あぁ、それはぁ……」

「バースロイガン家の三男坊です、エルヴィン司祭」


 おいおい、ぶっちゃけたぞこの皇子様。

 神父も気づいたらしく、ニッコリ笑った顔のまま硬直してやんの。


「な、なな、なんでアレスタン皇子とお前が一緒なんだ!?」

「あー、そりゃ野良パーティーで……そういやなんでアレスは冒険者なんだ?」

「んー、そうだねぇ。まぁ見分を広めるため、かな。私はクリフィトン兄さんを支持していてね、動き回れない兄に変わって、国内情勢を自分の目で見て聞いて兄に伝えているんだ」


 第一皇子の生母とアレスの母親は従妹で、第一皇子の生母には実の子のように可愛がられたらしい。

 兄弟仲もいいので、長兄を支持するのは自然の流れだとアレスは話した。

 ダンジョンの探索に参加したのは、自分が何か有益になる情報を持ち帰れば兄の役に立てるから──


「というのと、私個人の好奇心だったのだけれどね」

「そっちが本命だろ」

「いやぁ、あはははは」

「でもあの人たちのせいで、邪魔されちゃったね」


 セシリアの言うあの人たちとは、もちろん侯爵家の馬鹿息子たちのことだろう。


「邪魔? 何があった」

「あー、実は──」


 神父には、俺たちが穴に突き落とされた経緯と、そして別のダンジョンに落っこちて主を倒して出てきたことを説明した。

 

「紅の旅団のフォルオーゲスト家のガキどもか……。知ってて皇子を突き落としたのでしょうか?」

「いや、フォルオーゲスト侯爵の子息らとは、直接顔を合わせたことはない。私が彼らを知っているのは、あまりいい噂を聞かないクランのリーダーだからという理由だからね」

「貴族なら自分たちが仕えるお国の皇子の顔ぐらい、覚えてるもんじゃないのか?」

 

 侯爵と言えば立派な上流貴族だ。次男三男とはいえ、王族の顔ぐらい……と思うが、あの馬鹿っぷりじゃそれも無理か?


「ラインフェルト兄さんの顔は覚えているだろうね。自分達の父が支持する側の王族だし」

「いや、意外と覚えてないかもしれねえぜ。あの兄弟だし」


 俺がそう言うと、アレスは苦笑いを浮かべて口を閉じてしまった。


「で、これからどうするんだ?」

「とりあえずアレスと一緒にいた二人の無事を確かめに行く。ひとりは神官だ。だから帰還の魔法を使って逃れたはずだ」

「私が飛んでいくの」

「飛んでって……あぁ、転移の指輪か」

「あ、指輪で思い出した。神父、悪い。帰還の指輪、奴らに盗られたかもしれねえ」


 それを聞いて神父が大きなため息を吐き捨てる。


「まぁあの指輪は俺様が作ったもんだし、別にいいさ。それよか大聖堂に行くなら、俺様が連れて行ってやる。セシリアちゃんひとりに行かせるのは危ねえし、なによりこっちの方が早い」

「え、帰還の魔法って別の教会にも飛べるのか?」

「自分が信仰する神の神殿ならな。王都近くには三つの宗派の大聖堂がある。どこの大聖堂に行きたいんだ?」

「女神ウェンディアの大聖堂だ、司祭殿」

「あぁ、んじゃあ俺が直通で行ける大聖堂だ。準備出来てんなら、直ぐにでも行くけどどうする?」


 どうするって……そりゃ行くしかないだろ。






 徒歩だと半月以上、馬車でも十日はかかる道のりを、神父は呪文ひとつで済ませてしまった。

 転移した先は建物の中で、随分と派手な装飾が施された……ここはどこだ?


「おい神父、ここは」

「ここは帰還魔法専用の部屋だよ、リヴァ。突然祈りの部屋に人がどんどこ現れると、祈っている人々が驚くだろ?」

「皇子の部下が帰還魔法を使った時の状況次第ですが、その二人が王に報告していたのなら世間はもっと大騒ぎしているはず」

「じゃあ報告していないってことか……。キャロンは最後に刺されてた。帰還魔法を使った後、気絶したとか」


 だけどそれだとディアンがいるから、大聖堂に帰還すればすぐに報告するはずだ。

 もしかして二人して気絶?

 あのあと直ぐに帰還した訳じゃなく、抵抗した?


「二人がここにいるのか、まず探そう」

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