第62話:物件

「よし。これで君が望んだ形になったと思うよ。それと、楽して最下層にたどり着く裏技はもう使えないから」

「サンキュー、迷宮神。理想の住処が造れそうだ。それにしても……なんたって迷宮神はこんなことを?」


 あまり長い時間は掛けていられないと思ったが、せっかくならいい環境を造りたい。

 いろいろ要望を伝えたところ、まさかのオプション設置を認めてくれた。もちろんポイント必須なので、その分構造自体はシンプルなものになっている。

 迷宮神が何故こんなことをするのか。

 そもそもダンジョンに人が暮らせる環境を造って、何がしたいのか。


「そうだね……僕が神として存在するため……かな」

「神として?」


 突然視界が薄れ始めた。自分の意識がどこか遠くへ引っ張られている感覚に襲われる。


「人の記憶から忘れ去られた神は、世界から消えてなくなるんだ」


 どこか悲し気な声を最後に、俺の意識は──




「リヴァ!」


 倒れ込むようにして、セシリアが俺の胸に飛び込んで来た。


「セシリア!? 意識が戻ったのかっ」

『ふふん。主の魔力の一部を、セシリアに流し込んでやったのだ。感謝するがいい』

「でも魔法を使えるほどの魔力じゃないから、連戦は無理」


 そう言って彼女は笑った。

 いやいや、俺だって連戦なんかしたくねえから。


「二人とも随分待たせたな。さ、地上に出ようぜ」

「随分? なんのことだい、リヴァ」

「え、なんのことって……」


 視界の隅にアークデーモンの死体が見えた。その死体は現在進行形でどろりと溶け、地面に消えていく。

 あの白いタイルの世界で少なくとも三〇分は過ごしたはず。

 モンスターの死体は一分かそこいらしか残っていない。


 じゃああの空間にいた時間は……夢?


『にゃはは。どうやら迷宮神の所にいたようだな』

「デン! 知っていたのか?」

『奴は主らを初めて訪れた者と言ったであろう。つまりこの迷宮が出来て、奴を倒したのが我が初めてということだ。で、我は主の魔力によって完全召喚されておったからな』

「リヴァが迷宮神と!? では、上層階を?」


 アレスの問いに頷く。

 ただ実感がない。あれは本当の出来事だったのか?


「ねっ、ねっ。アイテムは? あっち、魔法陣出てるよ」

「おっと、そうだ。乗り損ねたら本当に徒歩で出なきゃならなくなる。それにせっかく苦労して倒したんだ、お宝は貰って帰らなきゃな」


 アークデーモンのドロップは、デカイ魔石数個と宝石みたいな石がごろごろ。

 それと腕輪が一つだ。


 回収して魔法陣に乗り込み地上へ。


 六日ぶりとなる地上は……なんか見覚えのある景色だな。

 ここって、もしかして──。


「山ん中で見つけた、ゴブリンとスケルトンが出るダンジョンじゃねえか?」

「あ、本当だ。あそこに湖もある」

「ん? 二人が知るダンジョンなのかい?」


 少し離れた場所には大きな湖が見える。透明度が高く、近くの山が水面に映し出されていて絶景ポイントだ。


 間違いない。迷宮都市から北に行った巨大な山脈の中の、あのダンジョンだ。

 地下一階しか入ったことがないが、ツルハシを持った変なスケルトンが出る──


「一階!? そうだ、ダンジョンの設定!!」


 あれが夢ではなく現実だったなら。


 くるりと踵を返し、岩穴へと下りる。

 夢でなければ、階段の先に広がるのは……。


「草原? リヴァは迷宮神の下に行ったのではないのかい?」

「いや、行ったさ。そうだよ、これが俺が望んだ地下一階なんだ」


 長い階段の先に広がっていたのは、広大な草原だ。

 階段の裏手奥には小高い山がある。


 そう。一つの階層で、選択可能なダンジョン構造はなにも一つじゃない。

 そこで地下一階は、八割を草原にして二割を山に。

 草原や山を選択といっても、ここから更に迷宮神がテンプレ風景を見せてくれて、その中から自由に選べるって言うなかなか新設設計だ。

 山から流れ落ちる滝なんてのもあったから、それを選ぶと自然に草原まで川が流れることに。


 背後の山はどこまでに続いているように見えて、実際は途中で見えない壁にぶちあがる──というのが迷宮神の言葉だ。

 草原もまた然り。


「リ、リヴァ!? たいへんよリヴァ! 火事になってる!!」

「え、火事?」

「あそこ、煙でてる!」


 慌てたように声を荒げるセシリアが指さしたのは、後ろにある山の麓だ。

 白いがもくもくと立ち上っている。


「あぁ、アレね。大丈夫だセシリア。あれは煙じゃなくて、湯気だからさ」

「ゆ、げ? 温かいお湯からでてる、あれ?」

「そう、その湯気だ。さ、行こうぜ!」


 セシリアにのを伸ばし、彼女の手を掴む。

 湯気の立ち上る場所へと駆け、ぼこぼこと煮えたぎる小さな池だ。

 高さ一メートルほどの場所にあって、周囲は岩で囲ってあって人工的に作られたようにも見える。


「リ、リヴァ。これお風呂?」

「入ったら全身火傷で死ぬぞ」

「だよねぇ……え、これなんなの?」

「あぁ、これはな──源泉、だ」


 つまり、念願の温泉を手に入れたってこと。


 ちょうど住む場所を探していたところだ。ここに家を建てる。温泉付きの一戸建てだ!

 草原は耕して畑を作ることも出来る。

 ただダンジョンは元に戻ろうとする力が働くため、草は地上の倍の速度で伸びるだろうって。

 こまめに草むしりが必要だが、自給自足は可能だ。


 そして地下二階は草原と森エリア。森では薬草なんかも自生するって言うんで、採取して売るのもいいだろう。


 地下三階はリゾートエリアだ!

 草原三割、砂漠一割、そして残り六割が海!!

 砂漠は砂浜の演出用だ。


 ここまででポイントは80。源泉も特別にオブジェとして創造して貰ったが、これにも10ポイント消費している。

 四階と五階は、九割が草原で、残りを洞窟──つまり俺が育った地下街と同じものにして貰った。

 使い道は何も考えてないけど、草原が妥当だろうと思って。


「ここに家を建てて、暮らそうと思う」


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