第4話 なぜ三雲輝邦が選ばれたのか
一目惚れと言い切った清莉奈は決して冗談を言っている風ではなかった。いや、直前に冗談みたいなことを言いまくっているせいで俺の感覚が麻痺しているだけかもしれないが、この状況でそんな台詞を恥ずかし気もなく言えるだろうか。いいや、ない。
そして、俺はこう見えても単純かつ純粋な男の子だからそんな胸キュン台詞を言われてしまうと、普通にドキドキしてしまう。仮にも最初は美人系だと思っていた女の子からそう言われたのだ。
「だ、駄目だ。俺には涼花ちゃんという心のマドンナが……」
「実にアタシの希望に沿った顔と身体……まさしく量産型主人公系男子ね」
「……は? なに、その量産型なんとかかんとかって」
「えっ、わからない? 漫画や小説で主人公へ自己投影させやすいように敢えて特徴らしい特徴がない男の子のこと。ヒロインが多いタイプの作品でよく見る長過ぎず短過ぎない黒髪・塩顔・中肉中背で自分の事を普通の高校生ないし中学生と思っている奴。良く言えば優しそうな顔で、悪く言えばどこにでもいそうなモブ顔」
「何でわざわざ悪く言った!? で、でも、それに一目惚れしたってことは……」
「ええ。アタシがパッと思い浮かんだ裸夫のモデルにぴったりだったからリストで見つけた時にティンと来たの。実物を見ると確信に変わったわ」
中楚はそう言って嬉しそうな表情を見せる。俺は国語の勉強をやり直した方がいいらしい。惚れるっていうのは何も桃色の思いだけじゃなくて、衝動買いとか別のシチュエーションで使うこともあるのだ。今回の場合のそれは条件のいいモデルが見つかった時に使うものだった。
「というわけだから、脱いで貰えるよね? ひと肌的にも物理的にも」
「なんで今の流れで納得できると思ったんだ!? 断る!」
「どうして!? 絵が完成するまでのちょっとの時間でいいのに!?」
「ちょっと時間でも人前で裸になるのは嫌だわ! だいたい最初に裸夫を描きたいと思ってるところからおかしいし!」
「人間の生まれたままの姿を描いたり形にしたりすることは芸術の世界において何おかしくないわ。現に先人達も細部のディテールまでこだわって作ってたりするじゃない。アタシはそれと同じように本物を見ながら裸夫を描きたいのであって、決して同年代の男子の裸が見てみたいとか、普段隠れている部分をじっくり観察したいとか微塵も思ってない」
中楚は少し早口になりながらそう言った。でも、その言い方は逆効果な気がする。
「確かにそういう絵を描くこともあるんだろうけど……」
「でしょ? だから写真1枚くらいは許して欲しい」
「何さらっと保存しようとしてるんだ!? 絵で残すじゃないのかよ!」
「ほ、ほら、後日別で使う可能性も無きにしも非ずだし……」
もじもじしながら中楚が言うので、俺は先ほどの長い言動も全く信用できなくなった。本当に数分前なら非常にポイントが高い仕草とまた思ってしまう辺り、俺は結構ショックを受けていたのかもしれない。見た目と中身が決して一致するわけではないことに。
「何と言われようともお断りだ! 俺に何のメリットがないことを……」
「……なるほどね。テルクニはモデル代として何か欲しいって言いたかったんだ。それならそうと早く言ってくれれば良かったのに」
「い、いや、そういう意味で言ったわけじゃない。それにお金を払うんだったらそれこそ正式にモデルさんとかに頼んだ方がいいと思うんだけど」
「……なるほどね。テルクニはお金以外で支払って欲しいって言いたかったんだ。それならそうと早く言ってくれれば良かったのに」
「本当にこっちの話聞かないな!? 何を出されても俺は脱がないぞ」
自分の裸に価値があるとは思っていないが、たとえお金だろうが宝石だろうが何を出されても俺はどこも出すつもりはない。いや、ギャグで言っているわけじゃなくて。
そんな俄然とした俺の態度を見ても中楚は動じない。
「そう、テルクニがすっぽんぽんになるのならそれに見合った報酬を出さなければいけない。つまり……描いてる最中はアタシもすっぽんぽんになればいいってことね」
「は、はぁ!? ななな、なんでそうなるんだよ!?」
「参考までに今日のアタシの下着は水色」
中楚はそう言いながら制服の上から胸の辺りを押さえる。ちょうど10月に入って冬服に変わったあの下には水色の下着があって、そこには今もくっきりとわかるこの子の胸部が……
「あ。今服の下想像したでしょ」
「……してない。断じてしてない」
「でも、もしテルクニが脱いでくれるならその先が見られるのよ?」
「べ、別に今日会ったばかりのよくわからないやつのその先なんて見たくないわ!!!」
今日一大きな声を出したけど、決して強がりではない。本当に。
「強情ね。来てくれたのは嬉しかったけど、こんなに拒否されるとは思わなかったわ。こうなったら最終手段を使うしかない」
「さ、最終手段……それはいったい」
「……アタシが先に脱いでアタシの全裸を目撃した既成事実を作る!」
そう言った中楚は素早く制服を脱ぎ捨て、シャツのボタンに手をかけようとする。
それを見た俺は「なんでそうなるんだよ!?」と言う暇もなく立ち上がって、中楚の手を掴んで止めてしまった。
こういう場合は本当に脱ぐんじゃなくてギリギリで止めそうなものだが、この数分間のやり取りでこいつはやると言ったらやる凄み……というか脱ぐと言ったら本当に脱ぎそうな危険性があるッ!と感じてしまったからだ。
「は、離して! テルクニにはメリットしかないことなんだから!」
「無理に見せられてもそれは逆セクハラだっての!」
「なんですって!? アタシのヌードが見られないって言うの!?」
「その言い方だと本当にそんな感じになるだろ! いいからちゃんと服着て……意外に力が強い!?」
「ふっ。所詮、量産型主人公系男子の中肉中背の力ではそんなものよ。大人しく私を全裸にさせなさい!」
「目的が変わってるが!?」
何場の馬鹿力かわからないけど、中楚が本気の抵抗を続けるので硬直状態になってしまった。どうにか打開策を見つけなければこいつが全裸になってしまう……と、我ながら何を考えているのかと思ったその時だ。
「おーい。なんか騒がしいけど入っていいかー」
準備室の扉をノックする音と共にそんな声が聞こえてきた。恐らく美術部の顧問の先生であろうその声を聞いて、俺は助け舟が来たと思って呼びかけてしまう。
「先生! ちょっとこの状況何とかしてください!」
でも、それはよく考えれば失敗だった。
「いったい何が……あっ」
俺からすれば全力で脱ごうとする中楚を止めているのだが、ここまでの過程をよく知らない人が傍から見ればそうは見えない絵面である。二人きりの教室で少し乱れた服の女子美術部員の手を俺が押さえつけるように掴んでいる光景。それを目撃した先生は……
「えっと……終わったらまた呼んで」
「なんでだよ!? せめて俺の方でもいいから止めろー!」
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